中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その21

<23日目、11月11日>野尻宿、三留野宿を経て南木曽駅へ
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 晴天が続くという予報を信じて、今回は2泊3日のスケジュールを組みました。大桑駅からスタートし、木曽11宿のうちの残り4宿と落合宿を通り、中津川駅をめざすという行程です。ポン太の本拠地の浅間山麓ではすでに終わってしまった紅葉が、このあたりではちょうど見頃をむかえていました。自動車の騒音がちょっと耳障りな国道19号を歩かなければならない区間もありましたが、木曽川の美しい眺めがそれを十分補ってくれます。第11中仙道踏切から先の旧道は中央線の線路に沿っていて、時折通る電車と旧道の風情の両方を楽しむことができるという、ポン太にとっては極上のロケーションでした。野尻宿の入口にあたる第12中仙道踏切付近には古民家が並んでおり、いかにも旧道といった雰囲気です。明治期に鉄道が開通して中山道に踏み切りができたころを偲ばせます。
 野尻宿は大火により古い建物はほとんど残っていません。しかし、この宿場の特徴とされる屈曲した道の姿は往時のままで、宿場町らしい風情が感じられました。野尻駅に立ち寄り、駅舎で昼食をとったのですが、この駅もまた明治41年の開業以来の駅舎が使われており、木曽路は、街道だけでなく鉄路もまた、歴史的建造物の宝庫といえるでしょう。
 読書(よみかき)ダムを過ぎ、中央線と絡みあいながら進むと、十二兼の駅がみえてきました。駅前広場のない殺風景な駅です。その下を過ぎると間もなく柿其(かきぞれ)峡の入口。木曽川のほとりには方状節理の岩が連なり、寝覚めの床のミニ版のような美しい景観を楽しむことができました。その先はまた国道19号を歩くことになりましたが、木曽川の対岸の紅葉が美しく、まったく苦になりません。

国道19号からみた木曽川
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旧道と中央線がクロスする「第12中仙道踏切」付近の雰囲気は、明治の鉄道開業のころを偲ばせます。

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旧道からみた中央線の特急「しなの」
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くねくねと曲がっている道路が特徴的な野尻宿
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柿其峡の入口付近の木曽川は、「寝覚の床」に似たすばらしい景観です。
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木曽川の右岸のみごとな紅葉
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 金知屋というところから旧道に入り、線路を渡ると三留野(みどの)宿。ここも大火にあったということで、古い建物は残っていません。木造の建物が軒を連ねているのが宿場町ですから、ひとたび火災が発生すれば、あっというまに町全体が焼けてしまうということは容易に想像できます。それにしても、あまりにも大火により焼失した宿場が多いことに驚かされます。江戸時代以来の街並みがそのまま残っている奈良井宿やこれから訪ねる妻籠宿などは、奇跡のような存在だとつくづく思います。
 三留野宿を抜けたところに、台風による豪雨で土石流災害に見舞われた場所がありました。流された家の跡がまだなまなましく残っており、土石流の恐ろしさが伝わってきます。このあたりでは土石流を「蛇抜け」とよびます。南木曽駅裏には「蛇抜橋」があり、下を流れる沢は蛇抜沢です。南木曽駅裏の大きな貯木場を回りこんだところにある和合という集落を本日の到達点とし、跨線歩道橋で線路を渡り南木曽駅へとむかいました。同駅から電車と車で、今宵の宿「フォレスパ木曽あてら荘」へというわけですが、電車の待ち時間がだいぶあったので、木曽川に架かる桃介橋から天白公園、桃介記念館(別荘)を一周しました。こちらは、中山道歩きとは趣の異なる、近代化遺産めぐりです。桃介記念館に隣接する山の歴史館脇に、森林鉄道のディーゼル機関車が保存されているのを見つけて、思わぬ収穫に大喜びのポン太でした。

三留野(みどの)宿を行く
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土石流災害の跡
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蛇抜(じゃぬけ)橋の表示
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中央線の蛇抜沢橋梁
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桃介橋です。大正時代に架けられた長大な四径間の吊り橋で、当時の土木技術の粋を集めた近代化遺産です。
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「山の歴史館」脇に保存されていた森林鉄道のディーゼル機関車。かつて、南木曽(なぎそ)町の国有林には、本支線あわせて69.7キロもの森林鉄道が存在したということです。
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この記事へのコメント

ギャラリー静河
2017年11月29日 15:04
野尻宿懐かしい❤ですね🎵
学生の頃、野尻営林署で、一月間アルバイトをしました😅
もちろん森林鉄道にも乗ってきましたよ❗
楽しい時代でした🎵銀座の