中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その5  

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<第6日目、6月25日> さらば武州、ごめんなすって上州

 梅雨の季節の街道歩きでは、雨は避けようがありません。雨のち曇りという予報を信じて、雨の深谷宿をスタートしました。市街地を出て岡部にむかうころには雨が上がり、日差しももれるようになりました。しばらくは、自動車道路の脇を進む単調な道ではありますが、街道筋らしい古い建物も散見されます。
 岡部の中宿歴史公園入口を過ぎたところで、旧中山道の標識に従い、現在の道とは別の細道へと入りました。道は「くの字」に曲がっており、曲がった先の木陰に、石仏、石碑がたくさん並んでいる一角が目に入りました。これは百庚申といい、説明板によれば、万延元年庚申の年に地元の有志が計画し、その翌年に完成したものだということです。旧街道らしい好ましい雰囲気が漂っていました。
  国道17号を斜めに横断した後は、田んぼの中の道を行きます。みどり一面ののどかな風景が広がり、吹く風はさわやかでした。小山川という川を渡る箇所では昭和3年竣工という滝岡橋を渡りました。本来の中山道の橋ではありませんが、登録文化財にもなっている美しい橋でした。ポン太はもともと近代化遺産に興味があり、中山道を歩いていて、旧街道や宿場の遺構だけではなく、こうしたものを目にすると嬉しくなるのです。
 あまり特徴のない田舎道のようなところをひたすら歩き、再び小山川を渡って、本庄の市街地へと入って行きました。本庄宿には、本陣門以外、旧街道時代を偲ばせる建築物はほとんどありません。しかし、明治期の建築物には目を見張るものがありました。その1つは本陣門の裏にある旧本庄警察署です。明治16年の建築というモダンな木造洋風建築で、ギリシャ風の円柱を配したベランダが印象的です。そこから少し歩いた先には、すばらしい煉瓦建造物も存在していました。明治27年創立の本庄商業銀行だった建物です。煉瓦を用いたのは、深谷の日本煉瓦の影響でしょうか。
                         旧道らしい雰囲気が漂う百庚申付近
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登録文化財の滝岡橋。空が広い!
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お洒落なベランダ付きの旧本庄警察署
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赤煉瓦の旧本庄商業銀行
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宿場町の面影はあまり感じられない本庄の中心部ですが、カレー屋さんの看板には「中山道辛味処」とあります。
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 本庄を過ぎたあたりで、水田のすぐ後ろの黒雲からは雷鳴が轟くようになり、不安を抱えつつ新町への道を急ぎました。神保原駅入口付近を過ぎると、案の定、ぽつりぽつりと雨が落ちてきました。さして面白くもない道をひたすら歩き、上里町の一里塚碑を過ぎると、ようやく国道17号に合流。雨が激しくなる中、さらにひとがんばりして、なんとか神流川の橋のたもとに到着。欄干の端部には常夜燈があり、中山道に架かる橋らしい趣きです。長い橋を渡り終えたところに、「中山道、新町宿0.4km」の木製道標が立っていました。ついに武州エリアの中山道を踏破し、上州エリアに入ったわけです。新町宿の入口には大きな常夜燈があり、その前には、「右碓氷峠十一里、左江戸二十四里」と記された石の道標が置かれています。碓氷峠などという文字を目にすれば、ついにその難所がせまってきたかと、気分は高揚します。
 新町宿には古い建物はほとんど残っておらず、昔のままの姿を留めていたのは、明治天皇新町行在所ぐらいでしたので、そこを本日の到達点とすることにしました。

 神流川を渡れば群馬県。常夜燈に旧道の名残を感じます。
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明治天皇行在所
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 日本橋を出て11番目の宿場である新町宿まで到達しました。ここから上州(群馬県)です。画像

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この記事へのコメント

武蔵国の住人
2021年04月10日 21:37
ご無沙汰致しております。
先週末、ようやく本庄宿にたどり着きました。

ご報告申し上げます。m(_ _)m