畑もアートだ

 山も野も里も緑一色。植物の生長の早さ、その勢いには圧倒されるばかりです。草や木の芳香をたっぷり含んだ美味しい空気。思わず立ち止まって深呼吸したくなります。畑では高原野菜の植え付けが盛んにおこなわれており、田には水がはられ、田植えが始まったところもあります。
 田舎の風景といえば、全国的には「田んぼ」が主役ですが、ここ浅間山麓では、レタスやキャベツといった高原野菜を栽培する畑の面積が圧倒的に広く、それがつくり出す景観は、アートと呼んでもおかしくない美しさです。広い畑に整然と植えられた苗をみただけでも、爽やかな気分になりますが、それがレタスであった場合、いろいろな種類があり、葉の色も異なっているため、遠目にはパッチワークのように見えます。一斉に田植えをして一斉に収穫する水田とは異なり、時期をずらして植え、何度も収穫できるようにしておく必要性から、生長具合の異なる苗が、それぞれ畑の一定の面積を占め、異なる色彩になっていることも、アートのように見える理由の1つかもしれません。
 森の中の道をたどり、畑の広がるところへ出ると、開放的な気分になるだけでなく、その思いがけない美しさに驚くことがしばしばです。春の花が一段落したこの時季、「畑アート」探索はちょっとした楽しみといえましょう。「畑アート」の良いところは、その図柄が日々変化すること。育ち具合によって、同じ畑とは思えないぐらい変わってしまい、又収穫されると、何も描かれていないキャンバスにもどってしまう。今日見た「畑アート」は、明日は存在しないかもしれませんから、一期一会といってもよい作品鑑賞です。畑で作業している人は、アート作品をつくっている意識はないでしょうから、立ち止まって眺めていると、いぶかしく思われるかもしれません。それでも立ち止まって眺める価値がある。たかが散歩と侮ることなかれ。歩いてさえいれば、いろいろな楽しみが見つかるものです。

 樹木が成長する勢いは恐ろしいほどです。ポン太の小さな菜園も、背後に迫る緑の波に飲み込まれそう。
ポン太の菜園.JPG
 道路も緑のトンネル状態です。
新緑の道.JPG
 畑の中に出ると景色が一変。ごく普通のキャベツ畑ですが、眺めているとスカッとした気分になります。
爽やかなキャベツ畑.JPG
 浅間山麓で栽培されている野菜は「霧下野菜」とよばれています。早朝の霧が乾燥をふせぎ、瑞々しく柔らかい、味も食感も良い野菜にしてくれるそうです。こういう景色を眺めていると、そうかもしれないという気になります。
霧下野菜.JPG
 住宅地化がすすみ、レタス畑と隣あわせになっているところも多いのですが、畑が整然としていて美しいので違和感はありません。
住宅街と畑.JPG
 こちらはなんとレタス畑を含む街区全体が住民協定により景観形成されていました。
きれいな畑.JPG
 ここまでくれば正しく「畑アート」ではないでしょうか。
畑アートその1.JPG
 こちらも見事です。
まさにアート.JPG
 レタス苗の植え付け作業風景、いや「畑アート」の造形作業風景といってもよいでしょう。それにしても1株ずつ手作業で植えていくわけですから大変な労力です。
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 植え付ける苗がセットされていた台の上がすでにパッチワークです。
苗からパッチワーク.JPG
 シートが張られ植え付け準備が整った畑と、植え付け用の機材です。
植え付け機材.JPG 
 植え付けが終わったばかりの畑です。スケールの大きさに驚くとともに、苗が育ったたらどんな景観になるのか楽しみです。
広いレタス畑.JPG
 スケールは小さいものの、地形を上手に利用したこの畑にも造形美を感じます。後ろに見えるのは新幹線のコンクリート橋です。
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 この時季の長野牧場がどうなっているのか、ちょっと覗いてみましたが、「おお牧場はみどり~」と歌いたくなりました。
牧場は緑.JPG
 牧草を栽培する畑はさすがに広いですね。緑の草の中に吸い込まれそうです。
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 牧場のカラマツ並木です。散歩するにはぜいたくすぎる雰囲気でした。
新緑の落葉松林.JPG
 「畑アート」を楽しんだ後は、わが菜園のレタスを使ったサラダをつくってみました。柔らかくて美味しいこと。これはもう「霧下野菜」と称してもおかしくないと、大満足のポン太でした。
レタスの朝食 .JPG