2つの「千曲川旅情」

 藤村の千曲川旅情の詩と聞けば、「小諸なる古城のほとり雲白く遊子かなしむ」で始まる、あの有名な詩を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。ポン太もその一人です。小諸城址(懐古園)にはその詩碑があり、訪れた誰もがそれを見て、藤村ゆかりの地、小諸にやって来たことを実感していると思います。
 ところが先日、ポン子のお供で、佐久市臼田にある佐久総合病院を訪れた際に、その近くの稲荷山公園を散策したところ、なんとそこにも「千曲川旅情のうた」の詩碑があることに気づきました。小諸の詩碑をコピーしたものなのかと思い、その碑の文言を読んでみると、良く知られている「小諸なる・・・」とは別の詩が刻まれていました。
  きのふまたかくてありけり 今日もまたかくてありなむ
  (中略)
  千曲川やなぎかすみて春浅く水流れたり
  ただ独り岩をめぐりてこの岸にうれひをつなぐ
 不思議に思って調べてみると、実は藤村は、「旅情(小諸なる古城のほとり)」「一小吟(千曲川旅情のうた)」という独立した2つの詩を、それぞれ別の雑誌に発表していたのです。後に姉妹詩のような扱いになったということですが、そうであれば、小諸碑の詩は本来「小諸なる古城のほとり」であり、稲荷山公園の詩碑こそが「千曲川旅情のうた」というわけです。知らなかったとはいえ、一瞬、小諸の詩碑のぱくりと思ってしまったのは、申し訳ない話です。
 藤村はこの稲荷山公園の下を流れる千曲川の景観をとても気に入っていたということですが、今もなかなかの美景です。上記の詩を読んだ後で、改めて眺めてみると、この詩の情感がひしひしと伝わってきます。何だかすばらしい発見をしたような気になりました。

 藤村の詩碑は、赤い鳥居が印象的な稲荷神社の階段を登った先にあります。
稲荷神社.JPG
 これが、「千曲川旅情のうた」の詩碑です。
千曲川旅情のうた碑.JPG
 詩碑付近からの千曲川下流域の眺めです。少し霞んでいますが、浅間山もよく見えます。
稲荷山公園からみた千曲川下流.JPG
 臼田橋から見た千曲川と稲荷山公園です。JAXAの観測施設(大パラボラアンテナ)があることから、「星の町臼田」を標榜しており、稲荷山公園にはロケット型の展望台(コスモタワー)が設置されています。
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 千曲川の上流を眺めたところですが、「千曲川旅情のうた」の情感が伝わってくる風景です。
千曲川旅情/佐久市臼田.JPG
 河原にはこの地域に多い溶結凝灰岩の石畳があります。
河岸に露出した溶結凝灰岩.JPG
 臼田橋から下流域を見たところですが、一昨年の台風19号の爪痕が随所に残っており、いまも護岸や河川敷の復旧工事が行われています。左手の建物が佐久総合病院(本院)です。
臼田橋より.JPG
 臼田橋の親柱は佐久石と呼ばれる溶結凝灰岩でつくられています。この橋を渡った先に、小海線の臼田駅があります。
佐久石(溶結凝灰岩)を用いた臼田橋の親柱.JPG
 稲荷山公園に設置されている、ロケット型展望台、コスモタワーです。
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 ロケットの脇に怪しげな彫刻が4つ設置してありました。四季の星座に因んだものだそうで、これは夏の星座ヘルクレス座です。
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 他の遊具も宇宙に因んだものでした。
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 公園内には藤村の詩碑以外にも様々な碑があります。これは、臼田出身で女性解放運動の先駆者の一人とされる丸岡秀子さんの碑です。「読むこと 書くこと 行うこと」と記されていました。ちなみに、昨年亡くなられた作家の井出孫六さんは丸岡さんの異母弟です。
丸岡秀子の碑.JPG
 稲荷山公園は桜の名所としても有名で、間もなくこんな風景が見られるはずです。
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