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zoom RSS 小諸駅物語〜浅間山麓の駅物語<その3>

<<   作成日時 : 2018/06/24 17:54   >>

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 小諸駅が開業したのは明治21(1888)年12月10日。信越本線(開通時は直江津線)軽井沢〜上田間の開通と同時です。小諸は江戸時代から浅間山麓随一の商都でしたから、駅が設けられたのは当然のことだったでしょう。
 小諸といえば、文豪島崎藤村が、小諸義塾の教師として若き日を過ごし、「千曲川のスケッチ」をはじめ数々の作品を残したことはよく知られているとおりです。藤村が小諸に赴任したのは明治32(1899)年。それから6年間を小諸で過ごしました。おそらく駅の様子は開業時と変わらないものだったと思われます。
 明治36(1903)年7月改正の時刻表によれば、下り7本、上り6本の列車が発着しています。すでに、明治26(1893)年に碓氷峠の鉄道が開通し、高崎で日本鉄道(現在の高崎線)に接続する形になっていましたから、小諸を朝一番の7時46分発の列車に乗れば、上野に14時55分に着くことができました。所要時間は7時間強です。藤村もそのぐらいの時間をかけて小諸にやってきたわけです。
 明治時代の小諸駅は、分岐する路線もなかったことから、構内は現在よりもずっと小規模であったと思われます。残念ながら、藤村が眺めたと思われる駅舎その他の建造物は現存していませんが、藤村が小諸を去った4年後の明治42年に建築された危険品庫(ランプ小屋、油庫)が残っています。これが、小諸駅の現存最古の建築物と思われます。
 大正2(1913)年に小諸駅は大きく拡張されました。佐久鉄道(現在の小海線の一部)の開業に備えたもので、『小諸市誌近・現代篇』によれば、同鉄道の建設にあたり、当時の小諸町は停車場用地1057坪を寄付しています。大正4(1915)年8月8日に開業した佐久鉄道は、信越本線の南側に増設された新ホームに発着することになりました。小諸駅の軽井沢寄りに、線路の下をくぐり抜ける狭い地下通路があり、入口に「停車場拡張記念碑」が立っています。その地下通路に入ってみると、煉瓦積みアーチの構造であることがわかります。構内の拡張後も、駅を挟んだ南北間の往来ができるようにと、同時期に建設されたものではないかと推測されます。
 大正15(1926)年12月1日には、布引電気鉄道(小諸〜島川原)も開業して、小諸駅は3つの路線が交わる交通の要衝となりました。駅の利用者も増加したことから、駅舎の拡張が必要になり、昭和2(1927)年6月に新たな駅舎が誕生しました。
 布引電気鉄道のホームは、佐久鉄道のホームの西側に新たに設けられたようです。しかし、同鉄道の経営は不振を極め、電気料金滞納で送電を止められる事態となり、開業から8年足らずで営業休止(そのまま廃止)となってしまいました。
 戦争の時代を経て、世の中が落ち着きを取り戻した昭和25(1950)年、新たな駅舎が建築されました。それが現在も使用中の駅舎です。白樺湖方面へ通じる国鉄バス路線も開設され、小諸駅は大勢の行楽客で賑わうようになりました。昭和38(1963)年10月には、信越本線軽井沢〜長野間の電化が完成して電車急行が走るようになり、上野〜小諸間の所要時間は3時間前後に短縮されました。ポン太の記憶の中に小諸駅が登場するのはこのあたりからです。1966(昭和41)年10月には電車特急「あさま」2往復が登場し、1968(昭和43)年10月の国鉄史に残るダイヤ大改正(よんさんとう)では、3往復となりました。1972(昭和47)年3月には5往復となり、その後も急行の格上げなどで増え続け、東京方面との行き来には「あさま」を利用するのが当たり前という時代になったのです。
 しかし、1997(平成9)年10月1日の北陸新幹線開業に伴い、その「あさま」が来なくなってしまいました。信越本線の碓氷峠の区間は廃止、軽井沢〜篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道へ移管されたからです。しなの鉄道と小海線のローカル列車が発着するのみとなった小諸駅。かつての賑わいは失われ、観光客も減少、中心市街地が活気を失ったことは否めません。
 新幹線が来なかったことで小諸はダメになったと嘆く市民は多いのですが、イメージほど小諸が不便になったわけではありません。廃止直前の「あさま」の上野〜小諸間の所要時間は2時間10分ほどでした。新幹線の東京〜軽井沢間の所要時間は1時間5分前後です。しなの鉄道の小諸〜軽井沢間は25分程度ですから、乗り換え時間を入れても、かつての「あさま」よりもずっと短時間で東京(上野ではありません)との行き来ができるのです。問題はアピール不足にもあるとポン太は思うのですがどうでしょうか。


現在の小諸駅です。昭和25(1950)年に建設された駅舎が使用されています。
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今から35年前の小諸駅です。現在とあまり変わらないようにも見えますが、タクシーや送迎車の数が多いこと、二階で食堂が営業中であることなど、やはり活気があるように感じます。(1983年1月7日撮影)
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ポン太が小諸駅を初めて写した写真です。1番線に停車中の信越線上り列車の窓から、下り列車用の2・3番線ホームと小海線用の4・5番線ホームをみたところです。4番線ホームに小海線の気動車が停車しています。(1963年8月8日撮影)
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小諸駅1番線ホームに到着した上り特急「第二あさま」(181系)です。2ヶ月前に走り始めたばかりの姿です。(1966年12月26日撮影)
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昭和43年10月の「よんさんとう」ダイヤ大改正を記念して発売された小諸駅の記念入場券です。裏面には3往復となった「あさま」の時刻表が記載されています。
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小諸駅で現存最古と思われる建築物がこの危険品庫(ランプ小屋、油庫)です。かつては列車の照明はランプでしたから、そのための灯油などを保管しておく建物が必要でした。引火しやすい油類の保管庫という性格上、煉瓦でつくられています。旧信越本線の長野県内区間で唯一現存している煉瓦造の危険品庫です。
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小諸駅構内の東端にある「停車場拡張記念碑」です。大正二年と刻まれています。
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記念碑のすぐ脇が地下通路の入口になっており、その内部(中央部分)はこのとおり煉瓦アーチです。
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布引電気鉄道小諸駅ホーム付近の写真です。昭和初期の撮影と思われます。画面の左手奥に懐古園があるというロケーションではないでしょうか。
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現在の小諸駅構内です。大きな跨線歩道橋は懐古園の入口に通じるもので、その右下奥あたりに布引電気鉄道のホームがあったのではないかと推測されます。
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懐古園駐車場前の広場に、小海線で最後まで活躍したC56形蒸気機関車(C56144)が保存されています。高原のポニーと呼ばれて親しまれ、かつては小海線といえばC56というイメージでした。小海線から蒸気機関車の煙が完全に消えたのは昭和47(1972)年です。
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小諸を出た小海線は、乙女駅付近まで信越本線と並走します。複線のように見えますが、単線が二本並んでいる形で、右側は信越本線(まだ単線の時代)です。この写真は小諸駅を発車し東小諸駅付近を走るC56牽引の小海線貨物列車です。(1965年8月19日撮影)
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小諸駅2番線ホームに停車中のEF62形電気機関車牽引の下り普通列車です。今となっては、左側の1番線ホームに、「軽井沢、高崎、上野方面」という表示があるのが懐かしく感じられます。(1975年8月14日撮影)
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小諸駅の1番線ホームには、屋根を支える柱に古レールが用いられている箇所があります。その中には、明治期に輸入されたレールが多数含まれています。
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これはイギリスのカメル社製レールです。CAMMELL S.TOUGFEND STEEL.W.1888.SEC131.I.R.J という刻印があります。社名のカメルの後ろのSは工場所在地のシェフィールド、その次は強化鋼、Wは工場を意味しています。1888は製造年ですから、明治21年に製造されたものということになります。ちょうど信越線(当初は直江津線)の軽井沢〜上田間が開通した年にあたりますから、ひょっとするとそのどこかで用いられた可能性がないわけではありません。SECはレールの断面規格、最後のI.R.Jは、Imperial Railway of Japanの頭文字で、日本帝国鉄道すなわち日本国鉄(官設鉄道)が発注者であることを示しています。なおこの写真は文字を読みやすくするため、上下を反転させています。このような古レールをみると、明治期の日本の鉄道が、輸入レールに依存しつつ発展したことがよくわかります。
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小諸駅に関する話題はまだまだありそうですが、今回はここまでということにしておきましょう。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
流石に鉄道専門家、労作のレポートですね。
小諸駅物語ができあがってしまいます。
ブログ商店街のおじさん達など、一般人にはチョイ読み疲れしますので、御手柔らかに。
ギャラリー静河
2018/07/06 23:27
いつも文章が長すぎるかなと思いつつも、ついついあれもこれもと欲張ってしまいます。焦点を絞ることが大切ですね。とはいうものの・・・
ポン太
2018/07/12 09:45

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