浅間山麓のブラタヌキ

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zoom RSS 三陸鉄道は元気だった

<<   作成日時 : 2018/07/06 11:51   >>

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 久しぶりに東北へ出かけてきました。東日本大震災以来、少々気になっていたところがあったからです。その1つが三陸鉄道です。実は、1984(昭和59)年4月1日の開業(全通)当日、北リアス線、南リアス線ともに全線乗車をしております。それ以前に、国鉄線として部分開通した際にも乗車しており、誕生前から大人になるまで、その成長を見続けてきた路線と言ってよいでしょう。
 三陸鉄道開業日の沿線は、盆と正月が一緒にきたような華やいだ雰囲気に包まれていました。住民総出といってもよいほど大勢の人が駅やその周辺に集まり、「90年の悲願達成」を祝っていた姿が今も忘れられません。しかし、元々人口の少ないエリアであり、厳しい経営環境の下でのスタートでした。
 2011年のあの東日本大震災の津波で不通になったと聞いた時には、正直、「廃線」の二文字が頭に浮かびました。「90年の悲願達成」が27年で幻になってしまうのかと。しかし、大震災から僅か5日後には陸中野田〜久慈間で運転を再開、その4日後には宮古〜田老間、さらに9日後には小本(現在の岩泉小本)まで運転区間を拡大させたのです。鉄道員の家族や親族にも被災された方が多かったと思いますが、素早い運転再開が、被災地の人々をどれだけ勇気づけたことか。震災復興のシンボルとなったことで、全線復旧への道筋がついたと考えられますし、比較的新しい路線であったことから、海岸線より高い位置を走っている区間(トンネルも含めて)が多かったことも幸いしたかもしれません。大震災から3年後の2014年4月6日に、全線の復旧が完了しました。
 復旧後の姿を見届けたいと、一昨年、南リアス線(盛〜釜石)に乗車。今回は北リアス線(宮古〜久慈)へ乗りに出かけたというわけです。NHKの連ドラ「あまちゃん」の効果が継続しているせいかもしれませんが、予想していたよりも大勢の乗客で賑わっており、ほっとしました。
 南北リアス線の間をつなぐJR山田線(宮古〜釜石)は、来春に復旧の予定で、それと同時に同区間は三陸鉄道へ移管されることになっています。路線が1本につながるとはいえ、経営的には厳しさが増す恐れがないとはいえません。利用する人がいなければ、震災復興の輝かしいシンボル、三陸鉄道の明日は暗いものになってしまいます。個人でできる支援は、乗りに出かけること、そして、たとえ飲み物1杯でも、弁当1折でも消費することでしょうか。宮古駅の売店に「三鉄赤字せんべい」なるものが並んでいるのを見て、思わず購入してしまったポン太でした。

 久慈駅で出発を待つ三陸鉄道宮古行の列車です。駅の様子は開業時とそれほど大きく変わってはいません。
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 34年前の三陸鉄道開業日の久慈駅です。ホームに人が溢れています。
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 開業日には、出発を前に、乗務員への花束贈呈が行われました。
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 今回乗車した宮古行の列車はほぼ満席の盛況でした。三陸鉄道乗車を目的としたツアー客もいたようです。
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 トンネルを抜けると野田玉川駅です。久慈行の列車が待っていました。このあたりは津波の被害はなく、昔と変わらない風景でした。
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 堀内駅は、NHKの朝の連ドラ「あまちゃん」のロケ地で、ドラマの中では「袖ヶ浜」駅となっていました。
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 堀内駅近くの大橋橋梁は、北リアス線で最も景観の良い場所とされ、こんな眺めが楽しめます。列車は橋の上で一旦停車し、カメラタイムをサービスしてくれます。
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 十府ヶ浦付近の海岸沿いには、新たな防潮堤が建設されていて、列車から海は見えません。このあたりの線路は津波で大きな被害を受けたことが想像されます。
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 国鉄線(久慈線)時代の終着駅であった普代です。
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 田野畑駅です。この先の島越(しまのこし)駅付近は津波の被害が甚大で、駅も高架線も全て流されました。三陸鉄道で最後に復旧したのが田野畑〜小本(現・岩泉小本)間でした。
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 島越駅付近(海側)の現状です。かつては八角形のドーム屋根をもつ南欧風の瀟洒な駅舎がありました。津波で消失し、現在は山側に新たな駅舎が建てられています。「あまちゃん」の震災シーンはここで撮影されたものだそうです。
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 三陸鉄道開業日の様子です。島越駅前広場には開業を祝ってこんなに大勢の人が集まっていました。

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 三陸鉄道には、「あまちゃん」のロケ風景写真が掲示されている車両もあります。
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 あのドラマはポン太も夢中で見ていましたので、こんな写真を見るととても懐かしい感じがします。
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 終着駅宮古に到着しました。ホームは昔と変わっていません。
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 これは開業日の宮古駅に到着した列車です。マスコミ関係者が大勢訪れていました。
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 開業日の三陸鉄道宮古駅駅舎と駅前風景です。
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 開業日の宮古市内の様子です。信じられないほど大勢の人が出ていました。
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 来年3月にはJR山田線の宮古〜釜石間を引き継ぎ、長大な三陸縦貫路線となる三陸鉄道です。ふと思い出したのが、宮澤賢治が作詞した「花巻農学校精神歌」の一節、「ケハシキタビノナカニシテ ワレラヒカリノミチヲフム」。三陸の「ヒカリノミチ」になって欲しいですね。また乗りにきますから。
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 「三鉄赤字せんべい」と時刻表です。「赤字せんべい」を食べて赤字解消となればよいのですが・・・。
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この時期は、大人の休日倶楽部のおじさん、おばさんが多かったのでは!!
小生も昨年、一昨年とこのあたりを旅して来ましたが、やはり鉄道専門家の視点は違いますね。
歴史を踏まえたレポートよろしくです。
ギャラリー静河
2018/07/06 22:55
ご指摘のとおり、「大人の休日倶楽部パス」を利用している人が大勢いました。新幹線が乗り放題というのは、大きなメリットですね。このパスを所持していると割引になるものもいろいろあり、年金生活者には有り難いことです。
ポン太
2018/07/12 09:36

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