台風の爪痕その後―布引電気鉄道の橋脚は健在

 大きな爪痕を残した台風19号が去ってからおよそひと月が経過し、鉄道関係の復旧はかなり進捗しました。飯山線と小海線はすでに全線での運転を再開しており、長野県内の鉄道路線で不通区間が残っているのは、しなの鉄道しなの鉄道線と上田電鉄別所線の2線のみとなりました。
 しなの鉄道線は、その上を跨いでいた(市道の)海野宿橋の一部が崩落したことにより、安全確保が難しいということで、田中~上田間の運転を見合わせているわけですが、千曲川護岸の応急工事が14日ごろには完了の見通しとなり、安全が確認できれば、来週中にも運転が再開されるということです。
 上田電鉄別所線は、千曲川橋梁の橋桁の一部が落下したため、現在、下之郷~別所温泉間のみ本数を減らして運転しています。報道によれば、16日には千曲川対岸の城下まで運転を再開できる見通しとなり、残る不通区間は城下~上田間0.8キロのみとなります。同区間には代行バスが運転されるようですし、上田から城下へは徒歩で行くことも可能ですから、沿線地域への足の便はとりあえず確保されることになります。しかし、橋桁の一部が落下した千曲川橋梁の復旧には、浸食された千曲川左岸の堤防の復旧工事が前提となるため、全線の運転再開までには相当な時間を要するものと思われます。
 現役の鉄道だけでなく、産業遺産としての価値を有する廃線跡の橋脚や橋台が流されてしまったのではないかとポン太は心配しておりました。小諸市の「ふるさと遺産」に認定されている布引電気鉄道の橋脚(1本だけ残存)もその1つですが、現地に出かけて確認したところ、幸いなことに、以前のままの姿で、河原に立ち続けていました。しかし、布引観音側の橋台は後方の護岸が崩れており、道路の復旧工事とのからみで、残置されるかどうかは不透明です。

 しなの鉄道線を跨いでいた海野宿橋(市道)の崩落箇所です。線路の真上の部分は崩落していませんが、全体が不安定となり、安全面で問題があるため、列車が通過することはできません。
海野宿橋崩落箇所.JPG
 千曲川右岸の護岸が失われ、海野宿(右手の森の裏側)入口の公共駐車場も流されてしまいました。伝統的建造物群保存地区に指定されている海野宿の街並みは無傷ですが、アクセス道路が崩落(反対側から到達することは可能ですが道がわかりにくい)したことで、観光客が激減し大打撃を受けています。
海野宿入口付近の被災状況.JPG
 上田電鉄別所線千曲川橋梁の落下した橋桁です。橋台があった堤防が崩れてしまったため、復旧は簡単ではありません。
落下した千曲川橋梁の橋桁.JPG
 上田側からみた鉄橋の全景です。落下した1箇所以外の橋桁(橋脚も)は無傷のようにみえます。
上田電鉄千曲川橋梁.JPG
千曲川橋梁.JPG
 千曲川橋梁から上田側の線路を見たところです。架線は失われていますが、それ以外は特に損傷はないように見えます。橋梁さえ復旧できれば、運転再開に支障はないような気がします。
千曲川橋梁付近から上田側をみる.JPG
 かつて小諸~島川原間(7.6km)を走っていた布引電気鉄道。廃線から80年以上が経過し、当初は4本あった橋脚のうちすでに3本が失われ、1本だけが残っていました。地元の有志が「歴史的遺産を守る会」を立ち上げ、このような標識を設置したようなのですが、その先は流木が散乱していて、果たして到達できるのか心配になりました。
橋脚入口の標識.JPG
 なんとか河原に降りてみると、おぉ、ありました。あの濁流に耐えてよくぞまあと、ほめてやりたい気分になったポン太でした。
布引電気鉄道の橋脚.JPG
 小諸側の橋台も健在でしたが、ひっかかっている木の枝の様子から想像しますと、橋台の上あたりまで水が来たようです。
小諸側の橋台.JPG
 対岸を見て驚きました。布引観音側の橋台の後ろがえぐられ、道路のガードレールが折れ曲がって落下しています。水の勢いがいかにもの凄いものであったのかわかります。この道路の先の千曲川左岸はかなり浸水したようです。一部が残っていた布引駅ホームがどうなっているのかはわかりませんが、無事を祈るのみです。
背後が崩れた布引観音側の橋台.JPG
 布引電気鉄道の押出駅跡にこのような説明板が設置してありました。今回の台風被害にめげずに、ぜひこの活動を継続して欲しいものです。
布引電気鉄道説明板.JPG

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この記事へのコメント

ギャラリー静河
2019年11月13日 10:56
昔の土木構造物は概して丈夫なようで簡単には壊れませんよ。
以前に日光の大谷川の砂防ダムを見聞したとき、
明治期の砂防ダムはびくともしていませんでした。
石積みもガッチリ食い込んでおり、コンクリートも川の玉砂利を使い
人力でしっかりと打ち込んでいますので、耐用年数も長いようです。
明治期以降の産業遺産もしっかり残しましよう!!