中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その9

  
<10日目、7月21日> 血染めの碓氷峠越え
 

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  さあ、今日はいよいよ、天下にその名が轟く碓氷峠越え。高揚感も緊張感もマックス状態です。不気味なタイトルをつけてしまいましたが、その訳はのちほど。
 この日の碓氷峠は霧に包まれ、時折雨がぱらつくといった、あいにくのお天気でした。それでもカンカン照りよりはましなので、予定どおり横川駅を出発。まずは碓氷の関所跡に立ち寄り、おじぎ石なるものに伏して通行許可を願い出ました。返ってきたのは山びこだけでしたが、通行OKと解釈して関所を通過。薬師坂を登ると、ほどなく国道18号(旧道)に出ます。自動車の通行量も少なく閑散とした道を進み、上信越自動車道の下をくぐり抜けると坂本宿です。「中山道坂本宿」と大書した下木戸跡が目に飛び込んできました。
 幕府の命により計画的につくられたという坂本宿は、碓氷峠直下に位置しており、峠越えに備えて多くの旅人がここに宿をとりました。大名行列も上り下りの二組を同時に泊めることができたというメガ宿場です。各家には今もかつての屋号が掲げられ、説明板も数多く設置されているので、街道歩きの気分は一層盛り上がります。
 坂本宿の出口となる上木戸跡を過ぎ、しばらく進むと、峠への入口(登山口)です。ここから先は本格的な山道になるので、ヒル対策の酢を塗ったり、手袋を着用するなどして身支度を整えました。

碓氷の関所の「おじぎ石」
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坂本宿下木戸跡
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坂本宿を行く。行く手の碓氷峠は霧の中。
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ここからいよいよ本格的な山道です。右手の休憩小屋で身支度を整えました。
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 山中に入ってまもなく、堂峰番所跡を通過。その少し先から刎石(はねいし)坂の急登が始まります。相変わらず天気は好転せず、薄暗く、じめっとした空気の中での山歩きです。気温はそれほど高くはないものの、急登の連続で大汗をかきました。古道だけに、沿道のいたるところに、いわれのあるモノやポイントがあり、説明板も設置されているので、歩いていて飽きるということありません。往時であれば、茶店も営業していたわけで、苦しい山道とはいえ、一息いれたり、気を紛らわしたりすることができたと想像されます。刎石坂の上部には多数の石仏があり、柱状節理の岩もみられました。一茶が「坂本や袂の下の夕ひばり」という句をよんだという「覗」からは、坂本宿を眼下に望むことができましたが、そこが碓氷峠越えで唯一の眺望の開けた場所でした。
 刎石坂を登り切り、刎石茶屋跡を過ぎると道は平坦となり、大昔の碓氷坂の関所跡に着きました。その裏にこぎれいな東屋が設置されていたので、横川からかついできた「峠の釜めし」で昼食。本物の峠道で食べるその味は格別です。
その先は比較的ゆるやかな登りで、テンポ良く歩くことができ、戦国時代の遺構である「堀り切り」を通過。しばらく進むと「座頭ころがし」という恐ろしげな名のついた坂道にさしかかりました。石がごろごろしていて歩きにくいところですが、危険というほどではありません。ゆるやかな登りが続いた後、少し開けたところが山中茶屋跡。最盛期には13軒もの茶店があり、明治に入ると学校もでき、明治天皇巡幸の際には25人の児童がそこで学んでいたということです。
 空腹では登れないのでその名がついたという「めし喰い坂」も、刎石坂に比べればたいしたことはなく、難なく登り切りました。その少し先が「一つ家跡」。そこには老婆がいて旅人を苦しめたということですが、はたしてどんな老婆だったのでしょうか。
 子持山のすぐ下の陣場ヶ原というところで、碓氷峠への道が二つに分かれていました。右は皇女和宮下向の際につくられた道、左はそれ以前からの中山道です。旧道にこだわって左の方の細道を進みましたが、これが意外に険しい道で、人馬施行所跡というところには徒渉箇所もありました。その先も急登が続き、峠を目前にかなりの体力を消耗。和宮の大行列を通過させるには、この道では困難と判断して新道をつくらせたのもうなずけます。和宮道と合流してしばらく進むと碓氷峠のサミットである熊野神社に着きました。横川駅からの所用時間は、昼食休憩を含み5時間10分でした。

刎石(はねいし)坂を登る
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「覗」から見た坂本宿。計画的につくられた宿場であることがよくわかります。
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大昔の碓氷坂の関所付近

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 両脇が切り取られて道が狭くなっている「掘り切り」の跡
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陣場ヶ原から峠へと続く和宮下向以前の旧道
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旧道を登り切った地点。峠のサミットはもうすぐです。
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碓氷峠の「峠町」を行く。文字通り峠の頂上にあり、「力餅」などを売る茶店が並んでいます。昔の旅人も、ここまで登ってきてほっとしたことでしょう。

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 峠の見晴台に立ち寄って小休止の後、軽井沢へと下りました。軽井沢宿の入口に位置する「つるや旅館」前あたりが、軽井沢で唯一宿場の雰囲気が感じられるところです。玄関先には「軽井沢宿」の石碑もあり、碓氷峠を越えて軽井沢宿に着いたことを実感しました。
 避暑客や行楽客で賑わう旧軽銀座を抜け、やれやれと帽子を脱いだところ、指先がぬるっとしたように感じたので、おかしいと思ってポン子に見てもらうと、帽子のすぐ下、耳の後ろから首にかけて、血糊がべっとり。気をつけていたはずのヒルに、思う存分吸われていたのです。ポン太ほどではありませんが、ポン子もやられていました。今日はどんよりとした曇り空の一日で、峠道は薄暗く、ミストの中を歩いているような感じでしたので、ヒルにとっては、絶好の活動日だったのでしょう。碓氷峠最強の敵は坂道ではなく、ヒルでした。
 何はともあれ、日本橋からのべ10日で軽井沢まで到達できたことは、この先の踏破へむけての大きな自信となったことは間違いありません。

軽井沢宿の入口にあたる「つるや旅館」の前。
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山の格好ではちょっと場違いな感じがする旧軽銀座を行く。ここが宿場町であったことなど、一般の行楽客で意識している人はほとんどいないでしょうね。
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