五島慶太と青木村

 信州にたくさんある「村」の中で、青木村ほど興味をそそられる村はありません。この村には独特の空気が流れているからです。一言でいえば「反骨精神」でしょうか。村の入口には誇らしげに「義民の村」という標柱が立っていますし、青木村歴史文化資料館の目玉は義民関係の展示室と反戦反権力の俳人栗林一石路の展示室です。人口4300人余の小さな村ですが、国が強力に押し進めた平成の大合併を拒否し、今も独立を守っています。寄らば大樹の陰といった発想とは真逆、自分たちのことは自分たちでという、独立自尊を貫いているところが、この村の魅力といえましょう。「日本一住みたい村」を標榜しているのも、自分たちの郷土を誇りに思う気持ちの現れです。
 その青木村に、今春新たな展示館がオープンしました。五島慶太未来創造館です。五島慶太といえば大手私鉄の雄、東急を率いて辣腕を振るった鉄道界の巨人です。この村の出身者であることは知られていましたが、公営の本格的な展示施設がつくられたのは初めてです。実業家として成功を収めた人物ですから、義民や一石路のように権力に抗ったわけではありません。しかし「強盗慶太」と揶揄されながらも、自身のコンセプトに基づき、電車、バス等の交通機関の統合に邁進した背景には、この村に流れる「反骨精神」があるように思えてなりません。
 好悪様々な評価はあるものの、電鉄と一体化した地域開発、都市づくりにおいて、大きな成果をあげた人物であることは間違いなく、五島慶太なくして副都心渋谷や東京西南部の発展は語れません。青木村の新名所となった同館を訪れ、どんな人物であったのか、改めてその足跡をたどってみる価値は十分あるように思います。
 生家のあった殿戸地区の入口に「五島慶太翁記念公園」があり、そこからほど近い国道143号沿いには「道の駅あおき」があります。昼食時に立ち寄り、味処「こまゆみ」でメニューのトップにあった「タチアカネそば」を食べてみました。今まで食べたことのないような個性的なそばです。パンフレットによれば、唯一青木村が産地化したものだそうで、その名の由来は、茎が丈夫で倒れにくいことと、白い花が実になると茜色になること。こうした地域独自のブランドづくりに励んでいるところにも青木村らしさを感じました。
 五島慶太が亡くなったのは1959(昭和34)年8月14日です。その前年、東横線に銀色に輝く見慣れぬ電車が登場しました。日本初のステンレス電車、5200系です。1986年に3両(デハ5201、デハ5202、デハ5211)が上田交通(現、上田電鉄)に譲渡され、部品取り用のデハ5211を除く2両が、別所線を走りました。1993年の営業運転終了後、トップナンバーのデハ5201(上田交通時代はモハ5201)は東急に返還され、その後、製造元の東急車輌(現、総合車両製作所)で記念物として保存されています。デハ5202(上田交通時代は電装を解除しクハ5251として運用)は下之郷車庫で保管後、2006年にイベント用に東急時代の姿に復原されました。デハ5211は解体されて現存しません。
 ふだんは車庫の中で眠っている元東急デハ5202ですが、現在、城下駅ホームで展示中(9月27日まで)です。五島慶太も眺めたであろう当時の東急の最新車両と、現在の上田電鉄の電車(こちらも東急由来)が並ぶ姿を眺めて見るのも一興ではないでしょうか。

 青木村に入ると、国道143号脇にこんな大きな看板が設置されていました。この道路上を、かつては上田温泉電軌青木線の電車が走っていましたが、五島慶太の少年時代にはまだ開通しておらず、自宅から長野県尋常中学校上田支校(現、上田高校)まで12キロの道程を徒歩で通ったそうです。
青木村入口の看板.JPG
 青木村歴史文化資料館と図書館の間に開設された、五島慶太未来創造館です。
五島慶太未来創造館.JPG
 エントランスに置かれているのは、東急の電車の車輪(手前は軌間1372mmの玉川線80形、奥は軌間1067mmの東急線3000系のスポーク車輪)です。
DSCF3658.JPG
 入口のドアが開くと、五島慶太が満面の笑みでむかえてくれます。
DSCF3661.JPG
 展示室内の様子です。
展示室内.JPG
 五島慶太が生まれたのは旧殿戸村(現在の青木村殿戸)です。ここが生家のあった場所ですが、2018年に落雷による火災で焼失してしまいました。奇しくも慶太の命日にあたる8月14日の出来事でした。
五島慶太生家跡.JPG
 ありし日の生家です。中学時代の慶太は英語が好きで、発音の練習をする声があたりに響き渡っていたそうです。(1983年5月撮影)
830529五島慶太生家.jpg
 功成り名遂げた慶太は故郷へ公民館を寄贈し、「五島公民館」と呼ばれていました。現在は建て直されて、往時の建物はありません。
現在の公民館.JPG 
 これが往時の五島公民館です。(1983年5月撮影)
830529五島慶太が寄贈した公民館.jpg
 現在も「五島公民館」と刻まれた石碑は残っています。
五島公民館の石碑.JPG
 国道143号に近い場所に設けられた五島慶太翁記念公園です。奥に見えるのが顕彰碑です。
五島慶太記念公園.JPG
 記念公園の近くにある「道の駅あおき」で食べた「タチアカネそば」がこれです。
DSCF3671.JPG
 上田電鉄城下駅に展示中の日本最初のステンレス電車5200系です。この車両は元東急のデハ5202ですが、上田交通時代はクハ5251として使用していましたので、東急時代の姿に復原されても、ナンバーは5251のままです。
城下駅に展示中の5200系.JPG
 上田電鉄の現役車両と並ぶとこんな感じです。
DSCF3733.JPG
 ちなみに、東急に返還されたデハ5201は、その後、東急車輌(現、総合車両製作所)の工場内に保存され、産業考古学会の推薦産業遺産、日本機械学会の機会遺産に認定されています。日本最初のステンレス電車としての歴史的価値を認められてのことですが、車体全部がステンレスというわけではなく、ステンレスは外板のみ。オールステンレス電車の嚆矢は、1962年に誕生した東急7000系です。(2010年撮影)
デハ5201.JPG
 昨秋の台風19号により千曲川橋梁の橋桁1つが落下し、不通となっている上田~城下間は代行バスが運転されています。これは代行バスから電車に乗り換える人々です。
DSCF3725.JPG
 落下した千曲川橋梁の現状です。崩壊した左岸の護岸工事が終わり橋台も完成しています。ここに新しい桁が架けられ、来春には完全復旧する見通しとのことです。
千曲川橋梁の現状.JPG

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