幌内線幌内駅~忘れ難き終着駅(16)

第16回 幌内線幌内駅(北海道)

 何であれ、「○○で最初」というものには価値があり、興味をそそられます。周知のとおり、日本で最初の鉄道は、1872年に開業した新橋~横浜間の鉄道ですが、本州以外で最初に鉄道が開業したのはどこかといえば、九州でも四国でもなく、実は北海道なのです。
 新橋~横浜間に遅れること僅か8年後の1880(明治13)年11月28日、手宮~札幌間に官営幌内鉄道が開業しています。開拓地ということもあり、本州とは異なる、アメリカンスタイルの鉄道でした。したがって、昨年(2020年)は、北海道に鉄道が誕生して120周年という節目の年だったわけですが、コロナ禍の最中ということもあり、さしたる話題にならなかったのは残念です。
 その幌内鉄道が、目的地としていた石炭産地の幌内まで全通したのは、2年後の1882(明治15)年11月13日でした。さらに、1888年には、幌内の手前の幌内太(1944年に三笠と改称)から郁春別(翌年から幾春別と表記を変更)へ至る支線も開業しました。その後、幌内鉄道は北海道炭礦鉄道に譲渡され、1906年の国有化を経て、岩見沢~幾春別間(18.1km)および幌内太(三笠)~幌内間(2.7km)は、国鉄幌内線となりました。
 北海道最初の鉄道という輝かしい歴史を有する幌内線でしたが、石炭産業の衰退という時代の流れの中で、廃止対象の第2次特定地方交通線に認定され、1987年に全線が廃止となりました。
 三笠~幌内間は、全線廃止時には貨物線という扱いでしたが、1972年10月31日まで旅客営業が行われており、実はその時代に乗車したことがあるのです。日付を確かめると1972年3月14日でしたので、なんと、旅客営業廃止の僅か7ヶ月余り前のことです。ぎりぎりのところで、この歴史的路線に乗ることができたのですから、なんという幸運でしょうか。そういう意味で間違いなく忘れ難い終着駅ということができるでしょう。
 当時の幌内線の旅客列車は、三笠発の下りが2本、幌内発の上りが3本と少なく、午前中は幌内発7時2分の724列車のみでした。そこで、列車での往復をあきらめ、早朝のバスで幌内まで行き、724列車で三笠にもどることにしました。
 旅客列車とはいっても、たくさんの貨車に1両だけ客車(荷物合造のスハ二62)を繋いだ混合列車でした。主役は石炭で、旅客はおまけのようなものだったわけです。私以外に乗客はいませんでした。三笠駅の構造はちょっと変わっていて、幌内方面への分岐が岩見沢寄りの地点にあったため、幌内からの列車は三笠駅のホームに直接入ることができず、スイッチバックを余儀なくされたことも、今となっては古き良き思い出です。

 昭和30年代中期の鉄道路線図に描かれた幌内線です。この周辺は石炭産地でしたので、その輸送を担う鉄道がたくさんありました。
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 バスで幌内に着いた時には、ホームに列車は入っておらず、このようなレトロな駅舎が目に飛び込んできました。
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 幌内は無人駅ではなく、入場券を買うことができました。
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 幌内駅のホームと駅舎です。
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 入換作業が始まりました。まだ客車は連結されていません。
720314幌内線幌内駅で入換中の59609.jpg
 上り724列車となる編成ができあがり、ホームに入ってきました。機関車(59609)のすぐ後ろに連結されたスハニ621が、これから乗る車両です。
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 発車をまつ724列車です。
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 こちらは三笠駅のホームです。右端が幌内へとむかう線路で、幌内側から直接ホームに入ることはできません。ホームに停車しているディーゼルカーは、幾春別から来た列車です。
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 幌内線のもう一方の終点、幾春別です。停車しているのは、乗ってきた623D列車(キハ56118)で、626Dとなって折り返します。
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 幾春別駅でも入場券を買うことができました。
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