不作のアンズに右往左往するも

 わが家のアンズが1つも実っていません。これはおかしいぞと思っていたところ、主産地の千曲市でも、収穫が例年の4割程度という不作であることが明らかになりました。暖冬で開花は早かったのですが、その後に寒波がきたことが災いしたようです。素人考えですが、虫の活動が不活発で受粉がうまくいかなかったのかもしれません。わが家ではアンズだけでなく、リンゴ(アルプス乙女)も僅かしか結実していません。
 この時季のわが家では、いつもアンズジャムを手造りしています。パンチ力のある甘酸っぱさが、夏の暑さを乗り切る上で不可欠なものになっているからです。ところがこの不作の影響で、今年はスーパーにアンズが並ぶことはないという話が伝わってきました。このままでは、アンズジャムのない夏になる。そんなことがあってはならぬと、思いついたのが、直接産地に出向いて手に入れることです。
 即実行と出かけた先は、日本一のアンズの里として知られる千曲市の森地区。幸運にも現地に着いてすぐ、「あんずの里物産館」の前に、「生アンズ入荷しました」という看板を見つけました。狙いは的中したわけですが、中に入ってみると、並んでいた量は少なく、到着時間が少し遅ければ「本日分販売終了」となっていたかもしれません。危ないところでした。
 せっかく森まで来たので、物産館のすぐ近くの「科野の里歴史公園」に寄ってみました。そこは、古墳時代初期(4世紀末)につくられたとみられる森将軍塚古墳の所在地です。全長100m余という県内最大の前方後円墳で、竪穴式石室は東日本最大級とか。科野(信濃の国の前身)の首長の墳墓ということですが、古代史に疎いポン太でも、ヤマト王権との関わりを物語る、興味深い史跡であることはわかります。古墳は山の稜線につくられていて、展望抜群ということなので、天気の良い日に改めて訪れてみたいと思いました。
 帰路、坂城町を通過した際、バラ公園の存在に気づき、そこにも寄ってみました。残念ながら、盛りは過ぎていましたが、最盛期には梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすほどの、絢爛たる花園と化していたはずです。ここも再訪の価値ありと記憶に留めました。
 同じ日、わが家の庭の片隅で、面白い植物をみつけました。今までみたことのない白い花が咲いていたので、調べてみたところ、イチヤクソウと判明。さらにそのすぐ近くにはアカバナイチヤクソウではないかと思われる蕾もありました。イチヤクソウは、低山の山林中に分布する多年草で、東京都では絶滅危惧種に指定されているとのことです。日陰干しすると生薬になることから、その名(一薬草)がついたとか。
 梅雨の最中とはいえ、貴重なアンズを入手することができ、ちょっとした発見もあったので、気持ちだけは晴れた一日でした。

 千曲市の森地区にある「あんずの里物産館」です。
あんずの里物産館.JPG
 千曲市は日本一のあんずの産地ということで、ご当地キャラクターも「あん姫」です。
DSCF2765.JPG
 おっ、ありました。あんずが買えるぞ!!
DSCF2767.JPG
 この森地区の春の様子ですが、文字通り「あんずの里」です。
杏の里 森.JPG
 本日ゲットしたアンズです。これだけあれば、この夏のわが家のジャム需要をなんとか満たすことができそうです。アンズは収穫シーズンが短い上、傷みやすいので、ふだんの年でも、入手には気をつかいますが、今年は貴重品といってもよいでしょう。
DSCF2812.JPG
 物産館のすぐ前の山上にあるのが、森将軍塚古墳です。最近は日本史の教科書にも載っているそうです。雨が降ったり止んだりの天気でしたので、この日は登るのをあきらめましたが、次回はぜひ登ってみたいものです。
DSCF2768.JPG
 森将軍塚古墳の麓が「科野の里歴史公園」になっています。中に入ろうとすると、こんな看板が。この文面は、野性動物と共存している信州らしくてよいですね。
DSCF2771.JPG
 古墳時代の村が再現されているコーナーです。本当に人が住んでいて畑を耕しているような雰囲気で、よくできています。
DSCF2775.JPG
 こちらは坂城町の「千曲川バラ公園」駐車場です。しなの鉄道と千曲川の堤防の間にあり、電車からも見えるはず。
DSCF2796.JPG
 コロナ対策で、バラ祭は中止となったそうですが、散策は自由です。
DSCF2781.JPG
 遊歩道も整備されていて、最盛期には相当楽しめそうです。
DSCF2792.JPG
 半分ぐらいの花がすでに枯れてしまっていたのが残念ですが、霧雨に煙る背後の山とのコラボは絵になります。ちなみにこの山の頂にあったのが、信州の戦国武将として名高い村上義清の葛尾城です。武田信玄との戦に敗れ、越後の上杉謙信を頼ったことが、あの川中島合戦の契機となりました。
DSCF2803.JPG
 わが家の庭の片隅で見つけたイチヤクソウです。元は浅間山麓の原野だったところですから、こうした山野草があるのは当たり前かもしれませんが、その正体がわかるとやはり嬉しいもの。
イチヤクソウ.JPG
 こちらはベニバナイチヤクソウのようです。本州中部以北の山地に分布しているものだということなので、より貴重かもしれません。
ベニバナイチヤクソウ.JPG
 梅雨真っ最中のわが家の花壇はこのとおり。ナデシコが盛りをむかえ、タネから育てたマリーゴールドも花をつけはじめました。間もなく咲きそうなのがユリとオオバギボウシです。
DSCF2743.JPG

至宝の山と森-黒斑山を歩いて-

 先週末に県を跨いでの移動自粛が解除されて以来、浅間山麓でも県外ナンバーの車を見かけることが多くなりました。梅雨の晴れ間に、黒斑山に出かけてみたところ、登山口(車坂峠)の駐車場は満車状態で、登山道を歩いている人の数も、これまで見たことがないほどの多さでした。全体的にみて、若い人や家族連れの比率が高く、高齢者は少ないという印象です。やはり、高齢者の場合は、感染を恐れて本格的に出歩くことをまだ避けているのかもしれません。
 山で出会った若者の多くが、明るい表情をしており、中には「これまでずっと家に閉じこもって我慢していたので嬉しい」と話す人もいました。広域に人が動けば感染が広がる恐れがあり、その懸念をぬぐい去ることはできませんが、各地からやってきて山歩きを楽しんでいる人々の姿をみると、ひたすら「ステイホーム」でというのは無理があると思わざるをえません。誰だって、美しい自然の中で身体を動かしたいのです。 
 黒斑山は、訪れる誰をも満足させてくれるすばらしい山です。森もあれば岩場もあり、高山植物も豊富。僅か2時間ほどで山頂に立つことができ、これほど雄大なアルペン的景観を楽しむことができる山はそうはないと思います。黒斑山の詳細については、一昨年の6月に「黒斑山への招待」というブログでご紹介しましたので、ぜひご覧下さい。
 コロナ禍を筆頭に、暗いニュースが多い中で、信州ではちょっと良いニュースもありました。それは、霧ヶ峰周辺の山林を大規模(事業区域は196.5ha)に伐採してメガソーラーをつくるという計画が撤回されたことです。この背景には水資源の保全機能や生態系への悪影響、景観の悪化などを懸念する地域住民の声が高まったことがあると思われます。太陽光発電自体が悪いわけではなく、自宅の屋根などに設置する「小規模分散型」(自給自足型)であれば、むしろ大賛成です。しかし、大規模な森林伐採を伴う「山林開発型」を許容することはできません。
 森の中に入れば、誰しもひんやりとした清浄な空気の存在を感じるはずです。水資源を守り気温の上昇を防いでいる森をつぶしてつくった電気で、クーラーをフル稼働させて涼むなどということが、矛盾に満ちた愚かな行為であることは、ポン太のようなポンコツ頭でも容易に理解できます。山や森は、ただ美しいだけでなく、心身ともに健康な生活を維持する上でのかけがえのない宝です。黒斑山で、大勢の登山者の笑顔に接して、益々その思いを強くしました。

 前方の黒斑山を目指して、美しい森の中を歩きます。
黒斑山をめざして.JPG
 森は天然のクーラー。暑さ知らずです。
森の中の道.JPG
 足元にはイワカガミがたくさん咲いていました。
白樺を彩るイワカガミ.JPG
 コマクサの咲くガレ場もあります。
槍が鞘南斜面のガレ場.JPG
 今年はまだ咲いている数が少なかったのと、登山道から遠く離れた場所にしか咲いていなかったので写真撮影はできませんでした。これは一昨年の様子です。
黒斑のコマクサ.JPG
 黒斑山といえばゴゼンタチバナ。今年はとくにその数が多いように感じました。
ゴゼンタチバナ.JPG
 最初に登り着くピークを槍ヶ鞘といいます。そこからの眺めはすばらしく、登ってきた疲れが吹き飛びます。右は浅間山、左はこれからたどるトーミの頭です。
槍ヶ鞘からの眺望.JPG
 トーミの頭(右端)から黒斑山山頂(左端)に至る稜線です。険しそうに見えますが、難なく登ることができます。
DSCF2617.JPG
 足元には切れ落ちた深い谷があり、吸い込まれそうになります。この谷にはニホンカモシカが棲息していて、時折登山道にも現れます。
剣が峰と谷.JPG
 槍ヶ鞘からトーミの頭へと登って行く途中には、ハクサンイチゲがたくさん咲いていて、夏山らしい雰囲気が漂っていました。
登山道脇のハクサンイチゲ.JPG
 トーミの頭の上では、大勢の登山者が眺めを楽しんでいました。
DSCF2677.JPG
 トーミの頭から見た浅間山の外輪山は、アルプスを思わせる絶景です。
DSCF2643.JPG
 外輪山中の最高峰が黒斑山です。標高は2404mあり、浅間山本体を除けば、浅間連峰の最高峰です。
黒斑の頂上付近.JPG
 黒斑山の山頂は狭い上に展望がいまひとつなので、そこから蛇骨岳方面へ少し歩いた稜線上でいつも昼食休憩をとることにしています。この日は若い先客がおり、もう少し先まで歩くことにしました。
DSCF2658.JPG
 外輪山の稜線を行く登山道は見晴らし抜群のパノラマラインです。この辺がよかろうと、ランチの場所を確保しました。
DSCF2673.JPG
 ちょっと狭い場所で、転落したら大変ですが、展望は抜群です。
DSCF2666.JPG
 浅間山と外輪山、火口原(湯の平)を一望する、この眺めを楽しみながらのランチは、まさに至福のひとときです。
DSCF2669.JPG
 このあたりからは、浅間山の噴火口の様子もよくわかります。少し噴煙が多いように感じましたが、帰宅してニュースを聞くと、このところ火山活動が活発化していて小噴火の恐れがあるとのこと。25日に、噴火警戒レベルが2に引き上げられ、火口から2km以内への立ち入りができなくなりました。噴火口に近い前掛山へ登ることはできませんが、黒斑山は大丈夫です。
DSCF2661.JPG
 帰路は槍ヶ鞘経由の尾根コース(表コース)ではなく、展望のない谷コース(中コース)をとりました。そこで思いがけず遭遇したのが、このマイヅルソウです。何度も登っている山でも、新たな「発見」があるものです。
マイヅルソウ2 (2).JPG


梅雨晴れの鹿沢の山へ-山頂にもレンゲツツジ-

 梅雨の晴れ間を利用して、湯ノ丸高原へレンゲツツジを見にでかけました。いつもは湯ノ丸山への登山道沿いある「ツツジ平」を中心に見て歩くのですが、湯ノ丸山は先日登ったばかりですので、今回は例年とは違う場所を歩いてみることにしました。
 地蔵峠を群馬県側に少し下ったところに、桟敷山という山があります。その隣の小桟敷山との間には「せんべい平」とよばれる平らな土地が広がっています。その一帯にもレンゲツツジが咲いており、まずはそこを散策しました。レンゲツツジの数自体は「ツツジ平」に及びませんが、周囲を山に囲まれたロケーションがすばらしく、白樺の林の中に朱を散らしたように咲くレンゲツツジは、色鮮やかで、より一層輝いて見えます。
 桟敷山、小桟敷山をはじめ、角間山、鍋蓋山、村上山といったこのあたりの山々は、浅間連峰の一翼を担う存在ではあるのですが、群馬県嬬恋村の鹿沢地方に属しており、鹿沢の山というとらえ方もできます。鹿沢の山は、冬は深い雪に覆われ、桟敷山山麓の鹿沢温泉には「雪山賛歌発祥の地」の碑があります。積雪期が長いせいか、信州側から登る山とはだいぶ雰囲気が異なる感じで、一言でいえば水分を含んだ「しっとり」感。展望はさほど良くはないのですが、空気が爽やかで歩くこと自体が心地よい、そんな山々です。
 せんべい平から海抜1852mの小桟敷山に登ってみました。お椀を伏せたような形をした山で、小なりといえども火山(溶岩ドーム)です。山頂部分は予想以上に広々しており、たくさんのレンゲツツジが咲いていました。展望が開けているのは西籠ノ登山方面のみですが、ランチを食べてのんびり過ごすには最適な天上の楽園です。
 帰路、温泉で山の汗を流したくなって、新鹿沢温泉まで車を走らせました。県道94号線(東御嬬恋線)の群馬側は、昨年の台風19号により大きな被害を受け、長い間通行止めになっていたところです。被害の大きさは想像をはるかに超えるもので、随所で道路が崩落しており、片側交互通行でしのぎながら復旧工事が行われていました。聞けば全国で5番目という降水量だったそうです。県境の向こう側というだけで、これほどまでに情報が届かないものなのかと、驚いたポン太でした。


 湯ノ丸山から見た鹿沢の山々です。左側から村上山、桟敷山、小桟敷山と並んでいます。小桟敷山の手前の平坦なところが「せんべい平」です。
鹿沢の山々(村上山、桟敷山、小桟敷山).JPG
 地蔵峠から群馬側に少し下ったあたりのレンゲツツジの群落です。県道からよく見えるので、大勢の人で賑わっていました。
ツツジ群落/湯ノ丸山麓.JPG
 ここが桟敷山登山口です。信州側の山と比べると、入山する人は極めて少なく、静かな山歩きが楽しめます。
桟敷山登山口.JPG
 「せんべい平」の気持ちのよい道です。木立の間から湯ノ丸山が望まれます。
せんべい平を行く.JPG
 白樺林の中に咲くレンゲツツジです。
せんべい平のツツジ.JPG
 「せんべい平」から見上げた桟敷山です。
桟敷山.JPG
 こちらが小桟敷山。山を覆う緑の鮮やかさに圧倒されます。
小桟敷山.JPG
 道端には、可愛らしいスズランもまだ咲いていました。
DSCF2472.JPG
 高山植物のツマトリソウも咲いていました。
ツマトリソウ/せんべい平.JPG
 小桟敷山の登山道です。途中の展望はありませんが、フィトンチッドがいっぱいという感じで、気持ちよく登れます。
小桟敷山登山道.JPG
 小桟敷山の頂上に着いてその広さにびっくり。
小桟敷山頂の標識.JPG
 レンゲツツジのむこうに見えるのは西籠ノ登山です。
小桟敷山山頂から西籠ノ登山を望む.JPG
 レンゲツツジがたくさん咲いていて、ここが山頂であることを忘れそうになります。ここでのランチは至福のひとときでした。
小桟敷山山頂のツツジ.JPG
 下山後、新鹿沢温泉へむかいましたが、県道のいたるところに昨秋の台風18号のツメ跡が残っていました。
昨秋の台風18号被害.JPG
 山側からは土砂崩れ、道路沿いの湯尻川は氾濫。なぎ倒されたままになっている樹木を見ただけで、その恐ろしさが伝わってきます。
台風の惨禍.JPG


マーガレットではなかった

 北海道に似た気候の浅間山麓ですが、北海道とは違って梅雨は存在し、梅雨入りや梅雨明けのタイミングは関東地方とほぼ同じです。ただ、東京周辺と比べると気温が6~7度低いことと、降水量自体が7割程度と少ないので、それほど鬱陶しい感じはしません。
 この時季に散歩にでかけると、道端や空き地に白い花が無数に咲いているのを見かけます。花の形から、マーガレットが野生化し繁殖しているものとばかり思っておりました。ところが、調べてみるとマーガレットは温暖な気候を好む植物ということなので、浅間山麓のような高冷地で野生化するとは思えません。また、よくよく眺めてみると葉の形がマーガレットとは異なっています。それではあの白い花は何なのだということになるわけですが、マーガレットに似た花で、耐寒性抜群の植物があることがわかりました。その名はフランスギクです。江戸末期に観賞用として渡来したものだそうですが、寒さにめっぽう強いために野生化し、特に北海道では繁殖しすぎて、雑草扱いされることが多いとか。なるほどそれなら、浅間山麓で増え続けているのもわかります。 
 植物にとっては梅雨は恵みの季節であり、わが家の花壇でも、新たな花が咲き始めました。その代表はペンステモンです。ペンステモンは北米原産の多年草で、いろいろな種類があるようですが、わが家のものは、葉が赤紫色で、まっすぐに伸びた花茎に、凛とした感じの薄ピンク色の花を咲かせます。フランスギク同様寒さに強く、シックで山野草のような雰囲気があるので、ポン太は大変気に入っています。しかし、わが家からタネが散って、フランスギク状態にならないように、気をつけなければなりません。
 ペンステモンと同時にバラも咲きました。手入れが楽なミニバラしか植えていないのですが、真っ赤なバラが咲くと、「淋しかったボ~クの庭が明るくなった」ことは間違いありません。こんな歌詞がすぐに頭に浮かぶのはやはり古希ダヌキですね。このほか、ナデシコやフランネルソウなど、いろいろな花が咲き始め、樹木ではヤマボウシの花が目につくようになりました。以下は、わが家やその周辺で今咲いている花の様子です。


 この花を見れば、マーガレットだと勘違いするのもやむを得ないのではないでしょうか。
フランスギク.JPG
 森の中で野生化し繁殖しているフランスギクです。
野性のフランスギク.JPG
 車庫脇の空き地もフランスギクに占領されています。
ノラフランスギク.JPG
 こちらのお宅はフランスギクに包囲されてしまったようです。
マーガレット屋敷.JPG
 意図したものではなさそうですが、フランスギクとポピー(ひなげし)が繁殖して、耕作放棄地が美しい花園と化していました。
ポピー咲く庭.JPG
 さて、わが家の花壇で咲き始めたペンステモンはこれです。
ペンステモン.JPG
 近寄って見るとこんな花で、やはり外来種という感じはします。
ペンステモンの花.JPG
 バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが・・・花壇が一気に華やかになりました。
バラが咲いた.JPG
 バラとペンステモンのコラボです。
バラとペンステモン.JPG
 どこからかタネがとんできて定着したフランネルソウも咲き始めました。葉や茎がビロードのようなので、長い間、ビロードソウだと思っていたのですが、フランネルソウという呼び名が一般的なようです。ほかにもスイセンノウ(酔仙翁)やリクニス・コロナリアという洒落た名がついており、雑草扱いしては気の毒な気がします。ちなみにナデシコ科の植物だということです。
ビロード.JPG
 本家のナデシコも咲き始めました。
ナデシコ.JPG
 この時季を象徴するような樹木の花といえばこれ。ヤマボウシです。白い四枚の花びらのように見える総包片が、山法師の坊主頭と頭巾のようだというのが名の由来だということです。山の中でこの花をみると、そのような連想に納得します。
ヤマボウシ.JPG
 いつも散歩している水辺(御影用水)近くに咲いていたヤマボウシですが、こんなに花の数が多いと、別の花のように見えなくもありません。
咲きすぎのヤマボウシ.JPG
 この時季の樹木の花で華やかなのはタニウツギ(ベニウツギ)です。主に日本海側の山中に分布するということなので、東京では目にした記憶がありません。
ベニウツギ.JPG
 梅雨の晴れ間に、平尾山に登ってみましたら、頂上付近にはノアザミがたくさん咲いていました。愛しき花よ汝(な)はあざみ~♪ 連ドラ「エール」に出てくる佐藤久志のモデル伊藤久男氏の歌でしたね。倍賞千恵子版も素敵です。
アザミ咲く山頂.JPG
 花が咲けば蝶も来る。きれいなアゲハ蝶が花の蜜を吸っていました。
アザミとアゲハ.JPG

可愛いお客様 -小鳥と蝶-

 わが家の木製のポストが、シジュウカラの巣づくりに占領されました。毎年、この時季になると、ポストの中にコケや枯れ枝などが大量に入っていることが多く、最初は子供のいたずらかと思い、すぐに取り除いていたのですが、小鳥の仕業であることがわかったことと、あんなに小さな身体で、せっせと運んだ労力を無にしてしまうのは忍びないと考え、今年はそのまま放置することにしました。
 いつ卵を産んだのかはわかりませんでしたが、気がつくとポストの中からピーピーと鳴く声が聞こえてきました。ヒナが誕生していたのです。虫をくわえた親鳥がひっきりなしに行き来しています。こちらが見ていると警戒して近くの木の枝に待機し、遠ざかると、さっとポストの中へ入り、あっという間に飛び去っていきます。その早業に目を見張ると同時に、危険を回避しつつしっかり子育てをしている姿には感動を覚えました。隙間からポストの中を覗いてみると、大きな口を開けて親鳥を待つ三羽のヒナの姿がありました。
 一方、このところ毎日収獲して食べているレタスに、見慣れぬ蝶が来ていました。夏の烏帽子岳などで見かける高山蝶のミヤマシロチョウに似ています。えっ、あの貴重な蝶がわが家へ?そんなはずはあるまいと、ネットで調べてみると、ミヤマシロチョウではなく、アゲハチョウの仲間のウスバシロチョウのようです。北方系の蝶で、低山や里に棲息しているそうですから、それならポン太の菜園に現れても不思議ではありません。ただ、年に1回しか卵から成虫に育たず、成虫をみることができるのは、初夏の1ヶ月間だけということなので、目にする機会が少ない蝶ではあります。
 新型ウイルスのような「迷惑な客」は困りますが、こうした可愛いお客様は大歓迎。お次は、しばらく見ていないホタルがやって来てくれないかと、密かに期待しているポン太です。


 これが巣作りの標的にされたポストです。ポン太の手造りですが、だいぶくたびれているので、小鳥に提供しても惜しくはありません。
巣箱と化したポスト.JPG
 虫をくわえた親鳥がやってきて様子を見ています。
虫をくわえたシジュウカラ.JPG
 中を覗くと、いましたいました。この写真で確認できるのは2羽ですが、もう一羽いました。
巣箱の中のヒナたち .JPG
 菜園に飛来したウスバシロチョウです。
ウスバシロチョウ.JPG
 長い時間ポン太の育てたレタスの葉にとまっていました。味が気に入ったのかも。
レタス畑のウスバシロチョウ.JPG
 当初、もしやと疑ったミヤマシロチョウはこちらです。昨年8月に烏帽子岳で撮影したものです。マツムシソウの花に2羽とまっていました。高山蝶らしい気品を感じました。
マツムシソウとミヤマシロチョウ.JPG

初夏の高山植物めぐり-湯ノ丸山と三方ヶ峰-

 先週、水ノ塔山で「山開き」をしたポン太ですが、間もなく梅雨入りと聞き、今一度、初夏の浅間連峰を味わっておこうと、湯ノ丸山と三方ヶ峰(池ノ平湿原周辺)へ出かけてきました。
 湯ノ丸山ではイワカガミの見事な咲きっぷりに感動。頂上から稜線を10分ほどたどり、もうひとつのピーク(北峰)まで足を伸ばしてみたところ、視点が少しずれただけでこんなにも眺めが違うものかと驚きました。何度も登っている山でも、登る度に新たな発見や感動があるものです。
 三方ヶ峰では、稀少なイチヨウラン(一葉蘭)に出会うことができました。日本特産のラン科の植物ということで、小なりといえども風格があります。これまで一度も見たことがなかったので、これにも大感激。登山道の脇にはシロバナノヘビイチゴ(下界のヘビイチゴとは別物です)やミツバオウレンがこれでもかというほど咲いており、それに混じって、ツマトリソウも咲いていました。三方ヶ峰のガレ場では、咲き始めたばかりの可憐なコマクサも鑑賞することができ、この時季ならではの雰囲気を存分に味わうことができた山歩きでした。
 前回のブログで、今夏は浅間連峰の登山者が増えるのではないかと予想しましたが、平日にもかかわらず、湯ノ丸山も三方ヶ峰(池ノ平湿原)もかなりの登山者が来ており、その予兆を感じました。しかし、予期せぬことも起きていました。地蔵峠から湯ノ丸キャンプ場へ至る道路が、改修工事のため通行止め(車だけではなく登山者も)になっていたことです。当初の計画では湯ノ丸山ではなく、湯ノ丸キャンプ場を経由して烏帽子岳に登るはずでした。キャンプ場を通らない迂回ルートは、湯ノ丸山への登山路と途中まで同じです。それなら、今回は烏帽子岳ではなく、湯ノ丸山に登ろうと予定を変えたというわけです。通行止めの期間は7月31日までと実に長く、レンゲツツジが見頃となり大勢の登山者が訪れる時季と重なりますから、なぜ今なのと思わざるを得ません。それだけでなく、インターネットで検索しても、この通行止め情報は表示されず、烏帽子岳への登山者は、現地で掲示をみて皆驚いていました。
 工事期間の設定については、やむを得ない事情があるとしても、通行止めの情報だけはネットで登山者に周知すべきです。登山届けの提出を呼びかけながら、現地でルート変更を余儀なくさせるようなことは、登山の安全上も好ましいことではないと思います。


 地蔵峠から湯ノ丸キャンプ場へむかう道路の入口におかれた通行禁止の看板です。この先7月31日まで利用できないというのは、烏帽子岳へむかう登山者にとってかなりの痛手です。
登山者も通行止めの看板.JPG
 こちらは迂回路の案内です。四角形の三辺をまわるような形になります。
迂回路表示.JPG
 湯ノ丸山へむかう登山道は緑の中の一本道。快適な山歩きが約束されているような道です。
湯ノ丸山へ.JPG
 ツツジの名所として知られているツツジ平ですが、まだ開花している花は少なく、多くはこのレベルでした。
DSCF2104.JPG
 沿道ではズミが咲き始めていて、その可愛らしいこと。
ズミ.JPG
 わが家のズミはとっくに散ってしまいましたが、山でみるズミはまた格別です。
ズミ咲く山.JPG
 このレベルの山でも登山届けの提出を求められるようになりました。
DSCF2201.JPG
 早速イワカガミが出迎えてくれました。まるで門柱の飾りのようです。
出迎えイワカガミ.JPG
 葉の光沢が、岩のまわりの鏡のようだというのが、イワカガミ(岩鏡)の名の由来ということですが、この姿をみれば納得です。
これぞイワカガミ.JPG
 ここはイワカガミのお花畑ですね。
イワカガミのお花畑.JPG
 振り返ると眼下にツツジ平を望むことができます。あと10日も経てば、山腹が真っ赤に染まるはず。
ツツジ平を見下ろす (2).JPG
 樹木がなくなると、間もなく標高2101mの頂上です。
DSCF2146.JPG
 広々とした山頂は、平日にもかかわらず大勢の登山者で賑わっていました。
登山者で賑わう湯ノ丸山山頂.JPG
 晴天に恵まれ展望は良好。目の前の烏帽子岳越しに、槍ヶ岳周辺の北アルプスを望むことができました。
烏帽子と槍.JPG
 頂上の岩の間にもイワカガミが咲いていました。この時季の湯ノ丸山はイワカガミの天下です。
DSCF2165.JPG
 湯ノ丸山山頂からもうひとつのピーク(北峰)を見たところです。標高差は2mしかなく、両者を結ぶ道は展望抜群の山上遊歩道といったところ。
湯ノ丸山からみた北峰.JPG
 大きな岩が積み重なっている標高2099mの北峰の頂上です。
湯ノ丸山北峰(2099m)山頂.JPG
 北峰から見た烏帽子岳です。まさしく烏帽子の形をしています。
北峰からみた烏帽子岳.JPG
 北峰からは遮るもののない四阿山(中央)と根子岳(左)の姿を望むことができます。
DSCF2183.JPG

 地蔵峠をはさんで反対側に位置する三方ヶ峰へやってきました。まずは池ノ平湿原を囲む山々を一周です。最近、クマが出没したらしく、真新しい注意看板がでていました。
熊注意.JPG
 登山道脇にたくさん咲いていたシロバナノヘビイチゴです。名前を聞くとドキッとしますが、下界のヘビイチゴとは異なり、バラ科オランダイチゴ属の高山植物で、実は甘く美味とか。もっと良い名前で呼んであげたい花です。
シロバナノヘビイチゴ②.JPG
 水ノ塔山でも見たミツバオウレンです。その名のとおり、葉が三つ葉であることがよくわかります。
ミツバオウレン.JPG
 イワカガミとコラボしているミツバオウレンもありました。
イワカガミとミツバオウレンのコラボ②.JPG
 これが稀少といわれているイチヨウランです。
イチヨウラン.JPG
 人の顔のようにみえなくもないイチヨウランです。
顔面のようにも見えるイチヨウランの花.JPG
 三株並んだイチヨウランです。茎の下の方に出る葉が一枚しかないのがその名の由来ということです。
三株並んだイチヨウラン.jpg
 今夏はじめて見たツマトリソウです。
ツマトリソウ.JPG
 この岩の下にはヒカリゴケがあるはずと覗いて見たところ、やはりありました。
ヒカリゴケのある岩.JPG
 暗い岩の下で緑色に怪しく光るヒカリゴケです。
ヒカリゴケ.JPG
 上を見みたり下を見たりと忙しい山歩きですが、尾根から俯瞰した池ノ平湿原と黒斑山の風景はいつもながらの美しさです。
池ノ平湿原と黒斑山.JPG
 見晴岳付近から見た三方ヶ峰のガレ場です。こんなところに咲くのが、あの可憐な高山植物の女王コマクサです。
三方ヶ峰のガレ場.JPG
 ガレ場の上には柵が設置されていて、ちょっと興ざめではあるのですが、盗掘防止や登山者の安全を考えるとやむを得ないでしょう。
コマクサの柵.JPG
 はやくもかなりの数のコマクサが咲いていました。
岩陰のコマクサ.JPG
 こんな自然条件の厳しいところに咲くのですからたいしたものです。
過酷な世界に生きるコマクサ.JPG
 やはりすばらしい花です。これを見ると夏山を実感します。
可憐なコマクサ.JPG
 コマクサが独占していたガレ場にイワカガミが進出しはじめていました。ここはダメでしょう。かえれ!かえれ!イワカガミ。
イワカガミが進出.JPG
 池ノ平湿原のシンボル鏡池が、文字通りの鏡池になっていました。
鏡のごとき鏡池.JPG
 湿原から駐車場へもどる道です。30年ぐらい前でしょうか、一度舗装されたことがありました。山の湿原へ行くのに舗装道路を歩きたいというハイカーなどいるのか、誰のための舗装?と呆れたことを思い出しました。ちょうどよい具合に壊れて、いいかんじになりました。
ちょうどよく壊れた舗装路.JPG

 
 

水ノ塔山で山開き-イワカガミがお出迎え-

 いよいよ夏山シーズン到来というわけで、プライベート山開きを挙行いたしました。今年は「コロナ」の影響で、各地の山開き(開山祭)が相次いで中止となっていますが、当方の山開きは、参加者二名(ポン太とポン子)のみですから、「三密」とは無縁。中止する理由も見当たりませんので、例年同様実施に踏み切ったというわけです。
 出かけた先は、浅間連峰の水ノ塔(みずのと)山。今年初めての2000m級の山です。いつも登っている里山とは、植生も空気感も異なり、登山口から一歩足を踏み出しただけで気分は爽快です。標高1700m~2500mの山々は、本州中部では亜高山帯に分類されますが、下界とは別世界のそうした山を歩ける季節になった喜びを感ぜずにはいられません。芽吹いたばかりのカラマツの美しさは格別ですし、イワカガミやツガザクラといった可憐な高山植物が出迎えてくれる登山道は、珠玉の道といっても過言ではないでしょう。
 今年の夏山は「コロナ」の影響が深刻で、富士山では、山小屋のすべてが休業し、登山道も閉鎖ということですから、登山禁止と同じです。富士山に限らず、今シーズン休業する山小屋はかなりの数にのぼりそうで、例えば南アルプスでは長野県側の山小屋はすべて休業。八ヶ岳でも、主峰赤岳へのベースとなる赤岳鉱泉や行者小屋、赤岳頂上山荘など稜線上を含む6軒が営業しない方針だということです。一般登山者にとっては、入山困難な山域が多くなりそうですし、ルート選択を誤ると危険なことにもなりかねません。感染防止対策としては、やむを得ないことですが、寂しさと不安を禁じ得ません。
 日帰り登山が一般的でアクセスが容易な浅間連峰の場合、今夏は、登山者が増えそうな気がします。「密」になりすぎては困りますが、山歩きの好きな方には、ぜひコロナ禍で疲弊した心身をリフレッシュしてもらいたいもの。標高2202mの水ノ塔山山頂にて、この夏の登山の安全と「コロナ」退散を祈念したポン太とポン子でした。

 昨年秋の台風でアクセス道路が不通となって以来、久しぶりの高峰高原です。高峰温泉付近から見上げた水ノ塔山(右)~東籠ノ登山の稜線は登山意欲をそそります。
水ノ塔山から東籠ノ登山の稜線.JPG
 登山口には、「コロナ」を意識した「入山注意」の掲示がありました。「感染予防に配慮した救助活動は非常に困難です。ご理解ください。」と記されています。
高峰温泉からの登山口.JPG
 カラマツのまばゆいばかりの若葉の中を行く登山道は快適そのもの。
カラマツの新緑に染まる登山道.JPG
 カラマツの芽吹く姿は、美しくもあり、可愛くもありです。
カラマツの芽吹き.JPG
 振り返ってみた新緑の森と高峯山です。
新緑のカラマツと高峰山.JPG
 中腹まで登ると、可憐なイワカガミが出迎えてくれました。
イワカガミと稜線.JPG
 その名のとおり、岩を囲むように咲いていたイワカガミです。
DSCF1966.JPG
 可愛らしいツガザクラも群落をなして咲いていました。
ツガザクラの群落.JPG
 岩の間に咲いているツガザクラも可愛いですね。
花束のようなツガザクラ.JPG
 これはミツバオウレンでしょうか。
ミツバオウレン.JPG
 夏山の登山者を楽しませてくれるエーデルワイスもたくさん芽を出していました。
エーデルワイスお目覚め.JPG
 登るにつれて岩場の連続となりますが、このあたりも里山とは異なる面白さです。
岩場を登る.JPG
 岩の間から見下ろした新緑のカラマツ林の美しさ。これを見ないことには夏山は始まりません。
新緑の森のすばらしさ.JPG
 ホシガラスが木の上から新緑の森を眺めていました。君にも森の美しさがわかるのかな。
新緑の森を見下ろすホシガラス.JPG
 稜線が見えてきました。頂上まであと少しです。
DSCF2027.JPG
 頂上直下には大岩がごろごろしているところがあり、短足の我等にとっては乗り越えるのがちょっとつらい難所です。
頂上直下の岩場.JPG
 水ノ塔山の頂上からみた東籠ノ登山(右)と三方が峰(左)です。
東籠ノ登山と三方が峰.JPG
 ランチの後、夏山の安全とコロナ退散を祈念し、このポーズ。山の神様に通じたでしょうか。
山開き.JPG
 登山口にもどる途中に、こんなケルンがありましたので、同じことを祈念して石を二つ積み、「山開き」を終えました。
ケルン.JPG

初夏の薫り

 森に甘い香りが漂い始めました。アカシアの花が咲いたのです。咲く時は一気に咲き、頭上には白い房が無数に垂れ下がってきます。窓から入ってくるこの甘い薫りとカッコーの鳴き声。これぞまさしく、浅間山麓が初夏になった証のような気がします。
 菜園の野菜も生長著しく、イチゴが実り始め、レタスは食べ頃の状態が続いています。ジャガイモ(ノーザンルビー)の花も咲きました。ルバーブの茎もだいぶ太くなったので、そろそろジャムにできそうです。花壇では、ミヤコワスレが咲き始め、タネを播いておいた、マリーゴールドや百日草、コスモスが発芽しました。森の中では、黄色い妖精のようなキスゲが開花。植えたわけではないのに自然に定着したアヤメやツユクサも咲き始め、どこを見ても間違いなく初夏の風景です。
 いつもの平尾山も緑が濃くなり、新緑とコラボしていたヤマツツジの花も、頂上付近の一部を除き姿を消しました。浅間山の雪もすっかりなくなり、完全な夏姿です。佐久平一帯の水田では田植えが終わったところが多く、小さな苗が整然と並んでいる様は、以前のブログで紹介した畑アート同様、「たんぼアート」と言ってもよい美しさといえましょう。
 平尾山の森の中で嬉しい発見がありました。それはクリンソウが咲いていたことです。昨年は見た記憶がなく、絶えてしまったのかと危惧していたのですが、せせらぎの傍らに見事な花を咲かせていて安心しました。クリンソウは日本原産のサクラソウ科の植物の中で最も大型で、花の咲いている姿が仏閣の「九輪」に似ているのが名の由来とか。
 植物の世界が初夏になった以上、こちらも対応せねばと、今日は衣替えに取り組みました。といっても半袖になったわけではありません。真夏でも朝夕は肌寒さを感じる当地では、半袖で過ごせる日は少なく、紫外線も強いので、重宝するのは薄手の長袖。よって、衣替えといっても見た目はたいして変わりませんが、衣服が少し軽くなった分、気持ちも軽くなりました。「コロナ」の懸念がなければ、最も過ごしやすい季節なのですが・・・。

 これでもかというほど咲いているアカシアの花です。蜜がたっぷりあり、ハチミツといえばこれ。明治期に北米からアカシアとして輸入されたので、日本では一般的にアカシアと呼ばれていますが、本当の名はハリエンジュ(ニセアカシア)です。
DSCF1928.JPG
 咲いているのは全部アカシアという湯川のほとりです。甘い香りが漂ってきます。
DSCF1930.JPG
 アカシアと田植えが終わったばかりの田んぼがコラボしていました。これぞ「たんぼアート」なり。
DSCF1933.JPG
 さて、わが家の庭ではミヤコワスレが咲き始めました。その名にぴったりの花で、ポン太は大好きです。
DSCF1942.JPG
 植えたわけではないのに、こんなにきれいなツユクサです。
ツユクサ咲く.JPG
 アヤメも咲き始めました。この季節にはこの色が似合います。
アヤメ咲く.JPG
 森の中ではキスゲが咲き始め、暗い森が一気に明るくなりました。
DSCF1944.JPG
 菜園のジャガイモ(ノーザンルビー)も大きく育ち、こんな花が咲きました。
DSCF1947.JPG
 食べ頃になったイチゴです。粒は小さいのですが味は濃く美味。しばらく楽しめそうです。
イチゴ初収穫.JPG
 菜園外の空き地に天然ミツバが大発生。あまりにも量が多いので、おひたしにしてみましたら、しゃきしゃきして予想以上に美味でした。
ミツバ.JPG
 アカシアほどのインパクトはありませんが、ミズキも咲いています。街路樹に多いハナミズキとはまったく別物です。
ミズキの花.JPG
 道端にもいろいろな花が咲いていますが、これはムシトリナデシコ。雑草としてむしってしまうには惜しい気がします。
ムシトリスミレ.JPG
 アサマフウロに似ている花が咲いていました。名前を調べてみましたら、ヒメフウロのようです。
ヒメフウロ.JPG
 さて、平尾山も新緑から万緑へ。登山道もごらんのとおりです。ここは頂上に近いところなので、まだ少しヤマツツジの花が残っていました。
万緑の忍耐の小径.JPG
 頂上付近も、背後の佐久平も緑一色です。
DSCF1910.JPG
 登山道の傍らにギンランが咲いていました。
ギンラン.JPG
 クリンソウを見つけました。見応えのある素敵な花です。
クリンソウ.JPG
 浅間山もすっかり夏姿になりました。
natuasama .JPG 

鍛冶屋線鍛冶屋駅~忘れ難き終着駅(13)

第13回 鍛冶屋線鍛冶屋駅(兵庫県)

 鍛冶屋線と聞いて、イメージが湧く人は少ないのではないでしょうか。沿線に、全国的に有名な観光地があるわけではなく、車窓風景もとりたてて優れていたとは言い難い、有り体に言えば平凡な生活路線だったからです。
 私が鍛冶屋線に乗車したのは、今から47年前の1973(昭和48)年、学生生活最後の年でした。同じ同好会に所属していた友人がこの沿線の出身で、旧家と聞くその友人宅を尋ねたいと思っていたことと、鉄道全線乗車の布石にもなるということが訪問の動機だったと思います。
 鍛冶屋線は、現存している加古川線(JR西日本)の支線にあたる路線です。しかし、列車の運転系統からみると、鍛冶屋線の列車のほとんどが、加古川線から直通していましたので、実質的には加古川線の本線(の末端部分)といってもよい存在でした。とくに、沿線の西脇市は綿工業(播州織)で知られた北播磨北部の中心都市であり、西脇駅が市の中心部に位置していたことから、利用者も多かったと思います。西脇から先の区間は閑散線区のイメージでしたが、曽我井、中村町そして終点の鍛冶屋の三駅が属していた中町(現、多可町)は、第一回国勢調査が行われた1920(大正9)年には、西脇や三木、加古川を凌ぐ人口を有していたそうですから、鉄道敷設が企図されるだけの豊かな地域だったのでしょう。酒米の生産が盛んで、有名な山田錦発祥の地といわれています。京都へ通じる裏街道の要衝でもあったということで、終点の鍛冶屋駅は、古びてはいたものの、終着駅らしい風情があり、周辺の集落も歴史を感じさせるものでした。
 多くの支線(鍛冶屋線のほか、北条、三木、高砂の各線)を擁した加古川線は、開業時は播州鉄道(のち播丹鉄道)という私鉄でした。『日本国有鉄道100年史』には、「酒造用の米穀を主とする農産物など、地方産業および交通運輸の発展を促進すること」が敷設の目的であったと記されています。1913(大正2)年に開業した最初の路線は、加古川から西脇へ通じるもので、鍛冶屋まで延長開業したのは、1923(大正12)年5月6日です。その翌年の12月に、途中の野村(現、西脇市)から福知山線の谷川へ繋がる路線が開通したことで、そちらが「本線」となり、戦時買収による国有化を経て、野村~鍛冶屋間は国鉄(のちJR)鍛冶屋線となったわけです。
 加古川線の支線の中では、鍛冶屋線の利用者が最も多く、野村~西脇間だけをみれば、廃止基準を上回っていたとされます。かの宮脇俊三氏が「線名おそるべし」というようなことを書かれていたと思いますが、もし、鍛冶屋線を名乗らずに、加古川線という扱いであったなら、今も走っていた可能性があったのではないでしょうか。1990(平成2)年3月31日限りで廃止となり、分岐駅であった野村駅が西脇市駅と改称されました。しかし、同駅は市の中心部からはずれているため、コミュニティバスは運行されているものの、それを利用して加古川線に乗り継ぐ人はほとんどいないという話を、上述の友人から聞きました。ちなみに、現在、西脇方面へ行く際のメインルートとして利用されているのは、大阪、神戸から直通する高速、急行バスだそうです。
 線名ゆえにしっぽ切りされてしまったようで、気の毒な気がする鍛冶屋線。終点の鍛冶屋駅の駅舎自体は現存し、鉄道資料館になっているということなので、機会があれば再訪してみたいものです。


 鍛冶屋線を含む加古川線グループの路線図(『旅客事務用鉄道路線図』1964年版より)です。現在、「本線」にあたる加古川線以外で存続しているのは、第三セクター化された北条線(現、北条鉄道)のみです。なお、鍛冶屋線の曽我井駅(1961年に羽安~中村町間に開設)が、この地図には掲載されていません。

加古川線路線図(1964年).jpg
 起点の野村駅(現、西脇市駅)と終点の鍛冶屋駅の入場券です。
鍛冶屋駅入場券002.jpg
 起点の野村駅の風景です。谷川方面への乗り換え駅として賑わっていました。(1973年6月6日撮影)
730606加古川線/野村037.jpg
 終点の鍛冶屋駅です。朝夕は大勢の通学客が利用していました。(1973年6月5日撮影)
730605鍛冶屋線鍛冶屋駅042.jpg
 鍛冶屋駅の駅前通りです。まだ廃線の危機がせまっていたわけではなく、駅前の看板を見ると、当時の地域にとって、貨物の車扱い取り止めが大きな問題であったようです。(同上)
730605鍛冶屋線鍛冶屋駅前風景043.jpg
 鍛冶屋駅のホーム側です。農産物の集散地であったことから、立派な貨物ホームを有していました。(同上)
730605鍛冶屋鍛冶屋駅構内044.jpg
 こちらは、中町(当時)の中心集落であった中村町駅前の風景です。(1973年6月6日撮影)
730606鍛冶屋線中町の通り036.jpg