中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その20

<22日目、10月17日> 木曽八景「小野の滝」から「水舟」の須原宿へ画像

 桟(かけはし)温泉に泊まった翌朝、目を覚まして外を眺めると、朝日を浴びた木曽の桟の絶景がひろがっていました。桟そのものは現存していませんが、江戸期の石積のみ確認できます。
 上松駅にもどり、街道歩きを再開。町はずれの下町バス停から旧道に入りました。上り坂がありその上から振り返ると上松宿の家並みが見渡せますが、そこの地名は見帰と書いて「みかり」でした。さらに進むと寝覚という集落に入ります。茶屋本陣の「たせや」と江戸時代からの蕎麦屋である「越前屋」という、二軒の古い建物が残っており、旧道らしい良い雰囲気を漂わせています。実は、この「たせや」には学生時代に同好会の合宿で泊まったことがあるのです。その記憶はかなり薄れていましたが、40年余の時を経て、改めて眺めてみると、江戸時代そのもののような素晴らしい建物でした。今は民宿の営業はしていません。

茶屋本陣であった「たせや」
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石畳の旧道を下りました。復原したものかもしれませんが、ちょっときれいすぎる感じです。
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 上松中学のグランド脇からは中央アルプスが見事に見渡せました。木曽三大橋のひとつといわれた滑川の橋を渡り、道なりに進んで国道19号に出ると間もなく、左手に小野の滝があらわれました。木曽八景のひとつであり、浮世絵にも描かれ、多くの文人墨客が賛辞を送った滝です。今はその真上を中央線の橋梁が跨いでおり、滝自体は昔と変わらぬものの、いまいひとつ精彩に欠ける感じがしました。
 その後しばらくは19号を進みましたが、このあたりは、19号と旧道さらに中央線がもつれ合うような形になっているので、注意深く進まないと旧道への入口を見逃しそうになります。人家の庭先を通り抜けるような箇所など、これが中山道かと思えるような細く頼りないところもありましたが、なんとか歩くことができました。
 旧中山道は倉本駅の手前で線路を横断していたようですが、今はその道はなく、駅前の坂を登って倉本の集落へ。狭い道に面して古い民家が軒を並べ、なかなかよい雰囲気です。庚申塔や石造物の並ぶ一角を過ぎ、中央線をくぐり19号へ。その先もまた旧道と19号がからみあっており、右へ左へとめまぐるしくルートが変化します。

「木曽八景」の1つに数えられた小野の滝。今はその上を中央線が跨いでいます。
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こんな民家の庭先のようなところが旧中山道でした。
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このあたりは旧道(右端)と中央線、国道19号が並行しています。新旧の交通路を一望できる絶景です。
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ここで線路を渡るのが本来の中山道ですが、「横断禁止」の立て札を無視するわけにもいかず・・・。

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 須原宿の標識のところで左手の旧道に入ると間もなく須原駅です。明治42年の開業以来の古い駅舎があり、駅前に幸田露伴の碑がありました。駅からほど近い須原宿は、水舟の里といわれるように水が豊富で、いたるところに「水舟」とよばれる水場があります。思ったより長い宿場で、古い町並みも残り、宿場の背後には中央アルプスが顔をのぞかせるなど、雰囲気のよい宿場でした。
 第9中仙道踏切で中央線の東側に出て、そこからしばらくは線路から離れ、三角形の二辺を経由するような道となります。清水寺のような舞台をもつ岩出観音の近くを通り、英泉の絵に描かれたという伊奈川橋を過ぎると、すこし上り勾配となりますが、沿道の山里の風景は秀逸で飽きることがありません。天長院という古刹を過ぎるとゆるやかな下り坂となり、15分ほどで、本日の終着点大桑駅に着きました。

木曽路を行く中央線には開業以来という古い駅舎が多いのですが、須原駅にはなつかしい木製の改札柵が残っていました。

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趣のある須原宿の街並みと「水舟」
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須原から大桑へむかう旧中山道は、中央線を離れて山の中を迂回しますが、沿道の眺めはすばらしく、歩くのがまったく苦になりません。木曽路は本当に街道歩きの醍醐味を満喫できるところです。
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