中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その13

<14日目、8月19日> 松並木が美しい笠取峠を越えて長久保宿へ
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 開始当初は、暑さと単調さにめげそうになった日もあった中山道歩きですが、信州に入ってからは、どちらを向いても美しい山が見え、風もさわやか、そして何よりも旧街道らしい雰囲気が残っているところが多いので、歩く気力が増してきたような気がします。
 この日の予定は、望月宿から芦田宿を経て長久保宿まで。望月には江戸中期の建築という大和屋をはじめ、旅籠の名残を留めた家がかなりあり、商店の佇まいもレトロで、街道歩きでなくても訪ねる価値のある町だと思います。望月宿を抜けたところで、旧道は自動車道路を離れ、左手の山の斜面へと登っていきます。細い道ですが、「中山道→」と記した道標が設置されていたので迷うことはありませんでした。
 「間の宿茂田井」の説明板が設置されている分岐を過ぎると、道は下り坂となり、茂田井宿へと入っていきます。「間の宿」ですから、中山道69次には数えられていませんが、その雰囲気の良さは特筆に値するものです。ほどよい狭さの道、傍らを流れる澄んだ用水、道沿いには格子のついた古い家屋がずらりと並んでいます。中心に位置する造り酒屋の白壁も趣があり、電柱がなければまさにタイムスリップしたような世界です。宿場の出口には石割坂という急坂がありますが、その途中で振り返ってみた茂田井の街並みもまたすばらしいものでした。

望月から茂田井へむかう旧道
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タイムスリップしたかのような茂田井宿の街並み。いつまでも歩いていたい気分になります。
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 茂田井宿を過ぎたところから一般道を歩くことになりますが、青々とした水田のむこうには浅間連峰の山々がくっきりと見え、車道歩きでも単調さを感じることはありません。
 芦田宿では、資料館を兼ねたお休み処「ふるさと交流館」で一休み。その少し先が本陣で、建物が現存しており、庭を自由に見学することができます。この本陣をはじめ芦田宿にも古い建物がかなり残っており、宿場町の雰囲気を十分感じることができますが、先ほどの茂田井宿のインパクトが強すぎて、有難味が感じられなかったのが残念です。
 芦田宿を出ると間もなく、笠取峠の松並木にさしかかります。数百メートルにわたり旧道が整備保存され、見た目にも美しく、歩きやすい道です。峠の入口と一里塚には何とも愛らしい双体道祖神が置かれていました。途中の東屋で昼食をとり、笠取峠の頂上をめざしました。青々と育った棚田の稲が、風が吹くたびに浪のように揺らぐ姿も美しく、疲れが癒されます。松並木が終わると、峠までは自動車道路の脇を歩くことになりますが、歩道が整備されているので安心です。
 標高910mの笠取峠のサミットから少し下ったところに峠の茶屋がありました。そのまた少し先、長和町に入ったところに笠取峠立場図が掲示されていましたが、大きな茶店が描かれたその図からは、往時のにぎわいが偲ばれます。さらに少し下ったところが、旧中山道の入口。歩行者のみが通れる細い道で、入口に「中山道原道」という表示がでていました。国道142号の旧道を串刺しにしたようなルートで、地形図には記載されていません。勾配は少しきついのですが、自動車道路と比べれば短い距離で長久保宿に至ることができます。踏み分け道のような感じで、倒木が道をふさいでいるところもありました。下りきると、松尾神社の境内に出ました。その前を流れる五十鈴川を渡ると、間もなく長久保宿です。

芦田宿の街並み(上)と現存する本陣(下)

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笠取峠入口の可愛らしい双体道祖神
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笠取峠の美しい松並木を行く。英人アーネスト・サトウは、中山道において最も美しい風景の1つと絶賛したそうです。
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サミットを少し過ぎたところにある現在の茶店
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笠取峠の長久保側の中山道原道。こういうところを歩くと、往時の厳しい旅が偲ばれます。

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長久保宿へと下る道です。このなんともいえない風情。街道歩きのわくわく感が増します。
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 長久保宿は坂道に沿ったL字形の宿場で風情があります。まず目についたのは一福処濱屋。明治初頭に旅籠として建築されながら、実際には使用されずに終わったものということで、今は長久保宿資料館になっています。館内の掲示によれば、長久保宿は、公式には長窪宿ということですが、「窪」ではイメージが悪いので、地元民は長久保と表記することを好んだ由。一福処濱屋の少し先に、真田幸村(信繁)の娘が嫁いだという本陣がありました。後日、大河ドラマ『真田丸』でその話がとりあげられた際は、あっ!あそこだと嬉しくなりました。
 長久保宿は、木造三階建てのレトロな旅館「濱田屋」の角をL字に曲がってさらに続いています。その前の道標に「↑京方」の文字をみて、何が何でも京都三条大橋へ到達してやるぞという気持ちが高ぶってきました。次回はいよいよ中山道最大の難所といわれる和田峠越えです。

坂に沿った長久保宿
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一福処濱屋前の中山道。この坂を登って行くと笠取峠に至ります。
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真田幸村(信繁)の娘が嫁いだ長久保宿本陣。現存している本陣建築としては、中山道最古ということです。
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今も営業している木造三階建ての旅館「濱田屋」。道標に「京方」の文字。京はまだはるか先ですが、ちょっと嬉しい気分になります。

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