津軽鉄道には「ふるさと」がある

 久しぶりに訪ねた津軽鉄道。この鉄道に乗車すると、自分の故郷でもないのに、懐かしさを感じてしまいます。その理由の1つは、津軽という土地のイメージでしょうか。津軽と聞いただけで、岩木山、津軽平野、リンゴ畑、雪国、地吹雪、津軽三味線、津軽弁、ねぷた等を連想してしまいます。そこから受けるイメージは、「究極の故郷」。津軽をテーマにした歌もたくさんつくられていますが、そのイメージも総じて「郷愁」です。とりわけ、美空ひばりの「津軽のふるさと」は、ポン太の琴線にふれるものでしたから、もしかすると、ポン太の津軽イメージはそれに依るところが大きいかもしれません。
 鉄道そのものにも懐かしさを感じさせる要素があります。非電化の地方私鉄は、今や風前の灯。東北地方で、国鉄由来の第三セクター鉄道ではない、純粋の非電化私鉄は、津軽鉄道のみです。架線がなく、自然の中に溶け込んでしまいそうな、少し心細さも感じる鉄路。地元の人々の熱意により開業したこの鉄道とその周辺には、手作り感のようなものも漂っています。津軽鉄道に乗車すれば、間違いなく日本のローカル私鉄の原風景を味わうことができるのです。
 懐かしさだけでなく、津軽鉄道には貴重な産業遺産も存在しています。本年(2019年)、津軽鉄道の2つ転車台が、産業考古学会の推薦産業遺産に認定されました。転車台は、方向転換が必要であった蒸気機関車時代の鉄道の歴史を伝える重要な産業遺産ですが、津軽鉄道に存在する2基は、いずれも桁の長さが40フィートという小さなもの。このサイズは、明治の鉄道創業時に新橋と横浜に設けられたものと同じです。機関車の大型化により、転車台も大型化し、現存する40フィート転車台は全国に4基しかありません。明治の鉄道黎明期に輸入された貴重な転車台が2つもこの鉄道に存在しているというのは大変なことです。それだけでなく、古い車両を保有していたり、今や津軽の冬の風物詩となったストーブ列車を運行するなど、津軽鉄道は、丸ごと産業遺産といってもよい鉄道です。
 乗車した列車の窓際には、太宰作品の小さなプリントが置かれていました。ポン太の席にあったのは『もの思う葦』の一節。知恵を絞り、なんとか乗客を増やして、太宰の故郷でもあるこの貴重な鉄道を存続させたいという思いが感じられ、少しばかり胸が熱くなったポン太でした。

 津軽五所川原駅前の津軽鉄道本社です。「ここにふるさとがある 津軽鉄道」と記された看板が掲げられていて、乗車前から気分が高揚します。
津軽鉄道本社.JPG
 津軽五所川原駅で出発を待つ津軽中里行の列車(津軽21形103)です。
発車を待つ9列車.JPG
 こちらは、41年前(1978年3月30日)に同じ場所で撮影した写真です。車両やホームの上屋などは変化していますが、全体的な雰囲気はあまり変わっていないことがわかります。
780331津軽五所川原駅 (3).jpg
 津軽五所川原駅構内にある貴重な40フィート転車台です。現在は使用されることはなく、動かすこともできません。後方に見える古い車両(ナハフ2102)は、元は西武鉄道の電車で、1928年製のいわゆる「川崎造船形」です。
40フィート転車台/津軽五所川原.JPG
 ストーブ列車用の客車が留置されていました。夏は「生ビール列車」としての運行もあるようです。クーラーなどついていませんから、窓を全開にし津軽の自然の風を浴びながら飲むビール。美味しそうですね。
ストーブ列車用客車.JPG
 乗車した列車には、「太宰列車2019」の表示と装飾が施されていましたが、この手作り感がなんとも言えません。
太宰列車.JPG
 窓際に置かれた太宰作品のプリントです。思わず手にとって読んでしまいました。
窓際に置かれた太宰の文章.JPG
 動き出すと太宰の提灯が列車の揺れとコラボして、まさに太宰列車。
DSCF2348.JPG
 五所川原から2つめの五農高駅。五農高とは五所川原農林高校のことですが、しびれるような木造駅舎です。
五農高前.JPG
 ちょっと頼りないように感じるレールですが、そこがまたローカル私鉄の良さ。
DSCF2379.JPG
 この毘沙門駅のたたずまいもなかなかです。
毘沙門駅と防風林.JPG
 ここは津軽ですが、森の中に吸い込まれていくような線路を眺めていると、宮澤賢治の世界を思い出してしまいます。
素朴な踏切と傾いた電柱.JPG
 嘉瀬駅で女性が一人下車しました。降りる人がいるという、ただそれだけのことに驚いてしまうのもローカル鉄道ならでは。
嘉瀬駅.JPG
 太宰治ゆかりの斜陽館所在地の金木駅です。他の駅では乗降する人がほとんどいなかったので、ホームにかなりの人影をみると、嬉しくなってしまいます。
DSCF2416.JPG
 終点の津軽中里です。
津軽中里にて.JPG
こちらは41年前の同駅。貨物営業が行われていた時代で、気動車が貨車を連結していました。
780330津軽鉄道津軽中里駅構内.jpg
 津軽中里駅構内にも貴重な40フィート転車台があります。こちらは、津軽鉄道サポーターズクラブの手で動態保存化され、時折イベントも行われるそうです。
DSCF2397.JPG
 沿線には独特の形状の踏切表示灯が設置されています。
DSCF2455.JPG
 帰路、ようやく姿を現した岩木山(津軽富士)。この山があってこその津軽平野です。
岩木山.JPG
 津軽五所川原駅には腕木式信号機があり、もちろん現役です。こういったところにも懐かしさを感じます。これ以外に金木駅にも腕木式信号機があります。
五所川原 腕木式信号機.JPG
 五所川原市内も歩いてみました。駅前をまっすぐ進んだあたりが中心市街地だと思っていたのですが、今はすっかり変わっていました。この場所と同じところで41年前に撮影したのが下の写真ですが、同じ都市とは思えない変貌ぶりです。
五所川原市中心部.JPG
 41年前の写真をみると、商店街が続いていて、その先にはMARUTOMO(マルトモ)というデパートがみえます。いまは商店街という感じではなく、デパートもありません。デパートのあった場所には、観光施設「立佞武多(たちねぷた)の館」ができていました。
780330五所川原市内 (2).jpg
 その「 立佞武多(たちねぷた)の館」に入ってみてびっくり。名前のとおり当地のねぷたは高さがとにかく高く、7階建てのビルに匹敵するとか。これが市内をめぐる迫力満点の祭りを一度は見てみたいものです。
DSCF2302.JPG
 ねぷたの表側が勇壮なのに対して、裏側の「見送り絵」はなんとも妖艶。ねぷたが遠ざかり、「見送り絵」が夜の闇に消えていく様を想像すると、ちょっと切ない感じがします。やはり北国の祭りには賑やかさだけではなく、哀愁が伴う。そこがいいのだ、と勝手に解釈し、「見送り絵」をしみじみと眺めてしまったポン太でした。
DSCF2307.JPG

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント