中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その18

<20日目、10月8日> 鳥井峠を越えて画像
 早めに朝食を済ませ、鳥居峠へとむかいました。宿場のはずれの少し高い位置から振り返ってみた奈良井宿の眺めもすばらしく、いつどこからみても絵になる宿場です。これほど大きな宿場が今日まで残り、その街並み全体がしっかり保存されているのは、奇跡のようにさえ思えます。
 標高1197mの鳥居峠は、中山道の木曽路最大の難所といわれていますが、実際に歩いてみると、険しいところはまったくありませんでした。復原された石畳もあり、快適なハイキングロードといって良いでしょう。およそ1時間で、木曽平沢方面の眺めがよい峰の茶屋に着きました。鳥居峠には、明確なサミットをしめす標識がありません。おなじような標高のところをしばらく歩くと、御嶽の遥拝所があり、噴煙が立ち上る御嶽山を望むことができました。
 藪原へ下る道は、奈良井側よりさらにゆるやかで、だいぶ下ったところに石畳の路が復原されていました。そこを過ぎると、あっという間に麓の集落です。旧街道沿いにしては、新しい家が目立ち、カフェをやっていたらしい洒落た建物もありました。
 中央線の線路をくぐり抜けたところが薮原宿です。宿場の面影がないわけではありませんが、どちらかといえば生活感のある普通の町といった感じ。藪原といえば江戸時代からお六櫛が有名で、今もお六櫛を商う店がありました。

鳥居峠への道から振り返ってみた奈良井宿
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鳥居峠への道には石畳の箇所があり、旧街道らしい雰囲気です。
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快適な峠道です
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鳥居峠の峰の茶屋付近からみた平沢方面です。「木曽路はすべて山の中」を実感します。
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鳥居峠の遙拝所から、はるかに望む御嶽山。

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薮原側にもあった石畳
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鳥居峠を下り、旧中山道から見下ろした薮原宿
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薮原宿には今も「お六櫛」を商う店があります
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 藪原駅は、宿場とは反対側をむいており、中山道は駅の裏側を行くことになります。そこに藪原の一里塚跡の碑があり、その後ろに中央西線で活躍したD51形蒸気機関車が保存されていました。新旧の交通のシンボルという意味合いでしょうか。
 駅の南側で線路の下を通りぬけ、19号線に出ました。1キロほど進んだところから、「中部北陸自然歩道」の道標に従って進みましたが、はたしてこれが旧中山道と一致しているのかどうか、疑問が残りました。「中部北陸自然歩道」を整備するのは良いのですが、旧中山道との関係を明示してくれないと、中山道を歩こうという人はとまどいます。
 権兵衛街道の分岐点で国道19号と合流。しばらくは19号を進み、宮ノ越宿の看板のあるところを右折して旧道に入りました。ここから先はずっと旧道歩きとなります。木曽川沿いで景色も良く、快適そのものです。巴御前が子供時代に水泳の練習をしたという巴淵という場所がありました。確かに川が湾曲して淵のようになっており、そんなことがあってもおかしくはないと思わせるところです。このあたりは木曽義仲の本拠地であり、菩提寺もあります。
 宮ノ越駅入口を過ぎて、少し歩いた先が宮ノ越宿。うっかりしていると、いつの間にか通り過ぎてしまうような小さな宿場です。この先、原野駅まではほぼ中央線の線路沿いを進みます。時折通る列車の乗客の中で、そのすぐ脇の小路が旧中山道だとわかる人はほとんどいないでしょう。第五中仙道踏切で線路の反対側へ渡りました。ほどなく原野の集落です。正式な宿場町ではありませんが、この集落の古びた雰囲気は宮ノ越以上に旧街道であることを感じさせてくれました。まもなく原野駅に到着。今日はここまでです。

薮原の一里塚とD51
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巴御前が水泳をしたという巴淵。なんとなくそれっぽく見えます。
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小さな宮ノ越宿
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D51という屋号にはびっくり。元国鉄の機関士の家でしょうか。
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雰囲気のよい原野の集落。こういう道をたどることができるのが、旧道歩きの面白さといえましょう。
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