鹿島臨海鉄道臨港線鹿島港南駅~忘れ難き終着駅(6)

第6回 鹿島臨海鉄道臨港線鹿島港南駅(茨城県)

 何のための終着駅だったのか、事情に通じた人以外理解に苦しむような終着駅でした。鹿島港南駅が開業したのは1978(昭和53)年7月25日、廃止されたのが1983(昭和58)年12月1日ですから、存続期間は僅か5年余。しかも列車本数は1日3往復でしたから、いったい誰が利用していたのか、そもそもどういう人の利用を前提にしてこの駅を設けたのか、わけがわからない駅と言っても過言ではないでしょう。
 鹿島臨海鉄道は、元々鹿島臨海コンビナートの物流を担う目的で設立された貨物鉄道でした。1978年5月に成田空港が開港した際、燃料輸送に利用するはずのパイプライン建設が間に合わず、鹿島港から空港への燃料輸送に同鉄道が用いられることになったのです。ご承知のとおり、成田空港建設をめぐっては激しい反対運動があり、周辺地域にもピリピリした空気が漂っていました。そこで燃料輸送の見返りに旅客輸送を行うことになり、その終点として開業したのが鹿島港南駅だったわけです。国鉄線との接続駅である北鹿島駅から鹿島港南駅までが同鉄道の旅客営業区間となったのですが、北鹿島は貨物駅であったため乗降することはできず、国鉄線の鹿島神宮が事実上の始発駅でした。鹿島神宮~鹿島港南間の営業キロは18.6km(鹿島臨海鉄道の部分は15.4km)で、乗車券には、鹿島神宮から400円、(北鹿島)→鹿島臨海線300円と表記されていました。JTB時刻表には、乗降できない北鹿島の駅名はなく、索引の地図も、国鉄線と臨港線が駅の無いところでスイッチバックする形でつながるという、面白い描き方になっていました。画像
 パイプラインの完成により、見返りの必要性が(あったかどうか疑問ですが)無くなり、旅客営業は廃止されました。1985年に、鹿島臨海鉄道は水戸~北鹿島間を開業し、旅客営業を復活。北鹿島駅は1994年に鹿島サッカースタジアム駅と改称して旅客営業を開始しました。しかし、列車が停車するのはサッカー開催日のみ。この駅で乗降するのは、今もそう簡単ではありません。
 短命で実際に利用した人が極めて少なく、今となっては存在していた意味さえわからない終着駅。だからこそ忘れ難い、それが鹿島港南駅なのです。


 同線を訪れたのは開業から3ヶ月ほど経った11月23日。鹿島神宮駅発13時14分の列車に乗りました。車両はキハ1002の単行で、乗客は3人。下の写真は鹿島神宮駅で発車を待つ、鹿島港南行列車です。(1978年11月23日撮影、以下同様)
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 これが終着駅の鹿島港南駅です。駅前には電話ボックス以外何もありません。片面ホームのみの無人駅です。
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 鹿島港南駅ホームと去って行く列車です。
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 鹿島港南駅に着いた列車は、乗客を乗せて折り返すことはなく、無人のまま一旦引きあげてしまいます。次の上り列車は16時45分発でそれが最終。3時間も待たなければならないので、帰路はバスを利用せざるを得ませんでした。
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 当日利用した乗車券です。
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