初詣と鉄道

 テレビで東京の正月風景を見ていて驚いたのは、結構な数の人が著名な社寺に初詣に出かけていたことです。数字の上では例年と比べてかなり少なかったということですが、あの人の群れを見てしまうと、これでは感染拡大は止まるまいと恐怖を覚えました。それにしても、どうして感染リスクを冒してまで、そうした「密」になるようなところへ出かけるのでしょうか。伝統的行事であり、初詣に出かけないと御利益がないと考えてのことであれば、それはとんでもない勘違いです。
 「初詣」は、日本古来の伝統行事でも何でもなく、鉄道の発達と鉄道会社の経営戦略によって定着したものなのです。「初詣」が始まったのは明治時代になってからで、川崎大師が最初とされます。すぐ近くを日本で最初の鉄道(新橋~横浜間の官設鉄道)が通り、東京から行楽気分で気軽に出かけられるようになったからです。鉄道の側からみれば、正月休みに家でじっとされるよりも、列車に乗って出歩いてくれる方が有り難いわけで、経営戦略として積極的に取り組むところが増えていったのは当然です。成田山などは、国鉄と京成電気軌道(現、京成電鉄)の熾烈なサービス競争により、初詣客が激増しました。「二年参り」というスタイルが広まったのも、鉄道が終夜運転を実施したことがきっかけだそうです。
 元々、社寺毎に特別な参拝日(縁日等)が決まっていて、正月三が日に一斉に参拝するような習慣はなかったのです。そう考えると、初詣は必ず行かなければならないものではなく、別の日に参拝しても、それぞれの社寺の御利益に変わりはないわけです。初詣と鉄道の深い関わりについては、『初詣の社会史』(平山昇著、東京大学出版会)といった研究書も出ていますので、興味のある方は調べてみてはいかがでしょうか。
 初詣に限らず、社寺への参詣客は、鉄道にとって有り難いお客さんです。そのため、神社仏閣を観光の目玉とし、その印象を強めるために、所在地の駅舎自体を、社寺風の凝った意匠にして雰囲気を盛り上げるといった工夫もなされました。とくに、大正後期から昭和初期にかけて、その傾向が顕著でした。どんな駅舎があるのか(あったのか)、過去に撮影した写真の中から、いくつかご紹介することにしましょう。

 仏閣型駅舎の代表的存在であった長野駅(三代目)駅舎です。善光寺の玄関にふさわしい社寺様式にするようにという、鉄道省本省からの指示により、1936(昭和11年)に建てられました。その年は7年に一度の善光寺御開帳が行われた年でもありました。(1970年11月30日撮影)
701130雪の長野駅前(仏閣形駅舎).jpg
 駅舎の正面はこのようなスタイルで、実に風格のある建物でしたが、残念ながら北陸新幹線の開業にあわせて改築されてしまい、現存していません。因みに今年(2021年)はご開帳の年にあたっていますが、コロナ禍のため来年に延期されました。(1976年8月24日撮影)
760824仏閣型長野駅.jpg
 仏閣型駅舎の西の代表格といえるのが国鉄奈良駅(二代目)駅舎です。長野駅の2年先輩にあたる建物で、1934(昭和9)年に竣工しています。2003年に駅舎としての役割を終えた後も建物は保存されて、奈良市総合観光案内所として再利用されています。(2014年4月10日撮影)
奈良駅旧駅舎.JPG
 東京の社寺風駅舎といえば、その代表格は高尾駅(旧、浅川駅)でしょう。大正天皇大喪の際に、出棺用に設けられた新宿御苑仮停車場の部材を利用し、1972(昭和2)年に建築されたものです。(2009年11月13日撮影)
高尾駅舎.JPG
 青梅線にも社寺風駅舎があります。御嶽山(御嶽神社)の玄関口となる御嶽駅です。御嶽駅は、1929(昭和4)年に青梅電気鉄道が二俣尾から御嶽まで路線を延ばした際に開業した駅です。行楽客誘致の意気込みが感じられます。(2009年10月16日撮影)
神社スタイルの御嶽駅駅舎.JPG
 エントランスはまるで神社のようです。奥の方に掲げられている、右書きの「御嶽駅」は、戦前の右翼の巨頭で中国革命の支援者でもあった頭山満が揮毫したものだそうです。(同上)
神社の入り口のような御嶽駅正面.JPG
 社寺の多い京都で、印象に残る社寺風駅舎の1つが、この叡山電鉄(←京福電鉄←鞍馬電気鉄道)鞍馬駅です。1929(昭和4)年に鞍馬電気鉄道の終点として開業した駅で、今も開業時の姿を留めています。この写真は京福電鉄当時のものですが、現在でも車両を除けば大きな変化はなさそうです。(1977年8月29日撮影)
770829京福電鉄鞍馬線/鞍馬.jpg
 鞍馬駅の正面です。鞍馬山(鞍馬寺)へ行くための駅ですから、お寺をイメージさせる意匠にしたのは当然かもしれません。
鞍馬駅と桜.JPG
 こちらは京福電鉄北野線の御室仁和寺(おむろにんなじ)駅(2007年まで御室駅)。桜の名所として知られる仁和寺の山門前に位置する駅です。路面電車の駅なので小ぶりではありますが、なかなかの風格です。嵐山電鉄の駅として1925(大正14)年に開業しています。(2006年3月26日撮影)
京福電鉄御室駅.JPG
駅名改称後も、この右書きの渋い駅名板はそのままだそうです。 (同上)
京福電鉄御室駅3.JPG
 こちらは伏見稲荷の玄関口、JR奈良線の稲荷駅です。伏見稲荷は外国人観光客に大人気で、コロナの問題が起きる前は、このように活況を呈していました。有名観光地の割には小さな駅舎ですが、屋根を反らせるなど、社殿風の意匠でつくられた、1935(昭和10)年の建造物です。(2019年4月23日撮影)
外国人観光客ばかりの稲荷駅.JPG
 この稲荷駅の歴史は古く、開業はなんと1879(明治12)年。1921年にルート変更されるまで、東海道本線の駅でした。開業の翌年に建設された煉瓦造の危険品庫(ランプ小屋)が残っており、現存する国鉄最古の建造物であることから、準鉄道記念物に指定されています。「鉄道教徒」のポン太としては、ここは伏見稲荷以上に巡礼する価値のある場所です。(同上)
稲荷駅の煉瓦造危険品庫.JPG
 私鉄の社寺風駅舎としては大きな部類にはいるのが、近鉄(建設当時は大阪電気軌道)の橿原神宮前駅。「橿原神宮」の紀元2600年(1940年=昭和15年)式典に合わせてつくられた駅舎です。国策に沿ったというだけでなく、戦時体制下で観光旅行の自粛が呼びかけられる中、皇室関連の神社であれば、大手を振って出かけられることから、大勢の利用者があると見込んだのかもしれません。(1979年3月30日撮影)
790330近鉄橿原神宮駅.jpg
 縁結びの神として知られる出雲大社。その玄関口であったのが国鉄大社線大社駅です。参拝者が全国からやってくることから、1924(大正13)年に、木造神社様式のみごとな駅舎(二代目)が建設されたのです。残念ながら、大社線は1990(平成2)年に全線廃止となり、大社駅も廃止となったのですが、駅舎は保存され、2004年に国の重要文化財に指定されました。(1974年2月21 日撮影)
740221大社線大社駅舎.jpg
 まだ現役として使用中であった時代の写真ですが、この出札窓口があまりに立派で感激してしまいました。(同上)
740221大社線大社駅出札口.jpg
 寺社風駅舎というよりも、神社そのものと言ってもよいのが、JR弥彦線弥彦駅。越後の国の一の宮である弥彦神社への入口となる駅です。1916(大正5)年に、越後鉄道の駅として開業して以来の駅舎で、弥彦神社の本殿を模したものだそうです。ここでもう参拝した気分になってしまいそうですね。
大正6年竣工の弥彦駅舎.JPG

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この記事へのコメント

ギャラリー静河
2021年01月09日 18:55
流石に鉄道研究家、膨大なライブラリーをお持ちですね!!
ブログに掲載されている仏閣型駅舎はなじみ深いもので、
どれも一度は訪ねたところですが、駅舎に興味がなく
仏閣型の視点で見ていませんでした。
これからは気を引き締めて見ていきたいと思いますよ!!
ポン太
2021年01月10日 17:38
コロナ禍になって以来、写真の整理(ネガフィルムのデジタル化)に力をいれていますので、その成果を少し活かすことができて良かったです。