中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その14

 <15日目、8月28日> 和田峠越えの前哨戦、まずは和田宿の先まで
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 前回、長久保宿まで到達し、次はいよいよ和田峠越えにチャレンジと意気込んだのですが、ことはそう簡単ではありません。昔の旅であれば、麓の和田宿に泊まり、峠を越えて下諏訪宿に至るということになるわけですが、現在の和田宿には宿泊施設がないのです。長久保宿からスタートして下諏訪宿までとなると、その距離は30キロ余。平地でも大変なのに、長久保宿と和田峠(標高1600m)の標高差は900m、峠の頂上と下諏訪宿との標高差も800m強ありますから、ポン太の体力では厳しすぎます。思案の末に得た結論は、まずは和田宿の先の唐沢下というところまで歩き、コミュニティーバスで長久保にもどり1泊、翌朝、宿泊先の車で唐沢下まで送ってもらい、そこからスタートするというもの。それならなんとか下諏訪までたどり着けそうです。
 方針が決まり、前回の到達点である長久保宿を出発しました。国道とは別になっている旧道を歩き、国道142号に合流後、しばらく行くと、「国史跡、歴史の道、中山道」といった石碑が並んでいる小公園のようなところがありました。そこからは和田宿へと続く旧道をずっと進むことになります。車が頻繁に行き交う国道とは違って、のんびり歩くことができ、蕎麦畑が広がる沿道の風景もよく、街道歩きの醍醐味をたっぷり味わえる道でした。バス停の待合室も「歴史の道」にふさわしく凝ったものが多く、「ミミズ道祖神」や「三千僧接待碑」など興味深い石碑も存在していました。所々に、わき水を利用した水飲み場が設けられていましたが、なんと優しい配慮でしょうか。ポン太も飲んでみましたが、まろやかでとても美味しい水でした。

和田宿への旧道分岐地点に並ぶ石碑
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雰囲気のあるバス停。ネコバスが来てもおかしくないですね。
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旧中山道のまわりに広がる蕎麦畑。癒される風景です。
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面白いミミズ道祖神
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 まわりの風景がすばらしいので、ほとんど疲れを感じることなく気持ちよく歩いているうちに、和田宿の入口に着きました。大きな石に「是より和田宿」と刻まれています。屋根の上にさらに屋根をのせたような面白い形状の八幡宮の前を過ぎると、和田宿の核心部です。資料館になっている旅籠「かわちや」の周辺の街道風景は秀逸でした。その少し先にある本陣との共通入館券を買い、旅籠の内部を見学。和宮の下向に合わせて新築した建物ということで、旅籠の中では大規模なものだそうです。二階の道路際の部屋は板の間になっていて、畳の間に入れなかった旅人たちが、そこで雑魚寝をした様子を想像することができました。和田宿の本陣は、一旦は村役場として使用した後に、復原工事を施し、資料館的に整備したものです。石置き屋根の大きな建物で、奥行きもあり、さすがは本陣という感じがしました。
 雰囲気の良い和田宿を後にしばらく進むと、鍛冶足という面白い地名の場所があり、国道とクロスします。そこには江戸より五〇里の一里塚碑や「右諏訪街道、左松澤歩道」と刻まれた石標がありました。とにもかくにも50里を踏破したのかと思うと嬉しくなります。さらに500mほど進むと、旧中山道は国道142号に吸収され、その先は国道の脇を歩くことになります。歩道がないので、車に轢かれないように細心の注意を払う必要があり、その緊張感は疲れを増幅させました。現代の和田峠越えも、往時とは別の意味で大変です。
 なんとか目標とした唐沢下バス停に到達しましたが、空模様が怪しくなってきたので、天気予報を確かめると、明日は一日中雨になりそう。そんな日に峠越えはしたくないので、予定していた長久保での宿泊を一旦取り止め、出直すことにしました。

和田宿の中心部へ
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大きな旅籠だった「かわちや」
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「かわちや」の2階から見下ろした和田宿の街並み。なんという雰囲気の良さでしょうか。
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和田宿本陣の前にて
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レトロな商店の前を行く
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和田宿から和田峠へとむかう旧道
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つらい国道歩き。恐怖の国道142号を行く。
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