手強い里山 -虚空蔵山(上田)-

 今年は山歩きに出かけた回数は多いものの、そのほとんどは今まで登ったことのある近場の山ばかりです。いつもの年なら、少なくとも5~6座は過去一度も登ったことのない山に登り、未踏峰初登頂の喜びを味わっていたのですが・・・。
 今年も残り1ヶ月を切り、このままでは終われないという気になりました。ふと頭に浮かんだのが、上田の虚空蔵(こくぞう)山。何度も登っている太郎山と同じ山域にあり、一度は登ってみたいと思っていた山です。しかし、太郎山から縦走した場合、コースタイム(地元の道標)で2時間10分、ポン太の足では3時間はみておく必要があります。2時間ちかくかけて太郎山に登り、そこから更にとなると躊躇せざるを得ませんでした。
 直登ルートはないかと調べてみましたら、上田市街地の西部、塩尻小学校の裏から登るコースがあることがわかりました。ただし、地形図を見ると、大変な急登です。登山口の標高が440m、山頂は1077mですから、高度差が637mあります。それに対して、水平距離は1.4km足らずですから、100m進む間に45mも登らなければならないわけです。
 歩き出してみると、確かに急登の連続で、なだらかな区間はほとんどありません。登山道には落ち葉が積もっていて滑べりやすく、とくに帰路は制動が効かず、ひやりとする場面が何度もありました。兎峰という岩峰の下部には、ロープが設置された急峻な岩場もあるなど、全行程、気を緩めることのできない山でした。
 登山口の道標には、頂上まで125分とありましたが、ポン太の足ではとてもそんな時間では無理で、2時間45分かかりました。市街地のすぐ裏にある里山でありながら、これほど手強い山は初めてです。それだけに、登頂達成の喜びは大きく、我ながらよくやったと思います。
 驚いたのは、山頂や途中の尾根上に、山城の跡があったこと。戦国時代の人々のなんとタフなことか。ポン太なら登るだけで戦意喪失間違いなしです。

 塩尻小学校の裏、市街地に接したこの場所が登山口です。まずは座摩神社をめざします。
登山口.JPG
 座摩神社までの標高差は100mあり、最初から結構な登りです。
座摩神社へ.JPG
 座摩神社は養蚕の神様を祀っているそうですが、ここまで参詣に登ってくるのは大変です。ちなみに座摩神社は「ざますりじんじゃ」と読むのが正しいようです。ふりがなが小さかったので、間違えて「ごますりじんじゃ」と読んでしまいましたが、それでは、政権の取り巻きや高級官僚の守護神になってしまいますね。(笑)
座摩(ざますり)神社.JPG
境内から見下ろすと、これだけの高度感があります。すぐ下の線路は新幹線です。
神社からみた市街地.JPG
神社の左手から登山道に入ります。
神社左手から登る.JPG
座摩神社から30分ほど登った尾根上に、持越城という山城の跡がありました。村上義清が武田信玄の侵攻に備えて張り巡らせた山城群(村上連珠砦というそうです)の1つだということです。樹木が無ければ、千曲川の上流方向(その先は信玄の本拠地甲斐)が見渡せますから、武田軍の動きを見張っていたのでしょうね。
持越城跡.JPG
こんな説明板が立っていました。虚空蔵山へ70分と記されていますが、とんでもない話で、ポン太はここから山頂まで2時間近くかかりました。
持越城跡の説明.JPG
石積みの遺構も残っていました。
持越城の遺構.JPG
持越城跡から先は急登の連続です。落ち葉が積もっていて歩きにくく、体力を消耗します。
急登が続く.JPG
高度が上がると、眼前に天をつくような大岩峰が現れました。この岩峰の上が虚空蔵山の頂上というわけではないのですが、虚空蔵山という名にふさわしいみごとな岩峰です。
眼前の大岩.JPG
ルート上に兎峰とよばれる岩峰があり、その直下は岩場の連続です。
岩場も現れる.JPG
このようにロープがつけられた場所もあります。
岩場を登る.JPG
ここを通過する際にはちょっと緊張しました。
ロープのある岩場.JPG
岩場を乗り切ると兎峰との分岐点です。立派な案内板が設置されていました。
兎峰分岐.JPG
兎峰と上田盆地の眺めです。兎峰の上にも登ることができるようですが、今回はパスしました。
兎峰付近からの眺望.JPG
更に登ると太郎山からの縦走路に出ました。頂上まであと一息です。
太郎山からの縦走路と合流.JPG
頂上直下にもこのような岩場があり、気を緩めることはできません。
山頂直下のロープ.JPG
やっとの思いで虚空蔵山の山頂に到着しました。
虚空蔵山頂.JPG
山頂の道標によれば、太郎山まで2時間10分とありますから、縦走するのは大変です。一方、坂城町方面の和合城跡に下るにしてもかなりの道程です。
山頂の道標.JPG
太郎山方面の眺めです。後方には烏帽子岳も見えます。
太郎山、烏帽子岳を望む.JPG
山頂付近に虚空蔵山城の遺構が残っていました。こんな高いところによく城をつくったものだと感心してしまいました。
虚空蔵山城にて.JPG
城跡には、こんな立派な説明板が立っていました。城めぐりが趣味という方でも、ここまで登ってきてこれを読むには、相当な覚悟が必要です。
立派な説明板.JPG
城跡からは上田方面だけでなく、坂城町方面も見渡せます。中央に見える尾根に、村上義清の居城、葛尾城がありましたから、そこを守るためにも、ここは絶対に押さえておかなければならない場所だったのでしょう。後方には北アルプスも見え、絶景です。
葛尾城遠望.JPG
 城跡の一角に虚空蔵菩薩を祀った祠がありました。これが山名の由来です。虚空蔵菩薩は山伏が信仰の対象としたことから、虚空蔵山という名の山は全国に数多く存在しています。以前のブログで、佐久の虚空蔵山をとりあげましたが、登山の難易度は大違いです。
祠.JPG
落ち葉で足元が見にくく、下りはより一層緊張感を強いられました。
怖い下り.JPG
これは、上田城付近からみた虚空蔵山です。市街地のすぐそばにある里山でありながらこれほど手強い山はないというのが、登ってみての実感です。
DSCF6980.JPG
 

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