高峯山の花便り その3

 季節は盛夏から初秋へ。高峯山の花にもかなりの変化がみられます。盛夏を象徴するような花であるヤナギランが咲き、晩夏から初秋の山を飾るタカネマツムシソウも咲き始めました。ひときわ目立つピンク色はシモツケソウ(樹木であるシモツケとは異なり、こちらは多年草)です。前回は咲き始めたばかりだったマルバダケブキは随所に咲いており、可愛らしいツリガネニンジンも今が盛りのように登山道の脇を飾っています。イブキジャコウソウも今が花盛りで、まさに見てよし香りよしです。
 初秋の花であるキク科のキオンまでもが咲き始め、同じ黄色のハクサンオミナエシと妍(けん)を競っています。高山の岩場や砂礫地を好むイワインチンの花も咲き始めたところです。ヤマハハコは大きく育ち、茎の上部につく白い房状の花が目立つようになりました。ハクサンフウロもまだたくさん咲いていますが、ニッコウキスゲは盛りを過ぎ、だいぶその数が減ってきました。クルマユリも同様ですが、場所によってはまだ見ることができます。
 一度に見ることができる花の種類の多さという点では、立秋をむかえた今が一番ではないでしょうか。下界ではまだ残暑が厳しいところが多いと思いますが、標高2000mは別世界。涼風を浴びながらの花めぐりは、身体も心も癒されること間違いありません。 

 ヤナギランが咲くと、いかにも夏の高原といった雰囲気になります。
ヤナギラン咲く風景.JPG
 ヤナギランは背が高く、形もよいので、見栄えがします。浅間連峰では、一時その数が減って心配しましたが、なんとか回復したようです。
ヤナギラン (2).JPG
 ニッコウキスゲは残り少なくなりました。そのまわりにたくさん咲いているのはハクサンフウロです。
キスゲとハクサンフウロ.JPG
 いま一番見頃なのは、このツリガネニンジンです。登山道沿いにもたくさん咲いています。
たくさんのツリガネニンジン.JPG
 ディズニーアニメなら、カランカランと鐘の音が聞こえてきそうです。
横になったツリガネニンジン.JPG
 こんなシロバナのツリガネニンジンもあります。
シロバナのツリガネニンジン.JPG
 こちらではクルマユリとシモツケソウ(左)、ツリガネニンジン(右)がコラボしていました。
シモツケソウ、クルマユリ、ツリガネニンジン.JPG
 大きく育って花が目立つようになったヤマハハコです。その名はハハコグサに由来するそうですが、こちらは高山種です。
ホソバノヤマハハコ.JPG
 実は花は真ん中の黄色い部分だけで、そのまわりの白い部分は葉だそうです。
ヤマハハコの花.JPG
 日本のエーデルワイス、ウスユキソウも見頃です。
エーデルワイス.JPG
 こちらは道端に咲くハクサンオミナエシです。
ハクサンオミナエシ咲く道.JPG
 背の高いキオンも咲き始めていました。
キオン.JPG
 きれいなピンク色のシモツケソウです。
シモツケソウ.JPG
 花はよく似ていますが、こちらは樹木のシモツケ。葉の形も違います。
シモツケ (2).JPG
 マルバブキダケもいたるところに咲いています。
マルバダケブキ.JPG
 シャジクソウは花期が長く、まだたくさん咲いていました。
シャジクソウも満開.JPG
 花盛りといってもよいイブキジャコウソウです。近寄るとお香のかおりがします。
花盛りのイブキジャコウソウ.JPG
 まだ咲き始めたばかりのイワインチンです。
咲き始めのイワインチン.JPG
 目の前の岩にアキアカネがとまっていました。山でこうしたトンボを見ると秋の気配を感じます。
アキアカネ.JPG
 ノアザミの蜜を吸うセセリチョウです。これはチャバネセセリでしょうか。
セセリチョウ.JPG

狂瀾怒濤の夏休み

 狂瀾怒濤の夏休みがやってきました。狂瀾怒濤とは、「激しい勢いで押し寄せる様子」の意ですが、押し寄せてきたのは6歳になった孫。益々活動的になっており、体力も飛躍的に向上していますから、対応を間違うとその激しい波に飲み込まれて、こちらがダウンしかねません。どこで、どうやって遊ばせるか、周到な準備が必要です。
 最近は昆虫に興味をもっているということなので、それをメインにしたプログラムを考えました。まずは平尾山の昆虫の森とカブトムシドームおよび昆虫館へ。天気が安定している日には、池ノ平湿原を巡る山歩きに連れだす。開催中のPHOTO MIYOTAも見せる。家ではバーベキューと花火を用意。3年ぶりに開催が決まった御代田町の「龍神祭り」も見学する、といったプランを整え、待ち受けました。
 残念ながら、「龍神祭り」はコロナの感染拡大により、一般公開が急遽中止となってしまいましたが、それ以外のメニューは計画どおりこなすことができました。それにしても、体力が有り余っている孫は、動くこと動くこと。「休息」の二文字は存在せず、ジイバアはもうへとへと。
 孫は、図鑑に載っている昆虫を実際に見たり、美しい高山植物に接したり、山頂では大展望を楽しみながらランチを食べたりと、夏休みらしい体験をすることができて、大喜びでした。その姿を見れば、疲労感も癒されます。同じような夏を過ごされているジイバアも多いと思いますが、くれぐれも無理はなさらぬよう。時にはタヌキ寝入りも必要です。

 まずは歓迎の意を示そうと、話題のケーキを買いにでかけました。佐久でブランド玉子といえば、ここ「ちゃたまや」。
田圃の中のちゃたまや.JPG 
 入口は地味ですが、いつも買い物客で賑わっています。自家製の玉子をつかった、ジェラート、シュークリーム、プリン、どれも美味です。
ちゃたまや.JPG
 今回目をつけたのは、この「ひよこ」というケーキ。可愛すぎて食べられないと、孫は後ろから手をつけていました。
ひよこを食す.JPG
 さて、まずは平尾山の山麓へ。ここは、森の中に設置されているカブトムシドーム(入場無料)の中です。
ドーム内.JPG
 おっ、いましたカブトムシ。
カブトムシ.JPG
 さっそく掴んで大喜び。
カブトムシget.JPG
 樹液の出ているところには、カブトムシやクワガタだけでなく蝶もやってきます。
オオムラサキVSカブトムシ.JPG
 この蝶は?と聞くと、即座に「オオムラサキ」。まいにち昆虫図鑑を眺めているだけのことはあるようです。
オオムラサキは国蝶とされていますが、ポン太も本物を見たのは初めてです。
オオムラサキ.JPG
 カブトムシドームの近くにある昆虫体験学習館へ。こちらは有料(大人200円。小人100円)ですが、入ってみる価値は十分ありました。平尾山にはしょっちゅう登っているポン太ですが、ここには初めて入館しました。
昆虫体験学習館.JPG
 動く標本がいっぱいで、孫は大喜び。
動く標本.JPG
 あこがれのヘラクレスオオカブトにも、触ることができました。
ヘラレスオオカブト.JPG
 蝶の標本もたくさんありました。その翌日、池ノ平湿原周辺で実際にみることができたものもあり、役に立ちます。
チョウのコーナー.JPG
 外に出ると、早速捕虫網をもって、虫探し。
ムシトリ.JPG

 天気がよさそうなので、池ノ平湿原をとりまく山歩きへ出かけました。ここでもお目あては昆虫。
見晴岳へ.JPG
 早速トンボがやってきました。
トンボをとまらせて.JPG
 ちょうど見頃になっていたマルバダケブキとヒョウモンチョウです。
マルバダケブキとヒョウモン.JPG
 池ノ平湿原を見下ろせる場所では、大展望にびっくり。
池の平を見下ろす.JPG
 ランチを食べた見晴岳(2099m)山頂です。
見晴岳山頂にて.JPG
 危ないところもあるので、走り出すとヒヤヒヤします。
烏帽子を前に.JPG
 湿原の木道も走る走る。
湿原を走る.JPG
 湿原の周辺には蝶が多く、バアバの背中にも蝶が。これはヒカゲチョウの一種でしょうか。
背中の蝶ヒメキマダラヒカゲ?.JPG
 おっと目の前にアサギマダラがあらわれました。
おおアサギマダラだ.JPG
 マルバダケブキの蜜を吸うアサギマダラです。その美しさにびっくり。「これは旅する蝶だね」という言葉が出たので驚きましたが、図鑑にそのような説明が載っているようです。
アサギマダラ.JPG
 美しいといえば、このクジャクチョウも負けていません。これも初めてみて大喜びでした。
クジャクチョウ.JPG
 さてお次はPHOTO MIYOTAです。う~ん、ここでも関心は昆虫。アート作品には見向きもしません。
アートより虫.JPG
 ウクライナの写真の裏で昆虫さがし。やっぱりまだアートは無理かな。
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 バスの中を展示会場とした作品もありましたが、作品よりレトロなバスに興味を示していました。
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 こんなよい作品が並んでいるのですが・・・。
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 フェスに合わせてオープンした写真美術館です。孫と一緒の鑑賞は無理なので、また改めてということにしました。
写真美術館.JPG

高峯山の花便り その2

 植物の成長ははやく、同じ山でも、少し時間を置いて訪れると、咲いている花の状況は一変します。以前のブログで、梅雨明け間もない時期の高峯山の植物の様子をお伝えしましたが、それから3週間余り経って出かけてみると、やはり咲いている花の種類は相当違っていました。
 夏の高峰高原を彩る、ニッコウキスゲが見頃になったのが一番大きな変化でしょうか。また、ポピュラーでありながら、これを見ないと夏山気分になれない高山植物といってもよい、ハクサンフウロがたくさん咲いていました。ツリガネ状の花が可愛いツリガネニンジンやヒメシャジンも随所でみることができましたし、夏山の高山植物の中で、ひときわその色が目立つクルマユリもすでに咲いていました。お香のような芳ばしい匂いを感じて、岩陰をのぞくと、そこにはイブキジャコウソウの花が。
 「花の百名山」にランクインしている高峯山ですが、一度にすべての花を見ることができるわけではありません。少しずつ時期をずらして何度か訪れることで、この山の真の素晴らしさを味わうことができるのです。今回の花便りでは、7月下旬に訪れれば、間違いなく見ることのできる花をご紹介することにします。

 一面に咲くニッコウキスゲです。今年は例年より花の数が多いように感じます。
高峰高原のニッコウキスゲ.JPG
 夏の高山植物の定番といえばこのハクサンフウロです。
ハクサンフウロ.JPG
 こちらはハクサンフウロのお花畑。
ハクサンフウロのお花畑.JPG
 傍らにはワレモコウの姿も。はやくも秋が忍び寄っているのです。
ワレモコウ.JPG
 山中に入り、まず迎えてくれたのはヤマブキショウマの白い花。葉がヤマブキに似ているところから、その名がついたとか。
森の中のヤマブキショウマ.JPG
 可愛いらしいツリガネニンジンも咲いています。
ツリガネニンジン (2).JPG
 咲き始めたばかりのようなハクサンオミナエシ(コキンレイカ)です。
ハクサンオミナエシ.JPG
 雄しべが象の鼻のように突きだしているのは、ミヤマホツツジです。
ミヤマホツツジ(雄しべが湾曲).JPG
 尾根に出ると、ニッコウキスゲとシモツケがコラボしていました。
ニッコウキスゲとシモツケ.JPG
 アゲハチョウまでコラボです。
アゲハチョウとニッコウキスゲ.JPG
 山で見るシモツケはこんなに綺麗です。
きれいなシモツケ.JPG
 青い空と白い雲を背に咲くニッコウキスゲ。夏山らしい風景です。
夏雲とニッコウキスゲ.JPG
 オレンジ色が印象的なマルバダケブキの花も咲き始めていました。
ダケブキ一輪.JPG
 稜線に夏雲が湧き、盛夏の雰囲気です。
雲湧く稜線.JPG
 日本のエーデルワイス、ウスユキソウです。
ウスユキソウ群落.JPG
 ヤマハハコも大きくなっていました。
ヤマハハコ2.JPG
 待ってましたと声をかけたいようなクルマユリです。
クルマユリ二輪.JPG
 こちらはたくさんの花をつけたクルマユリ。夏の高山植物の中でも、見栄えのよさではトップレベルです。
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 樹木の下に楚々と咲いていたのは、シロバナヤマオダマキ。
シロバナヤマオダマキ.JPG
 黒斑山を背景に、稜線に咲くマルバダケブキです。
ダケブキと黒斑.JPG
 頂上付近にもいろいろな花が咲いています。これはヒメシャジン。ツリガネ状の可愛らしい花です。
高峰山頂のヒメシャジン.JPG
ヒメシャジン.JPG
 これも高山植物のオンタデ。その下一面に広がっているのはイブキジャコウソウです。ここはまだ花が咲いていません。
オンタデとイブキジャコウソウ.JPG
 こちらの岩陰では、イブキジャコウソウの花が開いていました。近寄るとよい香りがします。
高峰山頂のイブキジャコウソウ.JPG
 下界では花期が終わってしまったノアザミですが、ここではまだ蕾。前回には姿を見ることがなかったトンボがとまっていました。
アザミとトンボ.JPG

開幕したPHOTO MIYOTA

 前々回のブログでお伝えしたとおり、PHOTO MIYOTA(浅間国際フォトフェスティバル)が3年ぶりに開催されることになり、7月16日、予定通り開幕しました。
 早速、会場のMMoP(モップ)に出かけてみましたが、こうしたアートイベントがある夏とない夏とでは、やはり気分がちがいます。自分の好みのジャンルであるかどうかは問題ではありません。身近なところに文化芸術の香りが漂っていると、地域にゆとりと潤いが感じられ、ポン太のみならず、地域住民の誰にとっても心地よいものではないでしょうか。
 さて、今回のテーマは、「Mirrors&Windows(鏡と窓)」。それだけ聞いても何のことやら意味がわかりませんが、解説文によると、写真は自己を写す「鏡」であり、社会をみるための「窓」であるといわれているそうです。このテーマには、自身を見つめる方法としての、社会をのぞく手段としての、写真の意味と役割を感じてもらいたい、という思いが込められているとのこと。なるほど、なんとすばらしいテーマなのかと納得すると同時に、「自分をみつめる」ことを求められるとなると、鑑賞する側にもそれなりの覚悟が必要であるように思います。「ああ、きれいね」で終われないのが現代アート。作品と向き合い、これは何を意味し、何を問いかけているのかと、いろいろ考えると疲れてしまいますが、それをカバーしてくれるのが、緑溢れる自然と爽やかな風です。それが屋外展示の魅力でもあり、見終わった後には、充実した時間を過ごせたという満足感が残ります。
 屋内展示の一部を除き、無料で鑑賞することができますので、散歩のついでに、気になる作品を何度でも眺めて「考える」ことも可能です。会期は9月4日まで(水曜は定休、ただし屋外展示は見学OK)と長いので、浅間山麓の夏の風物詩となりつつあるこのフェスに、足を運ばれてはいかがでしょうか。

 PHOTO MIYOTA入口の掲示です。
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 会場案内図です。
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 準備中は白いテントのようにみえたのですが、これは、シンガポールを拠点とするロバート・ザオ・レンフイの作品を掲示するためのオブジェでした。
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 こちらはアメリカ人アーティストのグレゴリー・エディ・ジョーンズの作品。タイトルは「Promise Land」で、デジタルまたは物理的な加工を施すことで、ありふれたイメージに潜む共通の概念を問うものだそうです。
そういわれても??という感じですが、それがまさに現代アートなのでしょう。
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 インフォメイションを兼ねた建物の前です。こちらはかなりインパクトがあります。壁面に並ぶのは、ヴェネチアとロンドンで活動するロレンツォ・ヴィットゥーリの作品「Dalston Anatomy」。ロンドン郊外にあるその地区の住民たちを写したものだそうです。手前の足元には無数の「足」が・・・。
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 このおびただしい足の写真は、エリック・ケッセルスの「My feet」という作品。来場者がその上を歩き、自分の足を撮影するというインタラクション(相互作用、交流)も促すということです。
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 館内に入ると、こんな展示が目に飛び込んできました。最初は祭壇かと思ったのですが、よく見るとグッチの文字が。今回のフェスの特別協賛企業はグッチだそうです。
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 こちらは日本人の写真家、吉田志穂の「測量|山」という作品。半透明のビニールのような幕に印刷されていて、周囲の風景とコラボしています。浅間山をモチーフに、このPHOTO MIYOTAのために新たに撮り下ろして制作したものだということです。左手に本物の浅間山がのぞいています。これも屋外展示ならではでしょう。
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 準備中はどんな展示になるのかわからなかったものですが、小屋のようなオブジェの中に掲示されていたのは、ウクライナ出身でアメリカ在住のイェレナ・ヤムチェックの作品「Odesa」。タイトルどおり2014~2019年にかけて、オデッサの街を撮影したものです。ロシアの侵攻前の作品ですが、予期せず新たな意味が付与された由。あえて小さな小屋の中に掲示したのにも、ウクライナの現状への思いがありそうで、胸が痛みます。
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 「小屋」の後ろからみた浅間山です。借景というにはあまりにも存在感が大きいのですが、この会場ならではの景観です。
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 「小屋」の背面にも作品がありました。フランス生まれのトーマス・マイランダーの作品「サイアノタイプ」(日光写真・青写真の意)です。真ん中の人物はプーチン氏のように見えなくもないのですが、そうだとすれば相当な皮肉ですね。
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 こちらは韓国出身のキム・ジンヒの作品「Finger Play」。女性の手に関係するイメージを引用し、赤い糸で刺繍を施したもの。どんなメッセージがこめられているのか・・・。
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 あまりたくさんの作品を紹介してしまうと、実際に見に行く楽しみがなくなってしまいますので、このぐらいにしておくことにします。自然の中で楽しむ現代アート。よくわからないところもありますが、気分は爽快です。
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尾小屋鉄道尾小屋駅~忘れ難き終着駅(19)

第19回 尾小屋鉄道尾小屋駅(石川県)
 メルヘンの世界に足を踏み入れたような終着駅、それが尾小屋でした。石川県にあった尾小屋鉄道(新小松~尾小屋間16.8km)は、762mmという狭いゲージの鉄道で、単線非電化。かつては日本中に存在した軽便鉄道の雰囲気をそのまま残していた鉄道です。敷設の目的は鉱山の鉱石輸送で、1919(大正8)年11月26日に開業しました。鉱山関係者のほか沿線住民の輸送も担い、1937(昭和12)年には内燃動車(ガソリンカー)を導入。その最初の車両である日本車輌製キハ1は、後にエンジンがディーゼル機関に換装されたものの、同鉄道が1977(昭和52)年3月19日限りで廃止されるまで使用されていました。キハ1導入の翌年には日立製のキハ2が加わり、1964年には、廃止された遠州鉄道奥山線から、キハ3(1954年汽車会社製、奥山線時代はキハ1803)がやって来て、この3両の内燃動車が、尾小屋鉄道の旅客輸送の主役を務めていたのです。
 この種の鉄道としては、最も遅くまで存続していたことから、複数回乗車することができたのですが、とりわけ思い出深いのは初めて訪れた時です。よくぞこんな鉄道が残っていてくれたと、大興奮したことを覚えています。
 その日は、早朝に北陸本線下り普通列車で敦賀を発ち、7時21分に小松駅(当時は地上駅)に降り立ちました。はやる気持ちを抑えつつ、まずは腹ごしらえと飲食店を探すと、目についたのが渋くて好ましい感じの喫茶店。地方都市でこんな時間に営業しているのは珍しいので、立ち寄ることにしました。モーニングサービスを注文し、濃いめのコーヒーをすすって眠気を覚ましていると、まるでBGMのように汽笛や列車の走行音が聞こえてきました。それがなんとも心地よく、尾小屋鉄道乗車のプロローグとして、よい時間を過ごせたのも忘れ難い思い出のひとつです。店を出て、路地を抜け、北陸本線の踏切を渡った先に、ひっそりと佇んでいたのが尾小屋鉄道の起点、新小松駅でした。新小松という名前とは裏腹に、そこに建っていた駅舎(兼本社)は古色蒼然たる木造建築。コンクリート製の狭く貧弱なホームに、尾小屋行の小さな車両(キハ3)が停車しているのを見て、異次元の世界に入って行くような、ワクワク感を覚えました。
 沿線風景も期待に違わぬもので、途中の金平という駅で、上下の列車が交換したのですが、そのシーンはまるで古い映画か模型のジオラマを見ているようでした。終点の尾小屋駅は、郷谷川を遡った山中に位置しており、周囲の山々に霧がかかっていたこともあって、幻想的な雰囲気に包まれていました。こんなメルヘンのような駅が実際にあったことに驚き、心底感動してしまった忘れ難き終着駅、それが尾小屋なのです。

 尾小屋鉄道の起点、新小松駅付近の踏切です。後方に見えるのは北陸本線の電車です。(1975年4月27日撮影、以下のモノクロ写真も同様)
 750427尾小屋鉄道新小松の踏切014.jpg
 これが私を驚かせた新小松駅です。尾小屋行のキハ3が停車しています。
750427尾小屋鉄道キハ3/新小松011.jpg
 終端側から見るとこのようでした。
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 乗車したキハ3の車内です。
750427尾小屋鉄道キハ3車内013.jpg
 沿線では一番大きな駅であった金平における列車交換のシーンです。右側の車両が最古参の内燃動車キハ1です。
750427尾小屋鉄道 金平での交換.jpg
 これが終着駅の尾小屋です。メルヘンの世界のような感じがしませんか。
750427尾小屋鉄道/尾小屋001.jpg
 尾小屋駅舎は、なんと郷谷川を跨ぐ形で建てられていました。
750427尾小屋鉄道尾小屋駅舎021.jpg
 駅裏からみた尾小屋駅構内です。
750427尾小屋鉄道 /尾小屋024.jpg
 構内のはずれに蒸気機関車が留置されていました。出番はほとんどなかったようですが、最後まで現役でした。
750427尾小屋鉄道C155/尾小屋.jpg
 次の年の冬に訪れた際には、カラーで撮影しました。これは新小松で乗客が乗り込んでいるところです。(1976年12月28日撮影、以下同じ)
760128雪の尾小屋鉄道新小松駅.jpg
 西吉竹駅付近を行くキハ3です。このあたりの風景はすっかり様変わりしてしまった由。
761228尾小屋鉄道西吉竹付近.jpg
 おやおや、お犬様が鎮座。のどかな風景です。
761228尾小屋鉄道とお犬様/新小松.jpg
 新小松駅構内では、車体の下についた雪を落とす作業が行われていました。
761228尾小屋鉄道新小松で雪落し作業.jpg
 こちらはキハ2。バスと並ぶと大きさがよくわかります。
761228新小松にて.jpg
 大杉谷口駅にて。これまた映画のシーンようではないでしょうか。
760128雪の尾小屋鉄道大杉谷口駅にて.jpg
 尾小屋鉄道の路線略図です。駅はかなり省略しています。
尾小屋鉄道002.jpg
 尾小屋鉄道の車内乗車券です。これを見れば、全駅名がわかります。
尾小屋鉄道車内乗車券003.jpg
 

3年ぶりのPHOTO MIYOTA(浅間国際フォトフェスティバル)

 「もう起きちゃいかがとカッコウが鳴く、カッコウカッコウ・・・」という歌の文句さながらの朝が続いています。今年は、郭公が家の近くまで来て鳴くことが多く、その声を聞かない日はありません。まだ薄暗いうちから鳴き始めるので、それで目を覚ましてしまうことがしばしばです。郭公がうるさすぎて困るという人もいますが、それはぜいたくな悩みの範疇でしょう。森に響く郭公の声は、浅間山麓に暮らしているからこそ味わえる自然の恵みなのですから。
 自然の恵みといえば、ユリやオオバギボウシ、ビロード草など新たな花が咲き始め、家庭菜園では、初めて播いてみたスナップエンドウが実り始めました。ブルーベリーが2年ぶりに実をつけ、いくつかは食べごろになりました。季節の変化は怒濤のごとしです。
 さて、コロナ禍で開催が見送られていた「浅間国際フォトフェスティバルPHOTO MIYOTA」が、3年ぶりに開催されることになりました。展示テーマは、Mirrors&Windowsだそうです。会期は7月16日~9月4日、会場は以前と同じ御代田町のMMoP(旧メルシャン美術館跡地)です。以前のフォトフェスもすべて見ていますが、国内外の優れた写真家たちの作品から、こういう表現もあるのかと大いに刺激を受けました。今回はどんな作品に接することができるのか楽しみです。
 以前のフェスと違うのは、会場がこの2年の間にMMoP(モップ)という名の複合施設として整備されたことでしょう。レストランやカフェ、ショップがオープンしており、写真表現を楽しむだけではない、新たな楽しみ方もできそうです。

 わが家の花壇のユリが咲きました。これは栽培種で、山百合はまだこれからです。
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 オオバギボウシです。地のものなので、ほっておいてもよく咲きます。
オオバギボウシとハチ.JPG
 こちらもどこからかタネが飛んできて、花を咲かせているビロード草です。
ビロード (2).JPG
 野性の花でこの時季によく見かけるのが、このヤマホタルブクロ。平地のホタルブクロとの違いは、萼片の湾入部が膨らんでいることです。
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 ようやく咲いたアジサイです。昨年はまったく花が咲きませんでしたので二年ぶりです。
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 こちらははやくも咲き始めたコスモスです。アジサイとコスモスが同時というのも標高の高い土地ならでは。
コスモス.JPG
 二年ぶりに実をつけてくれたブルーベリーです。早速、熟した実をヨーグルトのトッピングにして食べました。
ブルーベリー.JPG
 これからの収穫が楽しみなのがスナップエンドウです。
スナップエンドウ.JPG
 シソも繁茂しており、蕎麦や冷や奴の薬味として重宝しています。
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 さて、開催準備中の「浅間国際フォトフェスティバルPHOTO MIYOTA」の会場に出かけてみました。ここがMMoPの入口です。看板類はまだ白紙の状態でした。
MMoP入口.JPG
 MMoPにはこれだけの店舗が入っています。この日は休業日でしたので、すべてCLOSEDの表示がでていました。
店舗案内.JPG
 準備中の会場です。壁面に掲示してある写真が本番のものなのかどうかはわかりません。
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 こちらのテントのようなものは、どのような使われ方をするのでしょうね?
フォトミヨタ準備中.JPG
 屋外展示用の台ができていました。どんな作品が並ぶのか楽しみです。
フォトミヨタ準備中2.JPG
 メイン会場となる写真美術館前です。
写真美術館準備中.JPG
 以前は軽井沢(追分)で営業していた人気カフェ、キャボットコーヴもMMoP内の新しい建物に移転してきました。
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 こちらはステーキハウスFeuです。
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 良い雰囲気のテラス席ですが、こちらはwine&deliのCERCLEというお店です。いろいろな選択肢ができたので、PHOTO MIYOTAの楽しみが増えそうです。
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街角のローズガーデンと野の草花の美

 美しい花には棘がある、ということわざがありますが、それを聞いて誰しも思い浮かべるのは薔薇の花でしょう。薔薇の花は確かに綺麗ですし、気品もあるので、この花が嫌いだという人は少ないと思います。しかし、育てるとなると話は別で、棘があって扱いにくいだけでなく、綺麗に咲かせるには、土づくりをはじめ、剪定・誘引など、こまめな手入れが必要です。万事ずぼらなポン太にとっては、ハードルの高い存在ですから、わが家の庭には、植えっぱなしでもなんとかなるミニ薔薇が1株あるだけで、本格的な薔薇は存在しません。散歩中に、色とりどりの薔薇の花が妍を競っているようなお庭をみると、たいしたものだと感心してしまいます。そうしたお庭は、いわば街角のローズガーデンです。本格的なローズガーデンに行かなくても、普通に散歩しているだけで、十分目を楽しませてくれる街角ローズガーデンの一部を、写真でご紹介することにしましょう。
 ところで、浅間山麓では、厳冬期を除き、野性の花もたくさん目にすることができます。そうした花々をテーマとした作品で知られる水彩画家で、御代田町在住の橋本不二子さんの展覧会が、先月、小諸高原美術館で開催されました。題して「浅間山麓からの恩恵」。
絵心のまったくないポン太ですが、描かれていた野の草花の大半は、ポン太もその名を知っている馴染みのものばかりで、親しみを感じました。細密画と評してよいのかどうかわかりませんが、花も葉も茎も、きめ細かく生き生きと描かれており、目の前にその植物が置かれているような感じがしました。この作品展は終了しましたが、旧軽井沢には常設の橋本画廊があり、そこでも作品を見ることができます。

 薔薇のアーチの奥に薔薇がのぞいていて良い雰囲気です。
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 窓辺を這う薔薇。西洋のお城のようです。
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 薔薇に囲まれたお家です。
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 薔薇のエントランスも素敵です。
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 生け垣のようになっている薔薇もあります。
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 ボリュームはないもののロケーションにぴったりの薔薇です。
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 こちらはまさに薔薇屋敷。
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 垣根から溢れんばかりの薔薇です。
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 こちらのお庭も色とりどりの薔薇が咲いています。
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 やはり薔薇には華やかさがあります。
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 菜園の脇を飾る薔薇です。
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 こちらはポン太の庭に一株だけあるミニ薔薇。何の手入れもしていないのに、毎年真っ赤な花を咲かせてくれる有り難い存在です。
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 水彩画家橋本不二子展「浅間山麓からの恩恵」のDMの裏面です。
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 小諸高原美術館にやって来ました。
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 橋本不二子展の会場入口です。
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 たくさんの作品が並んでいました。
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 どれも知っている花ばかり。
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 このように、細部まではっきり描かれています。
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湯ノ丸山・高峯山の花便り

 記録的な早さで梅雨が明け、猛暑がやってきました。本来は避暑地のはずのここ浅間山麓でも、連日30度超えの異常な暑さが続いています。佐久市では、なんと観測史上最高の37.2度を記録(6月29日)しました。この暑さの中での里山登山は、炎熱地獄に近い状態になりますから、さすがに敬遠せざるを得ません。必然的により標高の高い涼しい山へ逃避することになり、アクセスが容易な浅間連峰に出かける回数が増えてきました。
 2000mの山に吹く風は、下界とはまったく別物です。最強のクーラーでも、ここまで涼しくはできないだろうと思えるほどの爽やかさ。山頂の木陰で休んでいると、登ってくる途中でかいた汗があっという間にひっこんでしまいます。
 この時季の浅間連峰の山々の楽しみは、次々と咲いてくる高山植物です。同じ山でも1週間後には新たな花が咲いていたりするので、何度登っても飽きることがありません。とくに、花の種類が多い高峯山には、これからしばしば出かけることになるでしょうから、何回かにわけて花便りをお届けしたいと思っています。今回は、高峯山だけでなく、その2日前に登った湯ノ丸山と一緒に、現在の様子をご紹介することにします。

 湯ノ丸山の山腹はレンゲツツジの大群落で知られるところです。盛りは過ぎたというものの、まだこんなに綺麗に咲いていました。後方に見えるのが、これから登る湯ノ丸山です。
ツツジ平からみた湯ノ丸山.JPG
 振り返ると、ツツジの群落の後ろに西篭ノ登山が見えます。
ツツジ平と西籠ノ登.JPG
 このレンゲツツジの大群落をつくった大功労者は牛たち。放牧された牛は毒のあるレンゲツツジを食べることはなく、それ以外の草を食べてくれたので、こうなったというわけです。その牛の姿がまったく見えないので、どうしたのかと思っていると、なんと森の中でこのようにへたり込んでいました。この暑さでは牛たちも歩き回りたくないのでしょう。
へたり牛.JPG 
 高度が増すほどツツジの色が鮮やかになりました。
登山道脇のツツジの園.JPG
 ハクサンシャクナゲも咲いています。平地で栽培されるシャクナゲとは異なる高山植物です。
シャクナゲ.JPG
 登山道脇でゴゼンタチバナを見つけました。湯ノ丸で見たのは初めてです。
登山道脇のゴゼンタチバナ.JPG
 こちらは可愛らしいシラタマノキの花
シラタマノキ.JPG
 可愛らしいといえば、コケモモも負けていません。
コケモモ (2).JPG
 山頂近くには、イワカガミの花も少し残っていました。
イワカガミ.JPG
 山頂は、日差しは強いのですが、吹く風は涼しく、大勢の登山者がランチを楽しんでいました。
にぎわう山頂.JPG
 湯ノ丸山の最大の魅力は、360度の大展望です。烏帽子岳越しに見えるのは北アルプスの穂高連峰。槍の穂先も確認できます。
山頂からの槍穂高.JPG
 群馬県側の眺めが良いのも湯ノ丸山の特徴といえましょう。こちらは草津白根山方面の眺めです。
草津白根山方面 手前は鍋蓋山.JPG
 ぼこぼこと盛り上がっているように見えるのは、鹿沢の山々です。真ん中が桟敷山、その右が小桟敷山、左側が村上山。右手奥に見えているのは浅間隠山です。
村上山、桟敷、小桟敷.JPG
 浅間山はこのような角度で見えます。手前から、西籠ノ登山、東籠ノ登山、黒斑山、一番奥が浅間山です。
浅間山山頂付近.JPG
 帰路は烏帽子岳方面に下り、鞍部の分岐から湯ノ丸キャンプ場経由で地蔵峠へもどりました。
裏登山道へ.JPG
 途中の中分岐付近は白樺林と満開のレンゲツツジがコラボしており、いつもながらの美しい景観でした。 
中分岐付近.JPG
 キャンプ場ではアヤメが咲き始めていました。
湯ノ丸キャンプ場のアヤメ.JPG
 この光沢のある黄色い花は、キンポウゲの仲間のウマノアシガタです。
ウマノアシガタ.JPG

 さてここからは高峯山です。急な登りは最初の20分ほど。後は、花を眺めながらの快適な尾根歩きというわけで、浅間連峰の中でもとりわけ楽な山です。それでいて花の種類は豊富ですから、涼みがてらの高山植物ウォッチングには最適といえましょう。
 最初は急登といっても、こんな涼しげな雰囲気ですから、苦になりません。
涼しい登山路.JPG
 歩きはじめてまず目にしたのはこのハクサンイチゲ。高山植物らしい凛とした花です。花言葉は「清潔」「幸せを招く花」だそうです。
ハクサンイチゲ.JPG
 これはヤマブキショウマでしょうか。咲いていたのはこの1株だけでした。
ヤマブキショウマ?.JPG
 湯ノ丸と同じように、ハクサンシャクナゲが咲き始めていました。
ハクサンシャクナゲ.JPG 
 最初のピークを過ぎると、山頂までこんな尾根をたどります。道端には様々な花が咲いており、それを探しながら歩いていると、時間の経つのを忘れてしまいます。
高峯山への尾根道.JPG
 これはシャジクソウ。今季初めて咲いているのを確認しました。
シャジクソウ.JPG
 日本のエーデルワイス、ミネウスユキソウがスタンバイ状態になっていました。
エーデルワイス(ミネウスユキソウ).JPG
 ツマトリソウがたくさん咲いていましたが、こんなに花弁の多いもの(通常は7枚)は珍しいと思います。
花弁の多いツマトリソウ.JPG
 マイズルソウも咲いていました。小さな花ですが形が面白いので目にとまりやすい花です。
かわいいマイヅルソウ.JPG
マイズルソウ.JPG
 湯ノ丸山でも見たゴゼンタチバナです。
ゴゼンタチバナ.JPG
 ここではなんと、ツマトリソウ、マイズルソウ、ゴゼンタチバナが一緒に咲いていました。
マイヅルソウ・ゴゼンタチバナ・ツマトリソウ.JPG
 こちらは山のブルーベリーといわれるクロマメノキ。花が終わり、実になりかけています。
クロマメノキ花から身へ.JPG
 レンゲツツジとシャクナゲがコラボしているところもありました。
シャクナゲとレンゲツツジ.JPG
 遠目には何が咲いているのかわからないこの木。これはサラサドウダンです。庭木として利用される場合もありますが、本来は深山に生育する日本固有種です。
サラサドウダン.JPG
 近寄ってみると、こんなに綺麗な花がたくさん咲いていて、この姿を見れば、気に入る方が多いのでは。 
サラサドウダンの花.JPG
 高峯山頂です。湯ノ丸山のように360度の大展望というわけにはいきませんが、西側には池の平湿原を望むことができます。
高峯山頂と池の平.JPG
 南側が開けていて、佐久平は一望の下です。
山頂と佐久平.JPG
 黒斑山はこんなに大きく見えます。これだけの眺めが楽しめるのですから、花だけでなく、登頂の達成感も十分味わうことができます。
黒斑山.JPG
 頂上付近の岩の隙間にコケモモが根を張っていました。この適応力には脱帽です。
岩の隙間のコケモモ.JPG
 このフワフワした綿毛をまとっているのは、ミヤマヤナギ。ヤナギの高山種ということです。よく見かけるのですが、今まで名前がわかりませんでした。
ミヤマヤナギ?.JPG
 高峯山ではこの先まだまだたくさんの花が咲いてきますので、次回の花便りにご期待ください。
浅間連峰.png
 

「善光寺御開帳」の長野へ

 以前のブログでとりあげましたが、信州の二大伝統祭事といえば、数えで7年に一度行われる善光寺御開帳と御柱祭です。本来であれば、善光寺御開帳の翌年が御柱際となるのですが、コロナ禍の影響で、御開帳が1年延期されたため、同時開催となりました。善光寺御開帳は通常、4~5月の2ヶ月間です。今回は、分散参拝を呼びかけるため、6月までの3ヶ月間に延長されました。しかし、はやいものでそれも残り僅かとなりました。
 ほとんど信仰心のないポン太ですが、6月29日午後5時の夕座法要をもって、前立本尊を安置した逗子の扉が閉じられるといったニュースを耳にすると、やはり、御開帳中に一度はその様子を見に出かけておきたいと考えました。「牛に引かれて」ではなく「ニュースにせかされて」善光寺詣というわけです。
 よい機会なので、善光寺だけではなく、門前町や、昨年リニューアルオープンした長野県立美術館(旧信濃美術館)も見て回りました。先日訪れた松本と比べてみると、松本が城下町としての凛とした雰囲気を宿しているのに対して、やはり長野は善光寺を中心とした仏都なのだということを、改めて感じました。善光寺を頂点に南にのびる表参道が、長野という町の絶対的な軸であり顔なのです。石畳で美しく修景されたその通りには、レトロな建物がたくさんあり、それを見て歩くだけでもワクワクします。御開帳が終わって、人が少なくなってから、もう一度じっくり町歩きを楽しみたい、そう思ったポン太でした。 

 特別な行事のない平日を選んで出かけたのですが、門前の仲見世(山門と仁王門の間)はこの賑わい。この石畳は江戸時代のものだそうです。
仲見世.JPG
 門前町らしいお店が並んでいます。
仏具店など.JPG
 これが寛延3年(1750年)に建てられた山門です。
善光寺山門.JPG
 有名な鳩字の額です。5羽の鳩と牛の顔がこの中に隠されています。
山門の鳩の文字.JPG
 こちらは仁王門。大正時代に再建されたものです。
仁王門.JPG
 高村光雲作の仁王像が睨んでいます。
仁王像・高村光雲作.JPG 
 参道沿いにはたくさんの宿坊があります。こちらの宿坊には浅間山麓の「御代田南小学校様」の掲示がでていました。御開帳にあわせて、修学旅行の行き先が善光寺になったのかもしれません。
宿坊に御代田南小学校の名が.JPG
 宿坊の建物も意匠が様々で、参拝客誘致に知恵を絞った結果かもしれません。
宿坊.JPG
 仁王門の南側の参道は、大正時代に拡幅されて今の姿になったということで、当時のモダンな建物がたくさん残っています。このお店はおそらく大正から昭和初期にかけて建てられたものでしょう。
大正?昭和?の建物.JPG
 上部の意匠に大正ロマンを感じます。
大正モダンの意匠.JPG
 これは七味唐辛子で有名な八幡屋磯五郎の赤煉瓦倉庫です。みごとなイギリス積で、明治末期か大正初期のものではないでしょうか。
八幡屋磯五郎の煉瓦倉.JPG
 壁に八幡屋磯五郎のマークがついていました。
八幡屋磯五郎の煉瓦蔵上部.JPG
 こちらが八幡屋磯五郎のお店です。善光寺みやげの定番というわけで、大勢の客で賑わっていました。
八幡屋磯五郎.JPG
 このサンクゼールの建物も素敵です。元は洋品店だったということですが、大正12年(1912年)竣工の木造3階建。まさに大正モダンですね。
サンクゼール(旧洋品店1923年築木造3階建て.JPG
 大正モダンの極みともいえるのが、この藤屋御本陣の建物です。竣工したのは大正13年(1924年)。一見、鉄筋コンクリート造のように見えますが、木造三階建です。外壁のモルタル部分をコンクリートで仕上げた「鉄網コンクリート」だそうです。アールデコ風の意匠もお洒落で、見応えがあります。
堂々たる藤屋1924年築.JPG
 この正面玄関付近の重厚な雰囲気には圧倒されます。
御本陳藤屋.JPG
 ひときわ目立つ赤煉瓦のこの建物。今は「楽茶れんが館」ですが、元は運送業者「信州中牛馬合資会社」の社屋だったそうです。1912年(明治45年)の建築とか。
楽茶れんが館.JPG
 全体はこうなっています。素敵な建物です。
旧信濃中牛馬合資会社.JPG
 こちらは和風の旅館建築。老舗旅館「五明館」の建物で、昭和7年(1937年)に建て直されたもの。今はなんと郵便局になっています。
旧五明館1932年築.JPG
 参道沿いには蕎麦の名店がたくさんありますが、どこも長蛇の列でした。
蕎麦店は長蛇の列.JPG
 こちらは外観をイメージ保存した八十二銀行大門支店の建物です。とにかく参道沿いには興味深い建物が数多くあり、建物ウォッチングだけでも1日楽しめそうです。
八十二銀行大門支店.JPG
 善光寺自体は無宗派の寺院ですが、住職は、大本願上人(浄土宗)と大勧進貫主(天台宗)が務めています。こちらの建物が大本願です。
大本願.JPG
 こちらが大勧進です。
大勧進.JPG
 さて、いよいよ山門を抜けて本堂へ。
山門を抜け本堂へ.JPG
 国宝の善光寺本堂です。1400年の歴史があるという善光寺ですが、現在の本堂は1707年(宝永4年)に建てられたもの。中央にある大きな柱は、御開帳の時だけ設けられる回向柱です。
DSCF9624.JPG
 回向柱と御開帳された前立本尊は「善の綱」で結ばれており、その一面に触れることで、前立本尊と結縁が果たされるとされます。有り難いつくり話のような気がしないでもないポン太ですが、実際にこの場所に来てしまうと、なんとなく有り難い雰囲気が漂っていて、五本指を広げてたっぷり触れてしまいました。
回向柱に触れる.JPG
 右手の階段を登れば外陣に入ることができます。左側に御印文頂戴とありますが、これは善光寺の宝印を額に押し当ててもらうものです。極楽往生が約束されるとされますが、まだ極楽往生したくないポン太はここには並びませんでした。
本堂前.JPG
 善光寺の東側に隣接しているのがこの長野県立美術館です。
県立美術館本館.JPG
 そのまわりのスペースも美術館らしい雰囲気が漂っていて期待感が高まります。
おしゃれなイス.JPG
 本館と東山魁夷館を繋ぐ通路も洒落ています。この水辺テラスは1日4回、人工的な霧に包まれますが、それが中谷芙二子氏の作品「霧の彫刻」である由。
本館と東山魁夷館を結ぶ通路.JPG
 周囲の山々などの風景と調和した「ランドスケープ・ミュージアム」を標榜しているそうですが、確かにロケーションはよく、リラックスできます。
右が東山魁夷館.JPG
 屋上の「風のテラス」からは善光寺周辺を見渡すことができ、それもこの美術館の魅力の1つです。
美術館からみた善光寺.JPG 
 美術館の前に、下校する小学生たちの姿がありました。うらやましいような通学路です。
通学路.JPG

梅雨の晴れ間にひと登り 水ノ塔山・三方ヶ峰

 空前の里山ブームとか。コロナ禍の閉塞感を逃れ、爽快な気分に浸れる里山へ足を向ける人が増えているというのです。それ自体は悪いことではないのですが、その一方で遭難が急増しているというのは困ったことです。最近のニュースによれば、信州の山岳遭難の4割弱が里山で発生している由。あんな山でなぜ?という事例をよく耳にします。
 短時間で登れる里山なら安心というのは、大なる誤解です。遭難の多くは道迷いですが、高山より里山の方が分かれ道が多く、道標も整備されていないところが多いので、迷いやすいのです。また、里山といえども急峻な道もあり、滑落すれば怪我ではすまない場合もあります。信州の場合、熊との遭遇もないとはいえません。しっかりした足ごしらえと十分な持ち物、慎重な行動が求められる所以です。
 いつもの平尾山で出会った方の中に、遭難だけはしたくないと話す人がいました。実名と年齢が公表されてしまい、いい年をして山なんかに行くからだと言われかねないからね、ということでした。その理由はともかく、慎重な行動を肝に命じているのは当方も同様です。
 梅雨の季節ですから、ぐずついた天気が続くのはやむをえません。それでも晴れ間が出る日もあり、それをうまく利用すれば山歩きが可能です。思い立ったらすぐに出かけられるという地の利を活かして、 浅間連峰の2峰、水ノ塔山(2202m)と三方ヶ峰(2040m)に出かけてきました。
 高山植物の花の種類はまだそう多くはありませんでしたが、雨に洗われた木々の緑の鮮やかさは格別。三方ヶ峰では今季初のコマクサとの出会いもありました。梅雨の晴れ間であればこその良さを味わえた山歩きでした。

 まずは水ノ塔山です。登山口の高峰温泉まで、クルマで40分ほどですから、2000m級の山とはいえ、アクセスの良さという点では、里山とかわりません。
水ノ塔山.JPG
 登山口付近で毎回見ているこの表示ですが、今年はとりわけ重く受け止めざるをえません。
反戦看板.JPG
 道端に絵のように美しく咲くイワカガミをみつけました。
美しいイワカガミ.JPG
 こちらは地味な花ですが、ハタザオです。
ハタザオ.JPG
 ツマトリソウも咲いていました。普通は花びらが7枚ですが、これは6枚しかありません。
ツマトリソウ.JPG
 水ノ塔山の面白さは、適度な岩場があることです。
岩場.JPG
 岩陰には可憐なツガザクラが咲いています。
ツガザクラ.JPG
 振り返ると、みごとな緑の谷。遠方に霞んで見えるのは中央アルプスです。
緑の谷.JPG
 頂上直下には、大岩がごろごろしているところがありますが、ここまで来ればあと一息です。
頂上まであと一息.JPG
 頂上付近ではシャクナゲが咲いていました。
高山のシャクナゲ.JPG
シャクナゲ.JPG
 頂上からみた高峰山と八ヶ岳です。よい眺めです。
八ヶ岳と高峯山.JPG
 この日は、瑞籬山の後方に富士山も顔を出してくれました。
富士.JPG

 ここからは三方ヶ峰ですが、その入口にあたる地蔵峠周辺はいまレンゲツツジが盛りをむかえつつあります。
レンゲツツジ.JPG
 群馬県側に下ったところにある「せんべい平」です。こちらもレンゲツツジと白樺が美しいところなので、三方ヶ峰へむかう前に少し歩いてみました。
せんべい平.JPG
 可憐な在来種の日本スズランが咲いていました。
スズラン.JPG
 こちらはベニバナイチヤクソウです。イチヤクソウは平尾山でも見かけますが、ベニバナは珍しいのでは。
ベニバナイチヤクソウ.JPG
 山中ではズミが満開です。わが家にもズミはありますが、山で見るズミはひと味違います。
ズミ.JPG
 可憐なズミの花と久しぶりの再会です。
可愛いズミの花.JPG
 池の平湿原の駐車場から、湿原をとりまく山々(三方ヶ峰もその1峰です)をめぐりました。尾根に登っていく途中には、シロバナノヘビイチゴがたくさん咲いていました。
シロバナノヘビイチゴ.JPG
 ミツバオウレンも咲いています。
ミツバオウレン.JPG
 緑がひときわ鮮やかな尾根道です。
緑が鮮やかな尾根.JPG
 三方ヶ峰のガレ場に着くと、可憐なコマクサが予想外にたくさん咲いていました。
コマクサおでまし.JPG
 高山植物の女王と呼ばれるだけの存在感があります。
コマクサが咲いていた.JPG
 烏帽子岳を背景に咲くコマクサです。
烏帽子岳を背に咲くコマクサ.JPG
 なんと、シロバナのコマクサを見つけました。なかなか目にする機会のないものです。
シロバナのコマクサ.JPG
 池の平湿原の池塘も、梅雨時らしいしっとりした雰囲気に包まれていました。
新緑の池塘.JPG
 池の平湿原のシンボル鏡池です。すっきりしない梅雨空の下でも、鮮やかな緑が目に染みます。
池の平湿原の鏡池.JPG
 人の少ない静かな湿原を散策し、帰路につきました。
静かな湿原.JPG

「なぜ山に登るのか」写真展を見て

 「なぜ山に登るのか」と聞かれても、答えに窮する方が多いのではないでしょうか。高名な登山家のごとく、「そこに山があるからだ」の一言で済ますというわけにはいきません。そんな難しい問いに答えを出してくれそうな、そのものずばり「なぜ山に登るのか」と題した写真展が開催されるというので、会場の信毎メディアガーデン(松本市)まで出かけてきました。旧知の山岳写真家、三宅修氏とご子息の岳氏との父子写真展であることも、会場に足を運んだ大きな理由のひとつです。
 三宅修氏は、日本の山岳写真界のパイオニアで、御年90歳。1958(昭和33)年に創刊された山の文芸誌『アルプ』の編集に携わったほか、山に関する多数の著書があります。発表された写真は数知れず、山岳雑誌に掲載されたもののほか、山小屋に掲げられている作品もありますので、山好きの方ならどこかで目にしているはずです。今回は、北アルプスを中心に、選りすぐりの迫力ある作品が展示されており、目を奪われました。また、同氏を本格的な山の世界へと誘った、東京外大の恩師、串田孫一氏に関連した貴重な写真も展示されていて、山歩きという文化の深さと歴史を感じることもできました。ちなみに串田孫一氏のご長男が、俳優で演出家、まつもと市民芸術館総監督でもある串田和美氏です。
 父親と同じ山岳写真家の道を歩んでいる三宅岳氏の今回の展示作品は、入笠山の自然をテーマとしたものでした。同氏は山と人との関わりに焦点をあてた作品を数多く手がけており、山そのものの自然美を追究している修氏とは異なる面もありますが、今回の作品からは、山への憧憬という点で、修氏と共通するものを感じました。
 さて、「なぜ山に登るのか」。どの写真を見ても、そこに身を置きたくなる衝動にかられます。それこそが、その答えなのかもしれません。

 久しぶりに出かけた松本は、以前と変わらずきれいで整然としており、どこを歩いても気持ちの良い町でした。
松本市中心部.JPG
 脇道ですらこのとおり清潔ですっきりしています。
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 ビルの壁にセイジ・オザワ、松本フェスティバルの大きなポスターが掲示されていました。
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 市の中心部、伊勢町通りの突き当たりにあるのが、今回の写真展の会場である信毎メディアガーデン(信濃毎日新聞松本本社ビル)です。
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 信毎メディアガーデンのエントランスです。
メデイアガーデン前.JPG
 写真展の掲示が出ていました。
三宅修・岳父子写真展.JPG
 中に入ると、麗しいピアノの音色が聞こえてきました。演奏者はプロではなさそうで、ロビーのピアノは、腕に覚えのある人なら誰でも弾けるように置かれているようです。
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 1階の奥が写真展の会場で、ここがその入口です。
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 三宅修氏の迫力ある写真が並ぶコーナーです。
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 右手奥は、三宅岳氏の入笠山の作品です。
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 これはその1枚です。
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 この日は三宅父子のトークもありました。作品の前で、戦時中の記憶や山との関わり、恩師の串田孫一氏の話など、熱弁をふるう三宅修氏です。その記憶力、滑舌の良さ、衰えぬ制作意欲など、とても90歳とは思えません。
三宅修氏.JPG
 こちらは三宅岳氏です。上述のように、山と人との関わりに目をむけている岳氏は、昨年、『山に生きる』(山と渓谷社)を刊行されました。東北から四国まで、各地の失われ行く山仕事をルポした良書です。 
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 串田孫一氏に関する貴重な写真も多数展示されていました。
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 若き日の串田孫一氏です。
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 谷川岳の岩峰、堅炭岩の頂上にて。左からまだ少年だった串田和美氏、三宅修氏、串田孫一氏とのこと。撮影日は1957年7月14日とありました。
堅炭岩の三人.JPG
 この写真展は、信毎メディアガーデン(松本市中央2-20-2)で、今月末まで開催(10:00-17:00)されています。
 

小さきものたちの美

 若い頃は植物にそれほど関心があったわけではないのですが、近頃は、播いたタネが芽を出したことだけでも嬉しくなり、花が咲いたりすれば、よしよしと悦に入ってしまいます。花壇の花だけではなく、道端の小さな花を見ても、その意外な美しさに感心することが多くなりました。これは年のせいなのか、それとも自然環境に恵まれた生活をしているからなのか、理由はよくわかりませんが、とにかく植物の姿形に関心を寄せるようになったことだけは間違いありません。
 とくに面白いと思うのは、花壇を飾るような栽培種ではなく、勝手に生えている野性の植物。いつの間にかタネが飛んできて(鳥が運んだのかもしれませんが)、思いがけない場所に、今まで見たことのない花が咲いているのを見つけたりすると、大発見をしたような気になります。その反対に、昨年咲いていた花が今年は見あたらず、がっかりすることもありますが、そういった自然の営みの妙を感じることができるのが、植物ウォッチングの面白さだと思います。
 雑草に分類されてしまうような花にも美があります。梅雨に入ったこの季節に、わが家の庭や周辺のエリアではどんな花が咲いているのか、美と思っていただけるかどうかはわかりませんが、ご紹介することにします。

 まずはこの季節らしい花から。庭や道路際、そして花壇の中まで、いたるところに咲いているのがこのツユクサです。もちろん植えたわけではなく、いつのまにか芽を出し花を咲かせているのですが、まさに名前通り、梅雨に入ったことを実感させてくれます。
ツユクサ.JPG
 同じように梅雨の季節にふさわしいのがアヤメです。これも植えたわけではなく、どこかからタネが飛んできて生えたもの。毎年少しずつ勢力を拡大しています。
アヤメ.JPG
 こちらはミヤコワスレ。ご近所からわけてもらって植えたものですが、薄紫の花が楚々として咲く姿は、この土地にふさわしい感じがして、大好きな花のひとつです。ミヤコワスレという名前もよいですね。
ミヤコワスレ.JPG
 これはどうでしょうか。なんだ、ビンボウ草かと思われるかもしれません。空き地のいたるところにはびこっている雑草の最たるものですが、森の中に少しだけ咲いている姿は、それなりに気品があり、正式名称のハルジオンと呼んでやりたいですね。繁殖力が異常なほど旺盛でなければ、観賞用に残しておいてもよいかなと思ってしまいます。
ピンクのハルジオン.JPG
 道端や庭の隅に、小さな白い花を散らしたように咲いているのはオオヤマフスマです。その名から、神奈川県丹沢の名山、大山に由来するものかと思っていたのですが、関係性はなく名前の由来も不詳とか。
オオヤマフスマの群落.JPG
 こちらも同じような場所に咲いていた小さな白い花です。調べてみると、ミミナグサという花のようです。たしかにその名のとおり、花弁がネズミの耳のように見えます。今年初めて咲いているのに気づきました。
ミミナグサ.JPG
 山で見かけることの多いギンランが、わが家の庭の片隅でも1株だけ咲いていました。 
ギンラン.JPG
 この黄色い花はカタバミです。畑に繁茂してしまうとやっかいな雑草の類ですが、花も葉も整った形をしています。
カタバミ.JPG
 同じく黄色の花で目立つのがクサノオウ。道端のどこにでも咲いています。きれいな花ですが、毒草です。
クサノオウ2.JPG
 これもまた菜園には入り込んで欲しくないものですが、道端に群落をなしているのを見ると、メルヘンを感じてしまうアカツメクサです。
アカツメグサ.JPG
 わが家の庭には残念ながら根付いてくれないのですが、よその家の道路際で見かけることが多いのがニリンソウです。山で見るものと比べると、日当たりがよいせいか、大ぶりです。
ニリンソウ.JPG
 かなり前から咲き続けているのがアマドコロ。わが家の庭や道端でよく見かけます。
アマドコロ.JPG
 道端の常連のひとつがこのムシトリスミレです。雑草のように繁茂しますが、花がきれいなので、抜かずにそのままにしています。
ムシトリスミレ (2).JPG
 こちらはマーガレットに似たフランスギク。元は園芸用に輸入されたものだったそうですが、いつの間にか野性化して、いたるところで花を咲かせています。わが家も植えたことはないのですが、いつの間にか道路際に定着してこのように咲きだしました。
フランスギク.JPG
 場所によってはこんな大群落になっているところもあります。やはり外来種は繁殖力が強いのです。
フランスギク群落.JPG
 わが家の森の中に咲いていたのはギョウジャニンニクの花です。美味しい山菜なので、タネが散らばって、どんどん増えてほしいもの。
ギョウジャニンニクの花.JPG
 花に誘われて蝶もやってきます。これはウスバシロチョウ。北方系の蝶で、ウスバアゲハともいうそうです。
ウスバシロチョウ.JPG
 森の木にとまっていたのはオオルリです。綺麗な色をしています。
庭にやって来たオオルリ.JPG
 わが家が気に入ったようで、虫をくわえたままベランダのイスにとまり、長い間こちらの様子をうかがっていました。これは、もしかすると幸せの青い鳥?。運がむいてくるのかも。
オオルリ.JPG

筑北の名山 四阿屋山へ

  四阿屋山は「あずまやさん」と読みます。「あずまやさん」といえば、上信国境に聳える日本百名山の四阿山を思い浮かべる方が多いと思いますが、それとは異なる山で、漢字では「屋」の字の有無で区別できます。
 四阿屋山があるのは、 上田盆地と松本盆地のちょうど中間に位置する筑北村。このあたりは筑摩山地と呼ばれており、標高1000~1400mレベルの山々が連なっています。その中で、筑北三山とよばれ、地域の人々から親しまれている山の1つが 四阿屋山(標高1387m)なのです。ちなみに他の2つは、冠着山と聖山です。
 そろそろ新たな里山に登ってみたいものだと地図を眺めていて、目についたのがこの山でした。冠着山と聖山はすでに登っていますので、この山に登れば筑北三山踏破となります。それも面白かろうと、梅雨入り前に出かけてみることにしました。
 登山ルートはいくつかありますが、最も一般的な坂北(中村)ルートを選びました。篠ノ井線の坂北駅付近から、東山という山腹の集落を経由して林道へ。そこには獣除けのゲートがあり、通行時に自分で開閉するようになっていました。ネット状で取扱は楽とはいえず、これではあまり登る人はいないのではと不安を感じましたが、到達した登山口には、しっかりした案内板が設置されていて、先客のクルマも2台あり、安堵しました。
 登山道の傾斜はゆるやかで、明るい森の中を吹き抜ける風は爽やか。気持ちよく歩を進めることができました。40分ほど歩くと、権現池という小さな水溜まりがありました。四阿屋山は水源の多くを担う山であることから、水を司る神として地域の人々に崇められてきたそうで、権現池から湧き出る清水は霊験あらたかな名薬とされた由。
 その先は尾根道となり、どんどん高度を上げていくと、40分弱で「展望台」に到達しました。北アルプスが目の前に見え、山里の風景も美しく、絶景といってよいでしょう。さらに10分ほど進んだところが標高1387mの山頂です。ブナ林に囲まれていて展望はありません。頂上の北側直下に四阿屋神社があり、その前からは、善光寺平や冠着山を望むことができました。総じて登りやすく、展望にも恵まれた、かなり雰囲気のよい里山という印象でした。
 下山後、善光寺街道の青柳宿と、1580(天正8)年に岩山を開削してつくられたという「大切通し」に寄ってみました。どちらも一見の価値ありで、興味をそそられました。また、四阿屋山の山麓に関連した面白い話としては、「餅なし正月」といって、正月に餅を食べない風習があるそうです。その理由は諸説あるようですが、全国各地にみられる「餅なし正月」の背景には、焼畑 による畑作地域という特徴があるとのことで、これまた興味深い話です。

 山腹に広がる東山地区からみた四阿屋山です。
山腹の東山地区から見上げた四阿屋山.JPG
 緩傾斜地を利用して高原野菜を栽培している、この東山地区の景観もなかなかのもの。
東山地区.JPG
 四阿屋山の登山口へ至る道はちょっと複雑で、道標がないと迷ってしまいます。
道標.JPG
 林道に入ると間もなく、獣除けのゲートが現れました。門扉状ではなく、ネットを横に広げたようなスタイルなので、一見したところゲートにはみえません。ネットを取り外し、通行後に復元する作業はちょっと面倒でした。
林道のゲ-都.JPG
 ここが坂北(中村)ルートの登山口です。
登山道入口.JPG
 登山道の案内板です。山頂まで2.4キロと記されています。登山口と山頂の高低差はおよそ430mです。
案内板.JPG
 里山らしい明るい雰囲気の登山道を進みます。おっと出ました、「止め山」の表示。このあたりの里山は松茸が採れるところが多いので、秋に登る際は要注意です。
お止め山標識.JPG
 道端に咲いていたのはウメガサソウのようです。
ウメガサソウ.JPG
 こちらにはギンランも。
ギンラン.JPG
 この小さな水溜まりが権現池です。少量ながら水が湧いていました。
権現池.JPG
 間もなく、刈谷沢ルートとの分岐点に到達。道標はしっかりしており、迷うことはありません。
道標 (2).JPG
 ここから尾根を登ります。途中の道端にはマイヅルソウが咲いていました。
マイヅルソウ.JPG
 およそ40分で、「展望台」に着きました。昼食休憩には最適の場所です。それは後のお楽しみとして、山頂へとむかいました。
展望台.JPG
 あと一息で山頂です。
山頂へあと一息.JPG
 ここが標高1387mの四阿屋山山頂です。「山頂標識」の下に三等三角点がありました。
四阿屋山山頂.JPG
 ブナの森に囲まれて展望はありません。
ブナ林表示.JPG
 山頂のすぐ下にある四阿屋山神社です。社殿は北をむいています。
四阿屋山神社.JPG
 神社の前から参道を見たところですが、こちら側から登ってくるのはかなり大変そうです。
参道と鳥居.JPG
 社殿の前からは、冠着山(右側)と善光寺平が一望できます。左手の山は聖高原です。その山中にある猿ヶ馬場峠を越えて善光寺に至るのが、昔の善光寺街道です。
冠着山と善光寺平.JPG
 「展望台」までもどり、ランチタイムをとりました。美しい風景を眺めながらの「山ご飯」。どんなレストランよりも美味といっては言い過ぎでしょうか。
展望台にて.JPG
 右手は筑北三山で最も高い聖山(1447m)。その奥に連なる雪山は白馬岳周辺の山々です。聖山山麓の里の風景も絵のようで、まさに絶景です。
聖山と北アルプス.JPG
 こちらは北アルプスの中央部を見たところですが、山頂部に少し雲があり、山容をはっきり確認することができず残念でした。
ガスがかかった北アルプス.JPG
 筑北三山の位置関係はこのようになっています。
筑北三山.jpg
 下山後立ち寄った青柳宿です。山の斜面につくられた善光寺街道の宿場で、往時の石積みが残っています。
青柳宿.JPG
 こちらは青柳宿の本陣です。風情があり、時間が許せばじっくり散策したいところです。
青柳宿本陣.JPG
 青柳宿の近くにあるのが、この大切通し。天正8年(1580年)に当地を支配していた青柳伊勢守頼長により切り開かれたそうです。すべて手掘りでしょうから、よくまあという感じがします。これにより善光寺街道を通行する人の苦労も多少は軽減されたことでしょう。
大切通し.JPG
 切り通しの中に入るとこの迫力。善光寺街道は、中山道の洗馬宿から分岐し、松本を通り、この山中を抜け、猿ヶ馬場峠を越えて善光寺へ下るというルートです。「更級紀行」で、月の名所姨捨を訪れた芭蕉も、この切り通しを通ったはず。なにも句は残していませんが・・・。
切り通し内.JPG

ポン太の夏山開き 高峯山・烏帽子岳

 このところ気温がぐんぐん上がり、家のまわりは盛夏と変わらない雰囲気になりました。天気の良い日を選んで、里山歩きを楽しんでいるポン太ですが、山登りに暑さは大敵。大汗をかくだけでなく、体力の消耗が激しく、楽しさよりも苦しさが勝る状態になってしまうからです。
 馴染みの平尾山も、ヤマツツジのシーズンが終わり、万緑に変わりました。咲いている花はほとんどありません。気温が25度以上の夏日になりそうだといった気象予報を聞くと、さすがに出かけるのを躊躇してしまいます。こうなると、より標高の高い山の出番です。浅間山ではすでに5月8日に山開きが行われ、各地の山から続々と山開きのニュースが届くようになりました。
 ポン太もそろそろプライベート夏山開きをせねばと、まずは高峯山へ。次いで烏帽子岳へと出かけてきました。2000mレベルの山の空気はひんやりしており快適です。芽吹いたばかりのカラマツの緑は目がくらむほどの鮮やかさ。本格的な高山植物のシーズンはまだ少し先ですが、イワカガミやツガザクラが咲き始めており、亜高山らしい雰囲気を味わうことができました。

 高峰高原の先々週の様子です。夏季にはニッコウキスゲやハクサンフウロが咲き乱れる場所ですが、まだ更地のような状態でした。
DSCF8824.JPG
 高峯山に登り始めると、登山道の一部には雪が残っていました。
残雪.JPG
 この様子では高山植物などまだ先の話かなと思いつつ進んで行くと、道端に白い小さな花がたくさん咲いていました。名前がわからなかったので、とりあえず写真に撮り、家にもどってから調べてみるとヒメイチゲでした。亜高山から高山に分布するものだそうで、はからずも今年最初に目にした高山植物ということになりました。
ヒメイチゲ.JPG
 尾根からみる景色は、さすがに2000m級の山だけあって雄大ですが、花は咲いていません。
DSCF8848.JPG
 オオカメノキ(ムシカリ)の花芽が少し開きかけていましたが、この状態ではちょっとグロテスクです。
ムシカリ.JPG
 道端のイワカガミも、赤銅色の葉だけが光っています。銅製の鏡のように見えるというのがその名の由来とされますから、この状態はそれにふさわしいのかもしれません。されど、やはり花が咲いている方が素敵です。
イワカガミの葉.JPG
 標高2106mの山頂に着きました。今年の夏山登山の安全を祈念して、プライベート山開きといたしました。しかし、夏山に登った雰囲気ではなく、改めて、烏帽子岳に登り、初夏の山を味わうことにしました。
DSCF8856.JPG
 ここは烏帽子岳への入口となる湯ノ丸キャンプ場です。高峯山に登った10日後ですが、この間にカラマツの芽吹きがずいぶん進んだことがわかります。
湯ノ丸キャンプ場.JPG
 カラマツの自然林のこの美しさ。
落葉松の美林.JPG
 地蔵峠の駐車場を出発して30分ほどで「中分岐」に着きました。白樺の芽吹きも進んでおり、カラマツと白樺がコラボしているこのあたりの風景には、いつも癒されます。
中分岐.JPG
 ここからしばらくは、湯ノ丸山腹の起伏の少ない道を進みます。道沿いは花の宝庫で、何が咲いているか探す楽しみがあります。
水平歩道.JPG
 おっと、イワカガミのお出迎えです。
イワカガミのお出むかえ.JPG
 岩陰にひっそりと咲いていたのはシロバナエンレイソウ。深山に生えるところから、ミヤマエンレイソウとも呼ばれています。
岩陰のシロバナエンレイソウ.JPG
 下界ではすでに姿を消したスミレがいたるところに咲いていました。これはまた豪華な花束のようなスミレです。
花束のようなスミレ.JPG
 地蔵峠から1時間強で、湯ノ丸山(裏登山道)との分岐です。前方に小烏帽子が見えています。目指す烏帽子岳はその影に隠れて見えません。
湯ノ丸分岐付近.JPG
 ここから本格的な山登りが始まります。
DSCF8959.JPG
 足元に咲いていたのはショウジョウバカマです。
ショウジョウバカマ.JPG
 振り返ると、湯ノ丸スキー場と籠ノ登山が見渡せます。下方に見える白い花はオオカメノキです。
オオカメノキと籠ノ登.JPG
 これがオオカメノキの花です。高峯山では蕾でしたが、咲くとこのようになります。
オオカメノキの花.JPG
 先ほどの分岐から30分ほどで尾根に出ました。まずは小烏帽子を目指します。
小烏帽子への登り.JPG
 ここにもイワカガミが可愛らしく咲いていました。
イワカガミ.JPG
 その近くに咲いていたのがミツバオウレン。この日、見たのはこの一輪だけでした。6~8月が花期の高山植物ですから、これだけが突出してはやく咲いていたのかもしれません。
ミツバオウレン?.JPG
 この可愛らしい花は何だろうかとよく見ると、ズミの花でした。2000mの稜線という厳しい環境のせいで、はいつくばったような低木のまま花を咲かせていたのです。
可愛いズミの花.JPG
 小烏帽子の山頂に近づくと、目の前に広がるのは北アルプスの眺めです。眼下には千曲川の流れも見え、絶景です。
千曲川と穂高・槍の絶景.JPG
 少しアップして見ると、左から穂高、常念、槍と並んでいるのがわかります。
穂高・槍の絶景.jpg
 小烏帽子を越えて烏帽子岳へ。いつ訪れても気持ちのよい稜線です。
烏帽子山頂へ.JPG
 烏帽子の山頂を背景に、ミネザクラが咲き始めていました。赤茶色の葉が開くのと同時に花が咲く、高山の桜です。
ミネザクラと烏帽子.JPG
 岩陰には可愛らしいツガザクラが咲いていました。これを見ると、里山ではなく、亜高山に来たことを実感します。
ツガザクラ.JPG
 これも高山植物のミネズオウです。
ミネズオウ.JPG
 高山植物の女王、コマクサはまだ葉だけ。こんな赤ちゃんのような株もありました。大きく育って、美しい花を咲かせて欲しいものです。
コマクサの赤ちゃん.JPG
 休憩を含み2時間20分で烏帽子岳(2066m)の山頂に到着。晴天に恵まれたこの日は大勢の登山者で賑わっていました。
DSCF9035.JPG
 目の前には北アルプスの後立山連峰が屹立しており、すばらしい眺めです。
DSCF9015 (2).JPG
 振り返えると、小烏帽子からたどってきた稜線が見えます。
烏帽子山頂からみた小烏帽子.JPG
 四阿山や白根山方面の眺めもよく、本当にいつ登っても何度登っても満足できる山です。
DSCF9002.JPG
 山頂にもイワカガミが咲いており、夏山シーズンの幕開けを実感したポン太でした。
山陵のイワカガミ.JPG

高輪築堤のはなし

 本年は、日本で最初の鉄道が新橋-横浜(現、桜木町)間に開業してから、150年という節目の年にあたります。
 初めて鉄道というものを目にした人々の驚きは大変なものだったでしょう。物珍しさから錦絵の恰好の題材ともなりましたが、とりわけ人々の好奇心を刺激したのは、海の上を走る汽車の姿でした。現在の田町駅の北方から品川駅までの間は、海上に築堤を設けてその上を列車が走っていたのです。どうしてそんなことになったのかと言えば、当時は政府内でも鉄道建設に反対の意見が根強く、特に軍部(兵部省)は軍備を優先すべしとして、用地の提供や測量に難色を示していたからです。それだけでなく、高輪海岸の場合は海岸線に沿って旧東海道が通っており、人家も多く、鉄道用地確保が難しいという事情もあったようです。
 明治末期から大正期にかけて、沿岸部の埋立が行われたことで、海上築堤は姿を消し、現在の東海道線の車窓からは海すら見ることができません。「昔は海の上を汽車が走っていたらしい」という、伝説のような話になっていたのですが、品川の車両基地跡地を再開発するJR東日本の「品川開発プロジェクト」が推進される中で、なんと800mにわたって築堤の遺構が出土したのです。その姿は錦絵に描かれたものとそっくりでした。
 日本最初の鉄道の遺構というだけでなく、日本の近代化そのものともいうべき貴重な遺産というわけで、保存問題が浮上しました。現時点では、橋梁部分を含む80mと公園予定地の40mのみ現地保存、信号機の土台が見つかった30mほどを移設保存、残りは調査後取り壊しという方針で再開発事業が進められています。その結果、出土した築堤の大半がすでに姿を消してしまいました。築堤の遺構である以上、連続性にこそ意味があるとして、全面保存を求める声が上がっており、ユネスコの諮問機関であるICOMOSからは、取り壊しを中止すべしと「ヘリテージ・アラート」が発出されました。まだ発掘されていない築堤が500mほど残っているということなので、この世界遺産級の遺構を、どうすればどれだけ多く(長い区間を)残すことができるのか、知恵が求められているわけです。
 ところで、この高輪築堤の起点は旧大村藩邸とされます。江戸切り絵図(文久元年)でその場所とおぼしきところを見てみると、「真田信濃守」、すなわち信州松代藩の藩邸と表示されていました。鉄道建設時点でそこがどうして大村藩邸に変わっていたのか。何かヒントはないかと探ってみたところ、松代藩の最後の藩主真田幸民の正妻は、大村藩主大村純熙の次女隆子であることがわかりました。両家は姻戚関係にあったわけです。そんな関係性から、藩邸を大村藩に譲ったのかもしれません。
 ほんの僅かながら、信州も高輪築堤と関わりがあるようなので、つくづく歴史は面白いと思ったポン太でした。

 錦絵に描かれた高輪築堤です。(広重、「東京名所図絵 高輪の海岸」)
広重(三代)筆「東京名所図絵 高輪の海岸」/国立国会図書館デジタルコレクション.jpg
 出土した高輪築堤の一部です。こちらは海側なので、石積みが上部まであり、波の影響を和らげるためか緩やかな勾配になっています。上の錦絵は陸側を描いていており、石積みは下部のみであることがわかります。
僅かに残る築堤.JPG
 高輪ゲートウェイから田町へむかう京浜東北線の上り電車から見た、再開発工事中の現場です。横に長くブルーシートが見えるあたりが、出土した高輪築堤の位置です。
京浜東北高架線より、高輪築堤遺構の一部が見える.JPG
 さて、高輪築堤の起点とされるのが、旧大村藩邸(それ以前は信州の松代藩邸)ですが、その場所を訪ねてみました。右手に見えるのが、東海道線の芝橋ガードです。その下を通っている国道130号は、川(入間川とよばれていた由)を埋め立てたもの。ガード下が異常に低くなっているのはその名残です。その川の河口右岸が旧大村藩邸でしたから、画面中央に写っている茶色のビルとその背後のエリアが該当すると思われます。手前の横断歩道あたりは、かつては海の中だったのではないでしょうか。
元大村藩邸(←真田藩邸)跡.JPG
 ここは旧大村藩邸の南側にあたる場所です。線路が高い位置にありますが、ここが築堤の起点ではないでしょうか。この先の線路の両側は海だったわけです。起点と思われる場所の脇に、芝浦一丁目会館が建っていました。そのマークがいかにも海岸を思わせるもので、やはりここが起点に違いないと納得してしまいました。この先の(線路の右側の)浜辺は、かつて小魚がたくさん水揚げされたことから雑魚場(ざこば)と呼ばれていました。あの有名な古典落語「芝浜」はそこが舞台とされます。
築堤の起点?4.JPG
 その雑魚場が埋め立てられたところが、本芝公園という公園になっていますが、今も浜辺を感じさせる雰囲気が漂っています。
本芝公園.JPG
 浜から出入りする船の通路として、築堤の下に舟道が設けられていました。本芝公園から線路の東側へ通り抜けることができるこの人道(雑魚場架道橋)が、かつての舟道の名残です。
元は水路だった雑魚場架道橋.JPG
 本芝付近の現在の地図です。赤い丸で囲ったあたりが旧大村藩邸、矢印で示しているところが、かつての舟道だった雑魚場架道橋です。
本芝界隈の現在.jpg
 築堤の上をどんな汽車が走っていたのか、それを実感できるところがあります。愛知県犬山市の明治村です。新橋-横浜間鉄道の開業から3年後に増備された機関車の1台(当初の番号は23号、英国シャープ・スチュアート社製)が動態保存され、動く姿を見ることができるのです。さすがにボイラーは新しいものに取り替えられていますが、鉄道開業間もないころに高輪築堤上を走った機関車が、実際に煙を吐いて走るのですから、感動すること間違いなしです。
明治村のシャープ・スチュアート.jpg
 日本の鉄道開業150年周年に因んだ催しが、各地で行われています。その1つが、小平市のガスミュージアムで開催中の「鉄道と駅」展です。ポン太はまだ見ていないのですが、下記のチラシを見ただけで、興味をそそられます。
鉄道と駅展002.jpg
 朝日カルチャーセンター(立川教室)でも下記の講座がありますので、ご参考まで。
朝日カルチャー001.jpg

ヤマツツジと新緑の平尾山

 お馴染みの平尾山にヤマツツジの季節がやってきました。開花は二週間程前に麓からはじまり、今は全山が、新緑の海にヤマツツジの花を散りばめたような、見事な景観になっています。今年はとくに花の数が多く、見応えがあります。ヤマツツジは日本の野性ツツジの代表種ということですが、赤に朱を混ぜたような花の色は、新緑の森の中でひときわ輝いて見えます。
 栽培種のツツジには、さあ見てくださいといわんばかりの押しつけがましさを感じることがありますが、ヤマツツジにはそれがありません。他の新緑の木々に混じって、山の斜面に点々と火を点したように咲くところが、最大の魅力ではないでしょうか。
 以前のブログで、春の妖精(スプリング・エフェメラル)のような花々について取りあげました。その多くはすでに姿を消していますが、代わって今はラショウモンカズラやクリンソウ、ニリンソウといった花が最盛期です。ヤマツツジを眺めて楽しむだけでなく、足元にも楽しみがあるのがこの時季の平尾山です。そしてなにより嬉しいのが、爽やかな緑の風を浴びながら歩む登山道の気持ちよさ。間違いなく平尾山登山のベストシーズンといえましょう。

 新緑に包まれた登山道です。
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 少し歩くとヤマツツジのお出ましです。
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 登山道の左右に咲くヤマツツジです。
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 ここはヤマツツジのトンネルのようです。

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 これぞヤマツツジという眺めです。
DSCF8774.JPG
 ここも申し分ありません。
DSCF8776.JPG
 新緑の森を背景にして咲くヤマツツジの美しさ。
DSCF8794.JPG
 ガマズミも咲いていました。
ガマズミ.JPG
 ヤマツツジとガマズミのコラボです。
DSCF8806.JPG
 頂上からみた佐久平と蓼科八ヶ岳連峰です。田に水が入り景色が変わりました。
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 下山時は新緑の海の中に入っていくような感じがします。
DSCF8783.JPG
 新緑といえば、ポン太が植樹したモミジの葉も立派に開いていました。岩の下に見えるのがそれです。がんばれモミジ君。
わがモミジ.JPG
 登山道脇に、ホタルカズラが咲いていました。
ホタルカズラ.JPG
 森の中の少し薄暗い場所に咲くチゴユリです。
チゴユリ.JPG 
 こちらはニリンソウ。その名のとおり、最初に一輪が咲き、その脇に寄り添うように二輪目が咲きます。
ニリンソウ.JPG 
 ラショウモンカズラです。渡辺綱が羅生門で切り落としたとされる鬼女の腕に見立てたものだそうですが、そんな恐ろしい感じはしません。
ラショウモンカズラ.JPG
 すでに終わってしまった可憐な花を1つ。つい先日まで咲いていたワダソウです。
ワダソウ.JPG
 沢のほとりにはクリンソウが咲いていました。日本原産で、 日本に自生するサクラソウ科の植物のなかでは最も大型なものだそうです。確かに見応えがあります。
クリンソウ.JPG
 登山口のあたりが黄色に染まっていたので、菜の花かと思ったのですが、外来種のハルザキヤマガラシでした。
わが家の近くの道端にも咲いており、繁殖力の強さに驚かされます。
ハルザキヤマガラシ.JPG
 ついでながら、わが家で今咲いている花の1つがこのクマガイソウです。伊那の友人からわけていただいたものですが、土壌が合うとみえて、株が増えました。環境省の絶滅危惧II類の指定を受けているそうで、おそらくわが家の庭で一番貴重な植物でしょう。
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 花はこんな不思議な形をしています。武士が矢を避けるために背中につけていた母衣に似ているところから、源平合戦の勇者、熊谷直実になぞらえて、クマガイソウと名付けられたそうです。ちなみに討たれた側の平敦盛にちなんだアツモリソウも存在しますが、クマガイソウ以上に絶滅が危惧されています。
クマガイソウ (2).JPG

芝桜アートと八重桜

 浅間山麓の暮らしの中では、散歩というものに大きな価値があると思っています。5月のこの時季には、とくにそれを感じます。
 野や森はまばゆいばかりの緑また緑。各家の庭には、この季節ならではの様々な花が咲いていて目を楽しませてくれます。とりわけ目をひくのが芝桜です。浅間の焼け石を擁壁や花壇の囲いに利用している家が多いのですが、その縁や隙間に色とりどりの芝桜が咲いている様は、アートといっても過言ではありません。一見、自然に咲いているように見えますが、どこにどの色の芝桜を配置するか、それぞれの考えがあってのこと。その結果出来上がったアート作品ですから、しっかり鑑賞しないわけにはいきません。
 一方、開拓集落やその周辺の道路際に多いのが八重桜です。ほとんどが老木ですが、今年も綺麗に咲いてくれました。以前も記したと思いますが、戦後間もなく、この地に入植した開拓者のご苦労は大変なものであったでしょう。なにしろ冬は氷点下10度以下となる寒冷地であり、掘れば浅間の焼け石がごろごろでてくるような、劣悪な土壌です。厳しい生活の中で、希望を託して植えた八重桜だったのではないかと想像すると、ただ美しいというだけではすまないものを感じます。歴史の語り部として、末永く咲き続けて欲しい、そう願いながら、7000歩超えを目指して歩き回る日々です。

 散歩道の角を曲がると、こんな風景に出会うことが多いのがこの時季です。
芝桜アート1.JPG
 こちらは少し地味ですが、芝桜とヤマブキの取り合わせが素敵です。
芝桜アート2.JPG
 花壇の縁を芝桜にしているところがユニークです。
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 手入れされた庭木と芝桜との取り合わせが見事です。
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 お庭から溢れだしたように見える芝桜です。
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 こちらは芝桜とスズランのコラボです。
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 春らしい素敵なお庭です。
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 ツツジと芝桜のどちらも楽しめそうなお庭です。
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 これだけの量の芝桜が咲いていると、道路沿いが明るくなります。
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 法面を利用したタイプですが、これもまた素敵です。
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 法面の芝桜といえば、圧巻はこのお宅。よくこれだけ育てたものです。
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 個人宅ではありませんが、ホテル平松のエントランスを飾る芝桜のボリュームはたいしたもの。背景になっているのは蓼科八ヶ岳連峰です。
平松の芝桜.JPG
 開拓集落では、芝桜と八重桜の両方を楽しむことができます。
芝桜アート4.JPG
 開拓集落のみごとな八重桜の並木です。
開拓集落の八重桜とツツジ.JPG
 中山道沿いにも八重桜があります。
中山道の八重桜.JPG
 新緑の森を背景にした八重桜です。
八重桜と小径.JPG
 開拓の名残を感じる八重桜です。かなりの老木ですが、いつまでも花を咲かせて欲しいものです。
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生気みなぎるGWの浅間山麓

 GWの浅間山麓は、生気に満ち満ちているといってよいでしょう。あらゆる植物が芽吹き、野も山もやわらかな黄緑色に包まれています。わが家の森では、いまウワミズザクラ(上溝桜)が満開です。サクラといっても、一般的なサクラとはまったく異なり、小さな花が円筒状に並んで咲くので、枝先にフワフワした白いブラシが無数についているように見えます。数日前から甘い香りが漂っていましたが、その正体はこのウワミズザクラでした。
 このほか、わが家で今満開になっているのはズミです。サクラに似て蕾はピンク色で、咲き始めがとても可愛らしい花です。リンゴやツツジも咲き始め、樹下にはイカリソウやフデリンドウ、アマドコロ、ムラサキケマンといった花が咲いています。花壇ではチューリップ、ビオラ、シバザクラがまさに花盛り。どこを見ても美しく、また、次々と新たな花が咲き始めるので、この季節に当地を留守にはしたくないと、いつも思います。
 GWを利用して孫がやってきました。この爽やかな季節感を実感させるには、ピクニックに連れ出すのがよかろうと考えました。そこで選んだのが、小諸市の飯縄山(富士見城址)です。この3月に初めて訪れた際に、そのロケーションの良さに魅了され、ブログでも取りあげた場所です。されどGW中ですから、駐車場が満杯であったらどうしようかと心配したのですが、なんと、「野鳥の森駐車場」の先客はゼロ。山上の展望のよい広場に人影はなく、ほぼ独占状態で自然を満喫しつつ、ランチタイムを楽しむことができました。
 GW中にもかかわらず、こんなに人の少ない穴場があったとは驚きです。ブログで取りあげることで、穴場が穴場でなくなってしまっては困るのですが、浅間山麓には、有名な観光スポットではなくても、これほど楽しめる場所があるという一例として、わが家の周辺の様子と合わせて、ご紹介することにします。

 わが家の新緑の森の中に咲くウワミズザクラです。窓から甘い香りが忍び込んできます。
ウワミズザクラ満開.JPG
 近寄ってよく見ると、小さな花が集まって房状になっていることがよくわかります。それぞれの花が真っ赤な実になります。その姿も美しいのですが、よほど美味しいのか、あっと言う間に鳥に食べられてしまいます。
ウワミズザクラの花.JPG
 こちらはズミ。山でよく見かける花です。上高地に小梨平というところがありますが、小梨とズミは同じものです。
ズミ満開.JPG
 咲き始めは本当に可愛らしいズミの花です。
可愛いズミ.JPG
 こちらでは、まさに「リンゴの花ほころび~♪」です。嬉しい季節ですが、プーチン氏の心もほころんで、戦をやめてほしいもの。
リンゴの花ほころび.JPG
 足元ではボケも満開。
ボケ.JPG
 フデリンドウの小さな花もたくさん咲いています。
フデリンドウ.JPG
 森の中でひっそりと咲くイカリソウです。その名のとおり船の錨のような形をしています。
イカリソウ.JPG
 ムラサキケマンもたくさん咲いています。全国いたるところの空き地に繁茂しているので、雑草扱いされることが多いのですが、よくみればなかなかのもの。
ムラサキケマン.JPG
 こちらはアマドコロ。スズランの親戚のようにみえますが、毒は無く食べることもできるそうです。
アマドコロ.JPG
 わが家の花壇も花盛りです。
新緑の森とわが家の花壇.JPG
 わが家では少ししか植えていないのですが、咲くと嬉しいのがシバザクラです。
シバザクラ.JPG
 家庭菜園のレタスもこんなに大きくなりました。
わが家のレタス.JPG
 ノーザンルビー(ジャガイモ)の芽も出そろい、今後の成長が楽しみです。
ジャガイモが出てきた.JPG
 淡い緑に包まれた水辺(御影用水温水路)は、パステル画のよう。
パステル画のような水辺.JPG
 温水路のたもとでは八重桜が満開です。
水辺の八重桜.JPG
 近くの開拓集落でも、老木となった八重桜がたくさん咲いています。
開拓村の八重桜.JPG
 
 さて、GWにやってきた孫を連れて、まずは定番の龍神の杜公園(御代田町)へ。いつもは閑散としていますが、久しぶりに大勢の子供たちの歓声がこだましていました。
龍神の杜の遊具と浅間.JPG
 遊具でたっぷり遊んで、これはこれで大満足。
龍の滑り台.JPG
 さて、お次は本命のピクニックです。小諸市の飯縄山(富士見城址)へでかけました。長い階段からのスタートですが、5歳児の体力恐るべしで、先頭を切って難なく登ってしまいました。
まずは階段から.JPG
 新緑の美しい富士見城址です。
新緑の富士見城址.JPG
 孫は今、昆虫や生物に夢中で、早速何かを探している様子。
虫探し.JPG
 おっと、カエルを捕まえました。
カエルゲット.JPG
 可愛いと大騒ぎ。
カエルが指に.JPG
 満開の八重桜に何か虫がいたようです。
満開の八重桜と.JPG
 とにかく元気いっぱい、山頂へ。
元気に山頂へ.JPG
 山上は大きな広場になっています。この広い野原いっぱい咲く~花♪には目もくれず、走る走る。
全力疾走.JPG
 浅間連峰の眺めも抜群です。
新緑の浅間連峰を望む.JPG
 大きなモミジの木の下をランチ場所としました。爽やかな風が心地よい、最上の空間でした。
ここでランチ.JPG
 ここでも虫探しに夢中。
虫取りに夢中.JPG
 まだ桜も咲いていて、浅間山とのコラボも見事でした。ここは本当に、穴場中の穴場で、わが家では今後、「ピクニックの聖地」と呼ぶことにいたしました。
サクラと浅間.JPG

 

御柱(おんばしら)と御開帳

 信州を代表する伝統祭事といえば、御柱と善光寺御開帳です。どちらも数えで7年に1度行われるもので、御開帳の年の翌年が御柱ということになっていたのですが、コロナ禍で御開帳が1年延期されたため、今年は両者が同時開催されるという珍しい年になりました。本来なら大盛り上がりとなるところですが、コロナの新規感染者数が高止まりという状況が続いているため、各種イベントの中止や縮小、人数制限などが行われており、少々寂しい感じがするのは否めません。
 御柱は、山から切り出した巨木を曳行し、神社の境内の四隅に建てるもので、山出しから里曳き、そして建てる(建御柱)まで、一連の行事があります。本来はすべて人力で行うものですが、今回は密を避けるため、一部省略したり、機械力を借りる形になったりしているようです。不思議な行事(奇祭?)のように見えますが、縄文人がすでにそのような儀式を行っていた形跡があるそうです。生命力の象徴ともいうべき巨木を神として崇める。そんな気持ちが、古代から今日まで連綿と受け継がれてきていると考えると、納得するだけでなく、なんとすばらしい行事なのだろうと思えてきます。
 御柱といえば諏訪大社と思われる方が多いと思いますが、実は県内各地の神社でも同様の行事が行われているのです。東信地方では生島足島神社(上田市)が有名で、すでに先月中旬に実施済みです。曳行は人力ではなくトラクターを用いたそうです。
 佐久地方で御柱が行われるのは、佐久市南部の今岡諏訪神社です。前回は里曳きを見学しただけでなく、曳行に参加することもできたのですが、今回は里曳きは中止となり建御柱のみ実施ということで、残念ながら出かけることはありませんでした。7年後の次回は、ぜひ本来のスタイルで実施できますようにと願いつつ、この2つの御柱の過去の様子をご紹介したいと思います。

 まずは生島足島神社の御柱から。最寄りの上田電鉄下之郷駅はこの賑わいでした。(撮影2010年4月18日、以下同様)
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 御柱の里曳きは、お練りとよばれる行列から始まります。
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 大名行列を模したような行列ですが、コンセプトはよくわかりません。
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 これは奴さんでしょうか。
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 天狗もいます。
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 お稚児さんでしょうか。
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 いよいよ御柱の登場です。
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 このように大勢で力を合わせて曳くのですから、「密」は避けられません。コロナが収束していない状況下で、今回はトラクターでの曳行となったのは、いたしかたのないことだったのではないでしょうか。
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 おんべ(御幣)を振る手にも力が入っています。
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 これぞ御柱という、一番の見せ場です。
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 大勢の見物客が、田圃の土手などに陣取って飲食しながら眺めているのどかな風景です。次回はこのように雰囲気の中で開催できるとよいのですが。
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 さて次は佐久の今岡諏訪神社の御柱です。前回はこのようでした。(2016年4月10日撮影、以下同様)
 くす玉が割られ、御柱の出発です。
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 小さな集落で行われる御柱だけに、飛び入りもOKで、老若男女みんなで力を合わせて綱を曳きます。
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 ここでも何故か先頭は天狗でした。
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 消防団のラッパ隊が整列して、威勢の良い音を奏でる中を進みます。
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 こんな狭い路地を抜けて行きます。
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 勇ましい木遣り唄の声が響きます。
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 こんな大きな道路を横断する箇所もあります。信号が変わらないうちに、急げ急げ。
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 浅間山が御柱の行列を見下ろしています。
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 まもなく今岡諏訪神社に到着です。
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 境内には露店も出ていて、この日ばかりはたいそうな賑わいでした。今回は里曳き自体がおこなわれませんでしたが、次回はこんな風景がもどってきて欲しいものです。
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 ちなみに、諏訪大社の御柱ですが、木落しは中止となったものの、里曳きは人力で行われる由。日程は、上社が5月3日~5日、下社が同14日~16日です。 
 善光寺の御開帳は6月29日まで行われていますので、出かける機会があれば、改めてその様子をお伝えしたいと思います。

桜の次はハナモモ-上田市余里-

 浅間山麓の桜の季節は終わり、木々が一斉に芽吹き始めました。薄緑のベールから黄緑のカーテンへ。どちらを向いてもまばゆいばかりの新緑風景です。
 桜の後は、桃やプルーン、リンゴといった果樹の花が続くのですが、忘れてならないのが、ハナモモです。花を鑑賞するために改良されたという桃で、赤、白、ピンクさらには同じ木から複数の色の花を咲かせるものまであり、絢爛の一語につきます。
 東信地方でハナモモの里として知られるのは、上田市の西部(旧武石村)にある余里という地区です。谷沿いの長い集落に沿ってハナモモが植えられており、「余里の一里花桃」と呼ばれています。地元では、「世界で一番きれいな2週間」といわれるほど見事な眺めが楽しめるので、何度も訪れているのですが、コロナ禍になってからは情報も少なく、今年はどんな具合なのかよくわかりませんでした。
 行ってみてのお楽しみと思い、晴れた日を選んでかけてみたところ、結果は大当たり。今までで一番といってよいほどの咲きっぷりで、まさに桃源郷のような雰囲気を味わうことができました。
 桃は中国では、古来、福を招くものとされていたそうです。以前中国を旅した際に、夫婦揃って福相だと言われて気を良くしたことがありますが、よくよく考えると肥満と同義だったのかもしれません。これ以上「福」がついては困るのですが、見事なハナモモを見て気分が明るくなったことは間違いありません。

 ここがエントランス(最下部)ですが、最初から見事な咲きっぷりに圧倒されました。
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 まさに絢爛なハナモモです。
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 後方に雪山(菅平の山々)が見え、信州らしい景観です。
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 集落もハナモモに囲まれています。
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 道沿いに進んで行くと様々なハナモモの景観を楽しむことができます。
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 下の方に咲いているのは水仙でしょうか。
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 古民家カフェもあります。
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 山麓のハナモモも見事です。
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 絵になる風景が続々現れます。
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 とにかく道沿いのどこにでもハナモモが咲いていますから、見飽きることがありません。
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 鄙びた集落とハナモモはよく似合います。
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 かつての分校跡。郷愁をさそう佇まいです。
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 この風情。みごととしか言いようがありません。
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 民家とハナモモ。あまりに似合いすぎて、絵のようです。
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 脇道に入ってみましたが、どこもきれいです。
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 これが余里のメインストリートです。「余里の一里花桃」と称されるように、下部から上部までおよそ4kmにわたり、ハナモモの里が続きます。往復すると、歩数計で優に1万歩を超えますが、ここを歩かないと本当の良さがわかりません。
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 山の中腹を行く脇道もハナモモ街道になっていました。
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 原田泰治の絵になりそうな風景です。
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 少し高い位置から俯瞰した余里の集落は、まさに桃源郷でした。
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平尾山に春の妖精

 マイ里山といってもよい平尾山でも芽吹きが始まり、山頂部を除き、薄緑のベールをかけたようになりました。登山道沿いで目にする花も増えつつあります。この季節の花で最も印象深いのはアズマイチゲです。楚々と咲く可憐なその花自体が魅力的であるだけでなく、短い花期が終わると間もなく、葉も茎も姿をすべて消してしまうというそのはかなさ。それから後は来春までずっと地中ですごすという慎ましさ。そのような野の花を、スプリング・エフェメラル(春の妖精)と呼ぶそうですが、アズマイチゲを見るとまさにその通りだと思わざるをえません。
 そのほかにも、スミレやヤマエンゴサク、ヒトリシズカ、ハシリドコロといった花が咲いていて、足元から目が離せません。この先、ワダソウやシロバナエンレイソウ、クリンソウなどの花々が咲き、来月下旬にはヤマツツジが全山を彩ってくれるはずです。これからのふた月ほどは、平尾山がもっとも輝く季節といってよいでしょう。
 山麓ではいま桜が満開。山裾の果樹園では桃やプルーンの花も咲き始めています。1時間強で登れる小さな里山ながら、山頂からの眺望も含め、これほど魅力的な山はなく、リピーターが増加しているのもむべなるかなです。ポン太の平尾山通いもやめられません。

 登山口となるパラダスキー場ゲレンデ下の駐車場のまわりは、春の花が溢れていました。 
平尾山公園駐車場の桜とチューリップ.JPG
 平尾山公園の森も芽吹が進み、鮮やかな緑色に変わってきました。
緑のベール、平尾ヤマ公園.JPG
 平尾山の山中も薄緑のベールをかけたようになりました。
薄緑のベール.JPG
 ウグイスカグラの小さな花が咲いています。
ウグイスカグラ/平尾山.JPG
 白樺の森です。白樺自体の芽吹きはまだこれからですが、周辺の木々が芽吹いて、よい雰囲気になってきました。
白樺林.JPG
 登山道脇に水仙が咲いていました。おそらく平尾山を愛するどなたかが植えたものと思われます。
山中の水仙.JPG
 登山道の脇にはスミレがたくさん咲いていますが、スミレは種類が多いので、ポン太には正確な名前はわかりません。これはタチツボスミレでしょうか。
タチツボスミレ?.JPG
 こちらは葉が三角形のスミレです。調べてみると、スミレサイシンが該当するように思うのですが、はっきりしたことはわかりません。
スミレサイシン?.JPG
 こちらは色の濃いスミレです。これもタチツボスミレの一種でしょうか。
色の濃いスミレ.JPG
 この面白い形をした花は、ヤマエンゴサクです。これもスプリング・エフェメラルの一種とか。
ヤマエンゴサク.JPG
 ヒトリシズカも咲き始めていました。
ヒトリシズカ.JPG
 こちらはハシリドコロ。アルカロイドを含む有毒植物で、誤食すると大変なことになります。
ハシリドコロ.JPG
 スプリング・エフェメラルの主役登場です。まさに森に舞い降りた妖精のようなアズマイチゲです。
登山道脇のアズマイチゲ.JPG
 気品のあるこの姿。最近の平尾山では、嬉しいことにその数が増えつつあります。
アズマイチゲの花.JPG
 森の中で緑の群落を形成しているのは、夏に見事な花を咲かせるキツネノカミソリです。
キツネノカミソリ.JPG
 龍神池のまわりの水仙は、盛りは過ぎたものの、まだきれいに咲いていました。
龍神池の水仙.JPG
 雪が消えたゲレンデにはオオイヌノフグリが咲いています。あまりに小さな花で、ありふれてもいるので、注目度は低いのですが、近寄ってみればなかなかの美形です。
オオイヌノフグリ.JPG
 ゲレンデ脇では桜とハナモモがコラボしていました。
桜とハナモモ.JPG
 山麓一帯は桜が真っ盛り。
平尾の桜.JPG
 平尾山を山号とする守芳院のまわりも桜が咲いていて、山寺らしい風情を感じます。
守芳院の桜.JPG
 山麓の果樹園では桃の花が咲きはじめました。山麓もまた魅力いっぱいの春の平尾山です。
桃の花.JPG




 

花よりチョコレート? -桜前線わが家に接近す-

 今年の桜は足がはやいのです。数日前、わが家からみれば、かなり標高の低いエリアである上田城や松代城で、満開の桜を楽しんだばかりですが、あっという間に浅間山麓も桜の季節となりました。標高1000m近い追分の水辺(御影用水)周辺でも桜が咲き始め、中山道を少し下ったあたりや、御代田駅周辺の公園ではすでに満開です。かつての御代田町で桜名所といえば、シチズン工場前の通り、通称シチズン通りがナンバーワンでした。しかし、10年ほど前に、道路整備に伴いすべて伐採されてしまいました。それでも、道路際の工場敷地内にはたくさんの桜が咲いており、その名残を感じることができます。
 そのシチズン通り沿いには、レーマンチョコレートの軽井沢工場(所在地は御代田町)もあり、時折、工場直販のガレージセールが催されていることは承知しておりました。しかし、その告知が、工場前の小さな立札のみでしたので、これまで事前に日時を確認することができず、一度も出かけたことはありませんでした。ところが今年はなんと、新聞の折り込み広告で、そのお知らせが届いたのです。これはチャンスとばかり足を運んでみました。開始時刻の10時に工場に着いたのですが、すでに長蛇の列。係の人の話では、前回は来客が少なく午後などは誰もいなかったいうことですから、広告恐るべしです。
 チョコレートにさほど関心があるわけではないのですが、麦チョコの発祥地がこのレーマンであるとか、ディズニーランドのお土産はここでつくられているといった話を聞くと、思わず手がでてしまいました。これはいかん、また太ってしまうではないか。花よりチョコレートとならないように気をつけねばと思いつつ、膨らんだ袋を手に、工場を後にしたポン太でした。
 ちなみに、次回のガレージセールは、5月7日(10:00~)です。

 わが家の近くでも桜が咲き始めました。
畑と桜.JPG
 追分の水辺周辺でも、桜が咲いている家が目立つようになりました。
別荘地の桜.JPG
 水辺にも桜が、と思ったら、これは梅でした。梅も桜も一緒というのは高冷地ならではです。
水辺の梅.JPG
 開拓集落の立派な枝垂れ桜も開花しました。
開拓集落のしだれ.JPG
 開拓碑の立つ公民館の桜は5分咲きといったところでしょうか。
開拓碑.JPG
 住宅地のそこかしこに桜が咲いていて、気分良く歩くことができます。
住宅地の桜.JPG
 ケンケンというキジの鳴き声をしばしば聞くようになりました。中には、このように目の前に飛び出してくるキジもいます。顔の赤い色が目立つのは、繁殖期の証拠だそうです。
キジ.JPG
 桜は見えなくても、いたるところに春の雰囲気が感じられます。
春の畑.JPG
 こちらは中山道です。山神大山神社付近の桜が、今年も綺麗に咲きました。
山神大山神社付近の中山道と桜.JPG
 中山道一里塚の桜です。樹勢が衰え、枯れてしまうのではないかと心配しておりましたが、古い枝を切り落とすなど手が加えられ、形は小さくなったものの、立派に花を咲かせています。
一里塚の桜.JPG
 こちらは以前の一里塚の桜です。
御代田一里塚の桜.JPG
 龍神の杜公園の桜は、すでに満開です。ここをメイン会場とする「龍神まつり」は、コロナ禍で二年連続中止となっています。今年は、なんとか開催できるとよいのですが・・・。
竜神の杜.JPG
 ここがシチズン通りです。
シチズン通り.JPG
 10年前のシチズン通りは、このような桜並木でした。
シチズン通り名残の桜.JPG
 ここがレーマンチョコレート軽井沢工場の入口です。ガレージセールの大きな表示がでていました。
ガレージセール.JPG
 工場の前はすでにクルマでいっぱい。歩いて行って大正解でした。
レーマン.JPG
 ガレージセールの会場前には、こんな長蛇の列ができていました。
長蛇.JPG
 入口では、ルーレットによる運試しも。記載されているグラム数のどこに針が止まるかで、ゲットできるお菓子の量が決まるというもの。500円で2回チャレンジできるというのでやってみました。
ルーレット.JPG
 ルーレットの分と会場内で購入した分とで、これだけ持ち帰りました。食べた分だけウォーキングに励む必要がありそうです。
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真田の城は桜花爛漫-上田城・松代城・真田本城-

 いよいよ信州にも桜の季節が到来しました。このところ気温の高い日が続いたこともあり、開花から僅か2日で満開になったところもあります。今年の桜はパッと咲いてパッと散る、すなわち見頃の期間が短いようなので、見逃さないためには、せっせと歩き回らねばなりません。東信地方では、現在、上田から小諸あたりが見頃になっていますが、佐久平周辺でも開花が進んでいます。来週半ば過ぎには、浅間山麓のわが家のまわりでも、満開の桜を楽しむことができそうです。
 さて、今年の信州のお花見第一弾に選んだのは、上田城です。この桜を見ないことには信州の春は始まらないといっても過言ではなく、毎年訪れている定番中の定番です。上田城といえば徳川の大軍を二度も撃退した真田の城として有名ですが、関ヶ原合戦後、東軍についた長男の真田信之が上田藩主となったものの、上田城自体は破却を命じられました。城が再建されたのは仙石忠政が藩主となってからです。信之は元和8年(1622年)に松代に移封され、以後幕末まで、松代城(海津城)が真田(松代藩10万石)の城でした。今年はその松代移封からちょうど400年という節目の年です。松代城跡の桜も見頃ということでしたので、そちらへも出かけてみることにしました。また、真田一族発祥の地である真田の郷(上田市真田地区)の桜も眺めてみようと、真田本城跡まで足を運びました。
 真田一族ゆかりの地の桜巡りというわけですが、いずれの地もまさに桜花爛漫。真田本城跡で出会った東京から来たという老婦人が、こんなに美しく妖艶な桜は見たことがないと話していました。妖艶かどうかはわかりませんが、歴史のロマンを感じさせる場所で見る桜はやはりひと味違います。

 まずは上田城へ。天下の名城だけあって、いつきてもすばらしい眺めです。
上田城の桜.JPG
 真田の時代には、ここを千曲川が流れていたということですが、今は桜を眺めるのにちょうどよい場所です。
尼が縁と上田城.JPG
 お堀端の桜は盛りを過ぎ、水面には花筏が浮かんでいました。
上田城のお堀と桜.JPG
 櫓のすぐ前の枝垂れ桜はすでに葉桜になっていましたが、ソメイヨシノは満開でした。
桜と櫓.JPG
 六文銭(六連銭)の旗が見え、いかにも真田の城という雰囲気です。
六文銭の旗.JPG
 本丸のまわりも桜がいっぱい。保育園児たちが何組もお花見に来ていました。
園児も花見.JPG
 全員白いアオザイを纏ってのお花見。ベトナムの方々でしょうか。
アオザイのお花見.JPG
 桜以外の花も咲いています。ここではツツジ(吉野)と桜がコラボしていました。
ツツジ「吉野」と櫓.JPG
 花壇の花もたくさん咲いていて、春らしい雰囲気です。
百花繚乱.JPG
 石垣と桜はよく似合います。背景に見える山は、しばしばお世話になっている太郎山です。
桜と石垣と太郎山.JPG
 今年は露天商の屋台が並んでいました。コロナ禍になって以来、久々に見る風景です。
久々に並んだ屋台.JPG

 さて、次は松代城です。現在残っているのは本丸の部分のみ。太鼓門、堀、石垣、土塁などは2004年に復元されたものです。入口もこんなに立派に整備されていました。
松代城本丸跡.JPG
 この橋を渡り、本丸へと入って行きます。
松代城のお堀と門.JPG
 本丸の中は桜の園です。
本丸の桜.JPG
 城址の裏側(千曲川側)はのどかな感じです。後方に見えるのは、ポン太も何度か登っている尼厳(あまかざり)山です。
本丸の石垣とあまかあり.JPG
 お母さんと子供たちが、石垣の下でお花見を楽しんでいました。
城下のお花見.JPG
 お堀端も春らしい眺めです。
花いかだ.JPG
 ここもよい雰囲気です。右手奥の山は、昨年の暮れに登った奇妙山です。
尼かざりと奇妙山を背に.JPG
 別の角度からみた松代城址です。
石垣と桜.JPG

 真田一族発祥の地にやってきました。まずは、真田幸隆・昌幸の墓所である長谷寺(ちょうこくじ)から。
長谷寺と石段.JPG
 名物の枝垂れ桜は、まだ満開にはなっていませんでした。
長谷寺のしだれ.JPG
 こちらは真田本城です。上田城築城以前に真田氏が拠点としていた山城です。
真田本城.JPG
 桜の右奥が真田本城の中心部分です。
上田本城の桜.JPG
 標高895mの山の上(細長い尾根)に築かれた城で、このあたりが本郭です。ここには桜はありません。
本郭.JPG
 二の郭では枝垂れ桜がみごとに咲いていました。
すばらしい枝垂れ.JPG
 枝垂れ桜の花の間から、真田の郷が見渡せます。
二の郭と桜.JPG
 こちらはその反対側、菅平方面です。四阿山(右)と根子岳(左)を眺めることができます。
真田本城からみた菅平.JPG
 上田方面の眺めです。いずれは彼の地へと、ここから「野心」を膨らませたのでしょうか。それにしても、のどかで良い眺めです。
本城から上田市街地方面.JPG

コブシ開花、家庭菜園始動

 10日前の雪景色がウソのような陽気です。今日は昼前に気温が20度を超えました。わが家の森では、コブシが咲き始め、ご近所では梅が咲いているところもあります。庭の片隅では水仙の花が開きはじめました。花壇のチューリップもだいぶ大きくなり、花芽が少し顔を出している株もあります。
 いつもこの時季に始動させるのが家庭菜園です。あまりに小さな菜園なので、「1坪菜園」と呼んでいるのですが、先日、実際に測ってみましたら、2.5坪ありました。それでもミニ菜園であることに変わりはありません。昔からの畑ではなく、元は原野であった庭の一部ですから、菜園として利用できる状態にするのは、それなりに大変でした。雑草や木の根を取り除き、浅間の焼け石を掘り出すだけでも一苦労です。畑の形はできても、焼け石が風化した砂まじりの土は保水力がなく栄養分もありません。腐葉土を入れ、牛糞堆肥や下水処理後の汚泥を処理した堆肥を入れ、台所の生ゴミを入れ、さらにはホームセンターで売っている野菜用の土を混ぜるなどして、なんとか、今の状態までつくりあげたわけです。このような土地に、重機もない時代に入植した開拓民の苦労は並大抵のものではなかったでしょう。浅間山麓一帯に広がる美しいレタス畑を見る度に、先人の努力に頭が下がります。
 さて、わが菜園で最初に植えるのは、寒さに強いレタスと決まっており、3月末に、例年より3日ほどはやく植えました。その次がジャガイモで、本日、ノーザンルビーという種類のジャガイモを植えました。うまく行けば、レタスは5月下旬に、ジャガイモは7月下旬には収穫できるはず。たとえコストパフォーマンスは悪くても、自分で育てた作物の味は格別です。育っていく過程を見るのも楽しみなので、一度始めたらやめるわけにはいかないのが家庭菜園なのです。

 わが家で一番最初に咲く春告げ花は、このダンコウバイです。まだ斜面に雪の残る4月2日に開花しました。
ダンコウバイ咲く.JPG
 それに次ぐのがコブシです。「北国の春」の歌詞に、「コブシ咲くあの丘、北国のあゝ北国の春」とあるように、コブシが咲くと本当に春が来たことを実感します。
コブシ咲く.JPG
 ご近所の梅も咲き始めました。
ume.JPG
 水仙が咲きかけています。あと一息です。
水仙.JPG
 森の中ではギョウジャニンニクが大きくなっていました。去年より株が増えたような気がします。
ギョウジャニンニク.JPG 
 枯れ葉の下からルバーブが顔を出しました。大きく育てば、その茎をジャムにすることができます。
ルバーブ.JPG
 菜園を始動する季節となりました。こちらはジャガイモを植え付けるために準備した区画です。これで0.8坪です。
土づりが終わった「第一菜園}.JPG
 今年も昨年同様、北海道で開発されたノーザンルビーという品種を植え付けることにしました。購入したタネいもがこれです。
ノーザンルビー種芋.JPG
 芽の部分が双方に残るように半分に切りました。皮だけでなく中まで赤いジャガイモです。
ノーザンルビーの赤肉.JPG
 切り口に草木灰をつけます。
草木灰でまぶす.JPG
 20㎝ほどの深さの穴を掘り、その中へ植え付けました。
植え付け.JPG
 穴に入れたのは全部で24個。この後、土を被せて植え付け完了です。
植え付け後.JPG
 ジャガイモよりも2週間はやく植えたのがレタスです。
植えたばかりのレタス.JPG
 植えた直後、氷点下5度という寒波が来て、ひやひやしましたが、夜間にビニールシートを被せることで、乗り切ることができました。
レタス.JPG
 こちらはプロのレタス畑です。ポン太も真似して、黒のマルチシートを使用しました。さすがに、プロの畑はスケールが違いますし、整然としていて見栄えもよく、まるでアートのようです。
プロのレタス畑.JPG

お花見は小さな城下町から-上州・小幡-

 テレビで、東京周辺の満開の桜の映像を見ると、その美しさに心が躍ります。されど当地(浅間山麓)で桜が咲くのはまだ半月以上先。それまでただ待つだけというのでは気が済まず、今咲いている場所へこちらから出向いて、今年最初のお花見を楽しみたいと考えました。近場ですでに桜が咲いていそうなところといえば、碓氷峠を下った先の群馬県です。以前雑誌で見て、一度は訪ねてみたいと思っていた、甘楽郡甘楽町の小幡という小さな城下町へ出かけてみました。どこにある町なのか、ピンとこない方が多いと思いますが、世界遺産、富岡製糸場の南東4キロほどのところといえば、およその位置はおわかりいただけると思います。
 小幡藩は石高2万石という小さな藩でしたが、初代藩主はなんとあの織田信長の次男信雄(のぶかつ)。その後8代にわたり織田家が統治しました。それにしても、名門の織田家が、何故片田舎といってもよい西上州の小大名に甘んじることになってしまったのか。その経緯は大変興味深いものですが、話が長くなるのでここでは割愛します。
 小幡を訪れての第一印象は、美しく整備された町であったこと。なんといっても目をひいたのは、雄川(おがわ)から取水し、町中に張りめぐらされた用水路です。家臣と城下の家々の生活用水や灌漑用水として利用されていたそうですが、それを見ただけでも、織田家が町づくりに並々ならぬ力を注いだことがわかります。雄川堰(大堰)と呼ばれる水路沿いは見事な桜並木になっていて、満開の桜と背後の古い家並みがよくマッチし、今年最初のお花見に選んだ甲斐がありました。
 桜に大満足しただけではありません。武家屋敷の通りは広く立派で、2万石の城下町とは思えません。そして、藩主が住む小幡陣屋に隣接してつくられた「楽山園」という庭園の目を見張る大きさ。西上州の山々を借景とした雄大な大名庭園は、これまた小藩のものとは思えないもので、織田家の意地と誇りを感じたのでした。
 ここは、天下人の座を守ることができなかった織田家がつくりあげた、小さな天下(別天地)かもしれない。そんな気がした城下町小幡のお花見でした。

 まずは雄川堰(おがわぜき)沿いの桜から
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 雄川堰は、古くから生活・灌漑用水として利用されており、土木学会の「推奨土木遺産」や「世界灌漑施設遺産」に認定されています。
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 桜並木の前に並ぶ古い商家の建物も趣があります。
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 こちらは明治中期に建設されたという養蚕農家群です。
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 のどかでいつまでも歩いていたくなります。ほかに歩いている人がほとんどいないので、コロナ禍でも安心してお花見が楽しめました。
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 まさに春爛漫といった風景です。
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 こちらは織田家の守護神として建立されたという小幡八幡宮です。
小幡八幡宮.JPG
 その裏山の八幡山にも桜がたくさん咲いています。この風景をみれば登りたくなるのは当然です。
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 ここが登山口です。
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 何かを夢中で採っている人たちがいました。山菜のノビルだそうです。
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 この山では思いがけず、カタクリの群落に出会いました。桜に劣らずきれいです。
カタクリ.JPG
 山頂からの眺めは抜群。満開の桜が浅間山とコラボしています。
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 街並みの後方に見えるのは妙義山と浅間山です。
妙義山と浅間.JPG
 こちらは荒船山方面です。眼下に広がっているのが小幡の町ですが、ウォーキングにほどよい大きさであることがわかります。
八幡山からみた小幡.JPG
 さてここからは小幡の街中散策です。ここは、城下町の面影を色濃く残した中小路。いわば武家屋敷地区のメインストリートですが、幅が14mもあり、小藩とは思えないスケールです。
中小路.JPG
 こうした石垣も江戸時代以来のものだそうで、実によい雰囲気です。
江戸時代以来の武家屋敷の石積み.JPG
 これは「食い違い郭」。戦に備えたこうした構造にも、城下町らしさを感じます。
食い違い郭.JPG
 小幡陣屋の入口付近です。
小幡陣屋.JPG
 陣屋跡に隣接している「楽山園」です。西上州の山々を借景にしたこのスケール。県内唯一の大名庭園ということで、「国指定名勝」となっています。
山を借景にした楽山園.JPG
 このみごとな造形美。格式の高い織田家であれば、京都から一流の庭師を招くことも可能だったのではないかといわれています。
楽山園.JPG
 築山の上に建つ「梅の茶屋」からの眺めです。庭園の裏側は梅林になっていました。
東屋.JPG
 楽山園の池の水も雄川から取水した用水によるものだそうです。その雄川のほとりに設けられた遊歩道「せせらぎの道」も歩いてみました。
雄川の遊歩道.JPG
 これが「せせらぎの道」の途中の風景ですが、こちらの桜もなかなかのもの。お花見を楽しめる場所がたくさんあるのが小幡です。
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 最後に訪れたのは、小幡の町からは少し離れたところにある織田家縁の宝積寺。花の寺として知られているそうです。
宝積寺.JPG
 樹齢約150年といわれるしだれ桜が、みごとに咲いていました。一日でこれだけの桜を眺めることができたのですから、満足というほかありません。
宝積寺の枝垂れ桜.JPG

茶臼山(長野市)に登ってみた

 なぜか心惹かれ、何度も訪れてしまう場所というものがあります。そのひとつが、長野市中条地区(旧中条村)です。そこは、日本昔話にでてくるような雰囲気のザ・山里。山の斜面に立つ昔ながらのつくりの民家、美しい棚田、見渡す限り続く山並み、その上に顔を出している雪山、道路脇や田畑のまわりを彩る花、etc.・・・。それらが織りなすのどかな絶景とでもいいましょうか。雪解けを待って、今春もでかけてみました。
 旧中条村の風景を楽しんだ後、昨年から少々気になっていた山にも登ってみました。それは、昨秋孫を連れて訪れた茶臼山恐竜公園の後方に聳える茶臼山です。川中島合戦の折、武田信玄が陣取ったとされる山であり、また長期にわたり地すべりを繰り返してきた怖い山でもあります。標高僅か730mの里山ですが、一度は登ってみる価値があると考えました。恐竜公園の入口から歩き始め、植物園を縦断し、茶臼山へ続く尾根へ、というルートで登りました。山頂までの所要時間は1時間強、コースの4分の3は、植物園内という、楽ちんな山歩きでしたが、植物園内の花々や地滑り地形など見どころは多く、登った甲斐がありました。低山とはいえ、これが、今年最初の未踏峰登頂です。今年はいくつ未知なる山の頂を踏むことができるかわかりませんが、ゼロでないことだけは確定したので、ちょっとばかり嬉しい気分になりました。

何度訪れても見とれてしまう、旧中条村の山里の風景です。
山姥の里.JPG
 今年は雪が遅くまで残っていたせいか、季節の進み方が少し遅いようです。このあたりの土手を彩る花々はまだ咲いていません。
旧中条村.JPG
 それでも春の訪れを感じさせるこの風景。
春が来た.JPG
 咲いているのは、まだ小さな花だけですが、間違いなく春です。
春の山里.JPG

 さて、ここからは茶臼山の山歩きです。恐竜公園の上部からスタートしましたが、今回は孫連れではないので、恐竜はパスして植物園へと急ぎました。
恐竜.JPG
 なんと「クマ出没注意のお知らせ」が。えっ、今年の2月24日? そんなにはやく、冬眠から覚めた熊が動き回っていたとは。
直近熊出没.JPG
 植物園は広大で、高低差も大きいのですが、ほぼ全体が地すべりの跡地で、こんな掲示がありました。
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 不動島という場所がありましたが、ここは地すべりの影響を受けず、島のように残った不動の地というわけです。
不動島.JPG
 ここは、全国植樹祭(67回)が行われた場所です。
植樹祭会場.JPG
 この場所からは、川中島合戦の折、上杉謙信が布陣したという妻女山が良く見えます。上杉軍の動きをつかむには絶好の場所であり、武田信玄がここに陣取った理由がわかるような気がします。
茶臼山から妻女山を望むのコピー.jpg
 植物園の中ほどにある「冒険の森」です。長い滑り台やアスレチック遊具が設置されていました。
冒険の森.JPG
 ここからの展望もすばらしく、菅平方面(根子岳等)がよく見えます。
根子岳遠望.JPG
 植物園内からみた茶臼山です。
植物園からみた茶臼山.JPG
 植物園ですからあたりまえですが、花もきれいです。クリスマスローズが満開でした。
クリスマスローズ.JPG
 クロッカスの花が、まるでばらまかれたように、一面に咲いていた緩傾斜地がありましたが、そこも地すべりの跡でした。
クロッカスの原.JPG
 この扉を開けて植物園の外にでました。
植物園から山道へ.JPG
 地すべりの防止対策でしょうか、こんなにたくさんの水抜きパイプが並んでいました。
水抜き.JPG
 このような観測孔がいたるところに設置されています。
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 ここからいよいよ山道に入ります。
山道入口.JPG
 斜面にはいたるところ土留めの措置が施されています。怖い山です。
崩壊止め.JPG
 いかにも里山らしい雰囲気の道を登っていきます。
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 ここが標高730mの頂上です。残念ながら展望はありません。
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 立派な三等三角点が迎えてくれました。
三等三角点.JPG
 長野市のトレッキングガイドの一部です。赤の破線で示したところが、今回の山歩きルートです。
茶臼山.jpg

春の雪

 お彼岸の墓参にでかけた際に、古巣の多摩丘陵エリアを少し歩いてみました。梅の花はすでに盛りを過ぎていましたが、コブシがちょうど満開。公園の土手には、レンギョウの黄色い花やボケの赤い花が目立ちました。丘陵の日当たりのよい斜面には、菜の花やスノーフレーク、ハナニラといった花々が咲いており、まだ春の兆しが見え始めたばかりの浅間山麓とは大違いです。暖かな日差しの中で、一足も二足もはやい春を味わうことができました。
 ところが、墓参からもどると天気は激変。春分の日の翌日には、一日中雪が降り続き、庭も森も菜園も白一色の冬景色に逆戻りしてしまいました。芽がでたばかりのチューリップも今は雪の下です。
 前回のブログで「春がきた」と記した気分は吹っ飛んでしまい、気まぐれな季節の移ろいに驚きを禁じえません。しかし、降り積もった雪を踏んで、散歩に出かけてみると、森や水辺は再びクリスマスカードのような美しい景色に変身しており、浅間山麓には雪景色がよく似合うと、改めて思いました。平尾山にも出かけてみましたが、アイゼンをつけて白銀の道を登ることの、なんともいえぬ嬉しさ。
 目の前の景色は冬のようでも、日差しは強く、気温はどんどん上昇しています。この雪も、数日内には幻のごとく消えてしまうことでしょう。本格的な春の訪れを前に、天が与えてくれた名残の雪景色。そう解すれば、足が濡れることなど気にせずに、歩き回るしかありません。

 こちらはお彼岸の多摩丘陵。こんな風景をみれば春を実感します。
菜の花と春の花々.JPG
 階段脇に咲いているのは、スノーフレークでしょうか。
スノーフレーク(スズランスイセン).JPG
 ハナニラも綺麗に咲いていました。
ハナニラ.JPG
 誰かが植えたものが野性化したのか、ルリムスカリの姿もみえます。
ルリムスカリ.JPG
 丘陵のサミットには、絹商人たちが建立した道了堂跡がありますが、そこも春の空気に包まれていました。
道了堂跡.JPG
 道了堂の階段下に、真新しい標識が立っていました。この前を通る「絹の道」が、日本遺産「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都物語~」の構成文化財であると記されています。ちなみに、桑都とは八王子のことです。
道了堂下の新しい「日本遺産」標識.JPG
 これが、かつてはポン太の散歩道でもあった「絹の道」(浜街道)です。まるで新緑のように見えます。
絹の道と竹林.JPG
 住宅街の庭にも、いろいろな花が咲いていて、春の雰囲気が漂っていました。
花が咲く住宅街.JPG
 子供たちが小さかった頃、よく遊んでいた公園脇では、ボケが満開です。
ボケ.JPG
 その隣にはレンギョウも咲いていました。浅間山麓でレンギョウが咲くのはまだ一ヶ月先です。
レンギョウ.JPG
 すっかり春の気分に酔って浅間山麓に帰宅しましたが、その翌朝、窓の外を見ると、このとおりの雪景色に。
春の雪、わが家.JPG
 ご近所の集落も雪だらけです。
雪に埋まったわが町.JPG
 春分の日を過ぎたのに、こんな凍結路が出現するとは。
凍結路.JPG
 森の中の散歩道も雪で埋まりました。
森の散歩道も雪道に.JPG
 凝った意匠の新築別荘に氷柱が下がり、風情が増した感じがします。
氷柱のできた屋根.JPG
 開拓集落の生け垣にできた大きな氷柱です。
氷柱の生け垣.JPG
 雪化粧した水辺は本当にきれいです。これが今季最後の雪景色となる可能性大です。
雪景色となった水辺.JPG
 平尾山も雪山にもどりました。まさか里山で再びアイゼンの出番があるとは思いませんでした。
雪の登山路.JPG
 雪の山頂です。
山頂.JPG
 雪化粧し直した浅間山です。
浅間も冬に逆戻り.JPG
 雪の尾根歩きは、ちょっと嬉しい気分です。
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 竜神池の雪景色です。真冬なら凍結していますが、そうでないところが春の証です。
竜神池の春の雪.JPG
 池の畔では、雪の中でスイセンが開花を待っていました。
雪と水仙.JPG

春がきた

 いよいよ春の彼岸入りです。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、先週まで窓の外を覗けばいつも目に入ってきた雪が、すべて消え失せ、ウインドブレーカーを1枚羽織るだけで、ウォーキングへでかけることができるようになりました。
 土の中からチューリップが可愛らしい芽を出し、ダンコウバイの蕾もふくらんでいます。雪の下で萎びたようになっていたビオラが、元気を取り戻しました。今まで凍土と化していたわが菜園も、土起こしができるようになり、来週はレタスの植え付け準備に入ることになりそうです。
 いつもの水辺(御影用水)の土手に、オオイヌノフグリの小さな花がたくさん咲いているのを見つけました。民家の庭先では、福寿草の黄金色の花が日の光を浴びて輝いており、春がきたことを実感させてくれます。
 平尾山にも登ってみましたが、もうアイゼンの出番はありませんでした。山頂からの展望は、霞がかかったような状態で、すっきりはしません。しかし、それこそが春の証ですから、気分が悪いはずはありません。
 いつも通りにやってきた春。いつも通りの高揚感。されど、いつも通りの春を迎えることができないウクライナの人々は、どれだけ切ない思いをしていることか。平尾山山頂には、誰が掲げたのか、ウクライナ国旗が翻っていました。
 いかなる理由があろうとも、普通の人々の普通の営みを破壊してしまう戦争は悪に決まっています。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と謳った、日本国憲法の崇高な理念が、世界中の指導者に届き、共有される日がくることを願いたいものです。

 雪が消えた土の中から、ちょっとだけ顔を出したチューリップの芽です。
チューリップ.JPG
 待ってましたとばかり元気になったビオラです。雪の下でもこんな花を維持していたのですから、寒さにはめっぽう強いことがわかります。
ビオラ.JPG
 水辺の風景も変わりました。小さな花を咲かせているのはオオイヌノフグリです。
オオイヌノフグリ.JPG
 こちらのお庭には福寿草が咲いていました。
福寿草.JPG
 平尾山の竜神池です。ついこの間までガチガチに凍結していたのがウソのようです。 
竜神池.JPG
 雪で埋まっていた谷もこのとおりです。登山道にも雪はありません。
雪の消えた登山道.JPG
 山頂にウクライナ国旗が掲げられていました。背後の佐久平が霞んでいます。
山頂のウクライナ国旗.JPG
 蓼科の雪も少なくなったようです。眼下の長野牧場には緑が目立つようになりました。
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 北アルプスも霞んで見えます。
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 浅間山も同様です。
春霞の浅間.JPG
 パラダスキー場の南ゲレンデも雪解けが進みすでに営業は終了。下山時に横断することができました。
雪解けのゲレンデ.JPG
 こんな車両の出番もなくなったようです。車体のXマークはなんでしょうか。時節柄、Zだったらぎくっとします。
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「フットパス」は招く

 いつもは曲がったことのない角を曲がるだけで、旅が始まる。そんな趣旨の文章をどこかで読んだような気がしますが、先日、それに近い体験をしました。「御代田フットパス」というパンフレット(地図)を入手したのがきっかけです。
 「フットパス」(foot path)とは耳慣れない言葉ですが、調べてみると、イギリス起原の言葉で、地域に昔からあるありのままの風景のなかを歩ける小径のことだそうです。ポン太は毎日のように、地域の「ありのままの風景」の中を歩き回っていますから、言葉は知らなくても、ずいぶん昔から「フットパス」に目をつけていたことになります。入手したパンフレットには、御代田町の湯川左岸の3コースが地図つきで紹介されており、これには大いに食指が動きました。これまで、一度も歩いたことのない道だったからです
パンフレットの中のAコース「太古のロマンと故郷の水辺」を歩いてみました。それは豊昇(ほうしょう)という湯川の南側に広がる地域を一周するルートでした。適度な高低差があり、おどろくほど変化に富んだ景観を楽しむことができました。家からそれほど離れていないにもかかわらず、こんなところがあったのだという驚き。旅に出た時のようなワクワク感を味わうことができたのです。
 曲がったことのない角は曲がってみるべきですし、歩いたことのない道には積極的に足を踏み入れるべきです。フットパスは、いたるところに潜んでいます。季節は春。昔からある、心に染みる風景との出会いを求めて、ますますウォーキング的散歩に出たくなりました。

 今回歩いたコースの起点となったのがここ広戸橋。優美なローゼ橋(アーチ橋の一種)ですが、鉄筋コンクリートローゼ橋を世界で初めて設計し実用化したのは、長野県技師中島武であった由。そのため、長野県に集中して存在しており、御代田町にも、このほかにもう1橋、「面替橋」があります。
ローゼ橋の広戸橋.JPG
 親柱に昭和30年5月竣工とあります。レトロでよい雰囲気の橋です。
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 下を流れる湯川はなかなかの清流で、ここから下流は「渓流釣り特別遊漁場」となっています。
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 橋のたもとに「豊昇ふるさと公園」があり、駐車場も設けられています。そこに設置されているボックスの中に「フットパス御代田」のパンフレットがあります。これは「豊昇ふるさと公園」の案内板ですが、その由来がとても面白く、えーそうなの、と驚いてしまいました。
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 歩き出して間もなく、湯川沿いで見かけたのがこの看板。「頭首工」の工事っていったい何? 調べてみると、用水の取水施設のことでした。犬も歩けば棒にあたるどころか、人が歩けば勉強になることがいっぱいです。
頭首工.JPG
 湯川から取水した平尾用水です。原形は江戸時代に人力でつくられたものだそうですが、途中には隧道もあり、江戸時代の人々の努力には頭が下がります。
平尾用水.JPG
 湯川の対岸には、目を見張る大岩壁があります。この上にかつては山城があったそうです。
広戸城跡.JPG
 豊昇の集落へむかう途中、古びた石碑があり、そこには安永癸巳二年の文字が記されていました。西暦では1773年、江戸中期です。別の面に「奉納」という文字がありましたから、寺社へ何かを奉納した際に建てられたものではないでしょうか。この石碑建立の10年後が天明3年で、浅間山大噴火の年になります。あの大噴火を見届けた石碑かと思うと、よくぞ残っていてくれましたね、と言いたくなります。
安永の石碑.JPG
 その近くにあるのが老人ホーム「豊昇園」。そこは廃校となった伍賀小学校の跡地でした。伍賀というのは、合併して御代田町になる前の村名です。
伍賀小学校跡の老人施設.JPG
 「森泉の山深く、湯川のせせらぎ清し・・・星霜まさに65年・・」と記された沿革史の碑がありました。学校の創立はなんと明治8年だそうです。このような草深い地にも学び舎を建て、地域の子供たちの教育に尽力した先人たちのことを思うと、よそ者にすぎないポン太でも感慨深いものがあります。
小学校歌碑.JPG
 かつては賑わったであろう酒店などのある一角です。
中心集落.JPG
 集落を抜けて南側の山中へ入って行きました。おやっ、こんな看板をみつけました。肝心の出没する動物名が抜けていて気になります。シカ?それともイノシシ?
わな.JPG
 しばらく進むと「宮平遺跡入口」の標識があり、そこを入っていくと急に広々した台地状のところに出ました。後方に見えるのは平尾山ですが、いつも見る姿とは違って見えました。
山の畑と平尾山.JPG
 ここが宮平遺跡です。
宮平遺跡.JPG
 これが遺跡の説明板ですが、ここは湯川水系でも中心的な縄文の村だったようです。出土品のいくつかは、御代田町の浅間縄文ミュージアムに展示されているということなので、改めて見学したくなりました。
宮平遺跡説明板.JPG
 湯川沿いを通っているだけでは、こんな景色があることは思いもよりません。
宮平遺跡跡をいく.JPG
 落葉松越しに浅間山が見えます。縄文人たちも、作業の合間に浅間山を眺めていたのでしょうか。
木々の上には浅間山.JPG
 スタート地点へもどる途中にも、浅間山がよく見える場所があり、「浅間八景」の標識が立っていました。
浅間八景.JPG
 これが、「御代田フットパス」に掲載されていた3コース中の今回歩いたコースです。
フットパス御代田001.jpg

飯綱山と富士山

 小諸市に飯綱山という小高い丘があり、その一帯は飯綱山公園として整備されています。その名は知らなくても、小諸高原美術館の所在地と聞けば、見当がつく方が多いのではないでしょうか。展望も雰囲気もよい場所で、美術館の企画展には何度も出かけたことがあります。しかし、飯綱山公園の北西端にある富士見城址まで足をのばしたことはありませんでした。美術館から尾根伝いに進めば容易に到達することができるのですが、ウォーキングとしては物足りないような気がしたからです。しかし、改めて地図を眺めたところ、南側の山麓から富士見城址に至る遊歩道があることがわかりました。高低差が130mほどあり、これならちょっとした山歩きになります。遊歩道入口の駐車場の名が、「野鳥の森駐車場」であることにも魅力を感じ、出かけてみることにしました。
 遊歩道に入ってしばらくは階段の連続で、少々味気なさを感じたのですが、途中から、山腹を斜めに登る山道に入り、そこから先は快適な里山歩きを楽しむことができました。富士見城(大室城)址には石垣や土塁、堀切が残っており、周囲の山々の展望も秀逸です。桜の木もありましたから、お花見も楽しめそうです。一番の魅力は、その名のとおり、富士山を眺めることができること。この日は、目を凝らしてやっというレベルではありましたが、その姿を確認することができ、嬉しくなりました。
 ここ東信地方は、富士山から遠く離れているだけでなく、途中には大きな山も多いので、富士山を見ることのできる場所は限られます。飯綱山は、気軽に登れて展望が良く、満足度大の里山といえましょう。ポン太もリピーターになりそうな気がします。
 ちなみに、高原美術館の下に、ワイナリーやレストランを開設する計画があり、飯綱山公園は、今後の小諸市で最も注目度の高いスポットになるかもしれません。

北側の浅間サンラインからみた小諸高原美術館です。
小諸高原美術館と蓼科.JPG
これが飯綱山の全景で、右端(西側)が富士見城址です。この角度(北側)から見ると、高さ30~40mほどの小さな丘にしか見えませんが、南側の小諸市諸地区から眺めれば、高低差が150mほどある立派な「山」です。
北側からみた飯綱山.JPG
ここが飯綱山の南側遊歩道入口で、「野鳥の森駐車場」が設けられています。
野鳥の森駐車場.JPG
まずは、長い階段を登ります。
階段の道.JPG
途中から見下ろすとこんな感じです。
長い階段.JPG
200段登ったところに、こんな標識がありました。高原美術館まで、さらに238段登らなければならないようです。しかし、それでは面白くないので、ここからは標識の後ろに見えている、山道をたどることにしました。
階段標識.JPG
里山らしいなだらかな道でほっとします。
遊歩道へ.JPG
登るにしたがって展望がよくなりました。遠方に見えるのは蓼科、手前は御牧ヶ原台地です。コロナ禍になる前はしばしばお世話になっていた、布引温泉「あぐりの湯」も見えます。
布引方面の眺め.JPG
前方に石垣と展望櫓が見えてきました。城跡らしい雰囲気です。
山頂近くの石垣.JPG
富士見城址に到着です。戦国時代の山城跡で、小諸城の支城としてつくられたものだということです。城址の核心部分は、「歴史の広場」という名で整備されていました。
富士見城址.JPG
高原美術館側から見た「歴史の広場」です。
歴史の広場入口.JPG
展望櫓からは360度の大展望を楽しむことができます。
展望櫓.JPG
北側はなだらかで、山というよりも丘といった感じです。浅間連峰の眺めもよく、暖かくなったら、気持ちのよいお昼寝スポットになりそうです。
城址から見た浅間連峰.JPG
浅間山の眺めも良好です。
浅間.JPG
西方には北アルプスを望むことができます。左下の道路は上信越自動車道です。
北アルプス.JPG
ここが、富士山を見ることができる場所です。「関東の富士見百景」という説明板が設置されていました。でもまてよ、小諸は長野県、長野県は中部地方ですから、どうして「関東の・・・」になるのでしょうね。「信州の富士見百景」を独自に選んでアピールすべきだと思うのですが・・。。
関東の富士見百景.JPG
富士山はどこかと目を凝らしてみました。この範囲の中に見えるはずなのですが、わかりますか。
金峯と富士.JPG
富士山のあたりを拡大してみました。これならどうでしょうか。ほんとうにうっすらとですが、富士の姿がみえませんか。
金峯の右に富士 (2)のコピー.jpg
赤い破線が今回たどったルートです。ゆっくり歩いても1時間かかりませんので、いつでも気軽に登ることができます。
飯縄山公園/小諸のコピー.jpg

「クマ注意」立札あれこれ

 春は名のみという状態がずっと続いておりましたが、さすがに三月に入ると気温がぐんと上がりました。雪解けが急速に進み、白一色だったわが家のまわりも、土が顔を出すようになりました。暖かくなると気になるのは、クマさんのこと。そろそろ冬眠から覚めて、動き回るはずですから、山歩きやウォーキングに出かける際には、遭遇しないように注意しなければなりません。
 以前のブログで、ワンちゃんの「ウ○チ」持ち帰りを促す立札についてとりあげましたが、それに次いで目にする機会が多いのが「クマ注意」の立札です。里山の入口や、山沿いの道路には、必ずと言ってよいほどそうした立札が立っています。これを単なる脅しとみてはいけません。信州の山には本当にクマが多いのです。山菜採りの季節になると、クマに襲われたというニュースが毎日のように流れます。
 「クマ注意」立札の多くは、文字だけのものですが、クマの絵が入っているものを見ると、製作者のちょっとした個性を感じます。ポン太流の解釈で読み解いてみることにしましょう。

 これが基本形でしょうか。シンプルでわかりやすく、目立ちます。
やはり熊注意.JPG
 これも、山ではよく見かけるタイプですが、このような表示が多い山は、本当にクマが出没する可能性が高く、気をつける必要があります。
クマに注意.JPG
 こちらは、いつ出没したのか、どんなことに注意すべきか書かれていて、親切といえば親切ですが、ちょっと読むのは大変です。このクマさんの絵、ツキノワグマであることがわかるような描き方をしており、軽井沢町の他の立札や看板にも使われています。もしかして軽井沢のクマさんのイメージキャラクター?
中山道にクマ出没.JPG
 同じクマさんの絵を用いた軽井沢町の別の場所の看板です。このクマさんには怖さを感じません。
P5250101.JPG
 こちらも軽井沢町のもの。クマさんに親しみすら感じさせるような気がします。この看板にも記されているように、軽井沢には、クマとの共生を旗印に活動しているピッキオというNPO法人があり、クマへのスタンスが、他の地域と少し違うように感じます。
熊注意.JPG
 こちらは小諸市でみかけたもの。それほど怖いという感じはしませんが、黄色でよく目立ち、クマに注意しようという気になります。
クマ看板.JPG
 これは、上田市の太郎山入口にあった立札。なんとなく穏やかなクマさんに見えますが、目撃情報の多い山ですから、油断はできません。
熊注意太郎山.JPG
 いつも登っている佐久市の平尾山登山道脇の立札です。体重のありそうな屈強なクマさんで、これはもう注意せざるを得ないと思わせる絵です。
平尾山入口のクマ看板.JPG
 こちらは同じ佐久市でも、虚空蔵山入口の立札。いろいろ見ている「クマ注意」立札の中で最強、いや凶暴なクマさん。あまりに怖すぎて、この山には近づかない方がよいと思ってしまう人がいるかもしれません。
怖すぎるクマ注意.JPG

雪山へGO!

 勇ましいタイトルを付けてしまいましたが、本格的雪山へ出かけたわけではありません。登ったのはいつもの里山、平尾山です。今年は雪がよく降り、里山といえどもかなりの積雪がありますので、しばらく山歩きは控えていました。しかし、ご無沙汰しすぎて、山の神様に見限られても困るので、意を決して出かけることにしたというわけです。
 予想どおり、登山口から山頂まで全部雪道で、ちょっとした雪山気分を味わうことができました。滑らないように足元に十分気を配る必要があり、所要時間はいつもの2割増し。エネルギー消費量も相当多くなったはずですが、気分は爽快で、余分に時間がかかったという意識はまったくありません。雪の斜面を歩き続けるというのは、いわば非日常の世界ですから、それが気分を高揚させてくれたのかもしれません。
 雪のあるこの時季に登る人は少ないのでは、と思ったのは大間違いでした。雪上にたくさんの足跡がついていただけでなく、顔見知りの登山者に何人も出会いました。平尾山が大好きで、雪があろうが無かろうが、登らずにはいられない人が多いのです。
 下山後、黒斑山(浅間山の第一外輪山)で遭難事故が発生したという情報を耳にしました。岩峰の「トーミの頭」から数百m滑落したそうです。毎年何度も登っている馴染みの山ですから、胸が痛みます。やはり、2000mを超える山の危険度は、里山とは比べものになりません。ポン太も冬季に登ったことがありますが、寒さが厳しいだけでなく風も強く、谷側へ足を滑らせたら即アウトですから、かなり緊張しました。
 平尾山は、高齢者であっても、安心して楽しめる「雪山」です。こんな山が近くにあって本当に良かったと、平尾山の常連さんたちも、そう思っているに違いありません。

麓の林道も雪に埋まっていました。
雪の林道.JPG
ここから本格的山歩きです。
クマ看板も雪の中.JPG
元気な先行者がいました。この方も平尾山の常連です。
先行する元気な登山者.JPG
雪の斜面は滑りやすく、それなりに消耗します。
雪の斜面.JPG
ここで小休止することが多い東屋ですが、そのまわりも雪だらけです。
雪の東屋.JPG
可愛い雪だるまが並んでいました。つくったのは、遊びごころのある登山者か、それとも子供?
可愛い造形.JPG
いつもは雪解けのはやい尾根道もご覧のとおりです。
尾根も雪道.JPG
ようやく山頂です。
山頂へ.JPG
ここにも立派な雪だるまがありました。皆さんそれぞれに「雪山」を楽しんでいるようです。
山頂の雪だるま.JPG
山頂からみた佐久平も白一色です。
山頂からみた真っ白な佐久平.JPG
こちらは軽井沢方面を見たところです。
雪の軽井沢方面.JPG
この足跡、だいぶ深くくい込んでおり、体重のある大きな動物のようです。カモシカではないでしょうか。
かもしかの足跡?.JPG
ここはきれいな霧氷が見られる場所ですが、今は雪また雪です。
霧氷ならぬ深い雪の尾根.JPG
信仰の対象になっている岩も雪に埋まっていました。
結界の岩.JPG
パラダスキー場南ゲレンデの上部です。最近はスキーよりもスノーボードをする人の方が圧倒的に多いようです。
ゲレンデ上部.JPG
「中コース」との合流地点です。このあたりは比較的広い谷ですが、いまは一面の雪です。
分岐.JPG
左に行けば降りてきたばかりの「郷愁の小径」コース、直進すれば「中コース」です。当初はそちらから降りてくる予定でしたが、雪が深そうなので変更しました。高齢者の登山はなんといっても安全第一です。
中コース分岐.JPG
ここは竜神の池です。結氷した上に雪が積もり、池には見えません。ここまで降りてくれば、もう安心。大満足の雪山歩きでした。
雪の明神池.JPG

氷柱(つらら)の美学

 このところ散歩中に氷柱(つらら)を見かけることが多くなりました。家やガレージのの軒下に、長いものでは1m以上の氷柱が下がっています。日光を浴びてキラキラと輝くその姿は、氷の芸術といってよいほどの美しさで、思わず見入ってしまうことがしばしばです。
 氷柱=極寒のイメージですが、寒いだけでは氷柱はできません。屋根に積もった雪が少し溶け、水滴となって落ちる際に寒気に晒されて氷結するわけですから、寒暖が交互に繰り返されないと成長しません。わが家も含め、浅間山麓の家の屋根には先日降った雪がまだかなり残っています。気温はといえば、日中はプラス2~3度、夜は氷点下5~6度といったところですから、まさに、氷柱ができやすい環境になっているわけです。どんな氷柱がみられるのか、ウォッチングの成果をご披露することにいたしましょう。
 氷柱といえば、佐久市には、知る人ぞ知る「春日の氷柱群」があります。先日、運転免許更新のため、佐久市望月の運転免許センターにでかけた際に立ち寄ることができましたので、それも一緒にご紹介することにします。

 まずはわが家のまわりの氷柱ウォッチングです。
 これはいわば氷柱の赤ちゃん。このレベルの氷柱はいたるところにあり、この先の「成長」が楽しみです。
つららの赤ちゃん.JPG
 新築間もないこちらのお宅でも氷柱が成長中です。
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 カーポートにも大きな氷柱ができています。クルマに乗る際は頭上に注意です。
カーポートのつらら.JPG
 これはまた長い長い氷柱。雨樋から下がっている鎖が芯になっているのでしょう。
長い長い氷柱 (2).JPG
 それほど長くはありませんが、絵になる氷柱です。
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 こんなベランダの氷柱も風情があります。
ベランダと氷柱.JPG
 屋根と氷柱がよくマッチしていて美景です。
美的氷柱.JPG
 これはもう「氷柱簾」ですね。
つらら簾かな.JPG
 リゾート施設の軒下にも立派な氷柱ができていました。
リゾート施設の氷柱.JPG
 こちらはアパート。ベランダの軒下がみごとな氷柱群になっていました。
アパートのみごとな氷柱.JPG
 うっかり顔をだしたりしたら危ないですね。
お子さん要注意のつらら.JPG
 わが家の氷柱も負けていません。なかなかのものじゃありませんか。
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 夕日を浴びて輝く姿は、まさに氷の芸術です。
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 さてこちらは佐久市の「春日の氷柱群」です。鹿曲川のほとりに氷柱の壁が100m以上続いています。地元の方の話では、最盛期は過ぎてしまっていて「今はたいしたことはない」とのこと。
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 川沿いの崖からにじみ出た水が凍ったものだそうですから、白糸の滝の氷バージョンといったところでしょうか。
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 これでも最盛期の半分ぐらいのスケールだということですから、一番良い時期にもう一度見てみたいものです。
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雪漫歩

 先日の南岸低気圧がもたらした雪は、首都圏では予想したほどの積雪とはならずに済んだようです。しかし、ここ浅間山麓では、久しぶりの大雪となり、わが家のまわりは今も白一色です。もちろん大雪とはいっても、豪雪地帯として知られる北信地方のようなレベルではなく、積雪はせいぜい30cm程度。多少の雪掻きは必要ですが、日常生活に支障が出るようなものではありません。
 雪化粧とはよくいったもので、雪に覆われると、どこもかしこも美しい景色に大変身。いつもは殺風景な空き地や耕作放棄地ですら、白一色の雪原に変わると、そこを舞台に何かが始まりそうなロマンを感じてしまいます。雪が止み、太陽が顔をのぞかせれば、まばゆいばかりの白銀劇場の開演です。家でじっとしているわけには行かず、足のむくまま気の向くままの雪漫歩へ。気がつくと、歩数計の数字が、あっという間に一万歩を越えていました。ポン太を魅了してやまない、わがホームグランドの雪景色をとくとご覧あれ。

 一夜明けたわが家の庭です。木々が綿帽子を被ったようになっていました。
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 ベランダから見た森もこのとおり白銀の世界に。以前ご紹介した霧氷とは違って、地面まで真っ白です。
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 近所の生活道路も雪で埋まり、仕事に出かける軽トラが、雪を蹴立てて通り抜けて行きました。
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 毎日目にしている道ですが、雪化粧するとこんなに綺麗です。
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 青空が見えてきたところで、雪漫歩に出かけました。まっすぐな白い道が続いていて嬉しい、そんな気分です。
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 中山道は、早期に除雪されたのか、路面に雪はありませんでしたが、樹木に残る雪は絵のような美しさでした。
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 森へ入れば、まだ誰も通っていないような道もあり、わくわくします。
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 見上げれば、木々の梢に残る雪と青空。どこまでも歩いて行きたくなります。
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 こちらは追分の別荘地エリアですが、最近は常住者が増えているせいか、除雪されていたり、クルマの轍が目立つところも少なくありません。
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 そうは言っても、人の気配がなく、静まりかえっているところが大半で、雪漫歩には最適です。戸締めの別荘をみると、こんなに綺麗な雪景色になっているのに、もったいないと思ってしまいます。
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 こちらは比較的最近できた別荘地ですが、すでに常住している人もいるようで、雪の上に足跡がたくさんありました。
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 綺麗な雪景色を見ながらの散歩ですから、ワンちゃんも大満足でしょう。
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 これはもう雪漫歩のためにあるような道です。
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 こちらの別荘も静まりかえっています。
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 四季を通じて目を楽しませてくれる水辺(御影用水)ですが、この風景をみれば雪景色が一番と言いたくなります。
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 対岸からの眺めも一変していました。
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 まるでクリスマスカードのような風景です。
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 橋を渡った先はテーマパークの入口? そんな気分になります。
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 全体を眺めてもこの美しさ。
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 水辺のこの足跡。これだけの跳躍力のある動物ってなんだ? 首をひねってしまいました。
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 散歩しがいのある雪道がいたるところにあります。
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 こんな日本家屋の雪景色も風情があります。
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 蓼科山のシルエットは変わりませんが、芝生が雪原と化したことで、どこか別の場所に来たような感じになりました。
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 遊休農地が雪原となり、こちらもまた、わが家の近くとは思えない景色となりました。 
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「NO ウ○コ」立札ウォッチング

 日々の生活の中で大きな息抜きとなっているものの1つが散歩です。ポン太は、健康維持を目的にひたすら歩くスポーツ的ウォーキングは好みません。興味をひくようなものがあれば立ち止まって眺め、場合によっては何だろうかと調べたくなります。されど歩く速度はそれなりに速い(たぶん)ので、「散歩的ウォーキング」というのが正確かもしれません。
 同じようなコースを歩いていても、案外気づかずに見過ごしているものが多いものです。最近ふと目にとまったのは、「NO POOP」という立札。POOPって何だろう?聞いたことのない単語です。家にもどって辞書でしらべてみると、なんと「ウ○コ」のことでした。発音は[púːp](プープ)で、米語の俗語とあります。犬に用をさせてそのまま立ち去る人への警告というわけです。気をつけて眺めて見ると、同趣旨の立札がいたるところに存在していました。タイプの違うもの、設置者の異なるものなどいろいろあります。面白くなってというのも変ですが、ついついそのような立札に目が行くようになってしまいました。
 「ウ○コ」を放置する、マナーの悪い飼い主がそんなにいるのかと思いつつ歩いていると、おっとありました。この時季ですから凍って石のようにこちこちになっていたので、踏んでも大丈夫?かもしれませんが、不快ではあります。家の周囲に、そのような落とし物があれば、立札を立てたくなる気持ちは理解できます。ものが「ウ○コ」だけに、飼い主が「ウンウン」と納得して持ち帰ってくれるような立札が望ましいわけですが、立ててみなければ効果はわかりません。これがホントの「ウン試し」かも。

 これが「NO ウ○コ」立札ウォッチングのきっかけとなったもの。Poopの意味がわかる人は少ないのではないでしょうか。この立札の位置や全体的雰囲気から、なんとなく察知はできますが・・・。
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 こちらも英語看板。日本語だと直接すぎて雰囲気を悪くすると考えているのかもしれませんね。
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 こちらも英語ですが、絵がリアルで、メッセージはよく伝わります。
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 これはまた文字が極端に少ないタイプ。犬の姿勢でわからせようというわけです。これなら英語が読める人も読めない人も関係なし。
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 もちろん直接的なものもあります。味気ない感じはしますが。
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 こちらは立札ではなく張り紙。「ウ○コ」を放置するような人の目には入らないかもしれません。
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 おっとありましたよ。危うく踏むところでした。
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 行政や団体がつくった立札も様々です。「軽井沢530運動連絡会」って何だ? 530はゴミゼロかな。
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「飼犬管理対策協議会」という、ものものしい名前の団体もあるのですね。
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 こちらは御代田町の立札。ワンちゃんの可愛いさで、飼い主にマナーを守るように訴えるタイプです。
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 可愛さが通じなければ、悲しい表情で懇願するタイプではどうだという感じ。
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 それでもダメなら、おいらも怒るぞ。フン!これが一番インパクトの強い立札かもしれません。それにしても「ウ○コ」がリアルです。
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再びの霧氷と驚きの氷瀑

 霧氷の出現については、前回のブログでとり上げたばかりですが、実はそのなんと2日後に、またまた霧氷を見ることができたのです。前回はわが家からは少し離れた、標高が僅かに高いエリアが中心でしたが、今回は、わが家のまわりが全て霧氷で覆われ、窓の外を見た瞬間に、これはすごいことだと興奮してしまいました。国道18号沿いの木々も雪化粧ならぬ霧氷化粧しており、たまたまクルマで通りかかった人はあまりの美しさに驚いたのではないでしょうか。国道18号より北側の浅間山麓一帯は、まさに霧氷の海でした。
 極寒のこの時季ならではのシーンがもうひとつあります。 それは、滝が凍った氷瀑です。小諸市の不動の滝が氷瀑になっているという情報を得て、菱野エリアへ出かけてみました。滝があるのは菱野温泉薬師館から15分ほど歩いた標高1100mの場所。林道から谷へ下っていくと赤い鳥居があり、その先の樹間から真っ白な氷柱がのぞいていました。そのすぐ下に人がいます。しかも裸の。一瞬目の錯覚かと思ったのですが、なんと半分凍った滝の下で、滝行を行っている人がいたのです。ふつうの滝行ですら大変なのに、この状況でできるなんて凄すぎると、絶句してしまいました。
 実はこの滝を訪れたのは今回が初めてです。その名前すら最近まで知りませんでした。近くに住んでいても、知らないこと、知らない場所がまだまだ多いと実感します。菱野温泉常盤館前の結氷した池(庭園になっている)も初めて見ました。その脇にも、小さいながら見事な氷瀑がありました。霧氷そして氷瀑と、この時季ならではの氷のアートを堪能したポン太でした。

 わが家のベランダから見た霧氷です。
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 ご近所の風景も一変しました。
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 枯れススキについた霧氷です。
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 道端の枯れ草もアートにしてしまうのが霧氷です。
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 春になれば素敵な花を咲かせるコブシの木に、一足はやく霧氷の花が咲きました。
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 国道18号に出てみるとこの景色。
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 一斉に白い花が咲いたようです。
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 浅間山の麓が、霧氷の海のようになっていました。
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 集落が霧氷の波に飲み込まれたかのようです。
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 霧氷の花咲く住宅地です。どちらを見てもきれいです。
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 さて、こちらは菱野温泉の薬師館前です。不動の滝は左手の奥になります。
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 滝への道です。
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 滝はこの赤い鳥居を抜けた先です。
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 おっ、人がいます。滝行を終えた直後のようですが、見ているだけでブルブルしてしまいます。
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 不動の滝の全景です。左側半分が凍っています。
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 近寄ってみると、この迫力。
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 滝の下にはこのような像が設置されていて、宗教的な場所であることがわかります。
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 ここに立って滝行をするようですが、想像するだけで気が遠くなります。 
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 こちらは、菱野温泉の常盤館です。画面の中央に見えている線路は、山上の露天風呂へ運んでくれるケーブルカーのもの。
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 その常盤館の前にある庭園です。池が完全に結氷していましたが、これはこれで風情があります。
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 その脇に見事な氷瀑がありました。
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霧氷だ霧氷だ

 この時季の里山歩きやウォーキングで、一番の見ものといえば霧氷です。霧氷がつくと、枯れ木に一斉に花が咲いたようになり、ふだん見ている景色が一変します。霧氷がつくり出す景観は、枝や葉に雪が積もった雪景色とはまったく別物です。枝そのものが白くコーティングされ、木々がまるで白いパーツでできたアート作品のように見えます。絵本の中のガラスの宮殿にでも迷いこんでしまったかのような雰囲気を味わえるのですから、その出現を期待しないわけにはいきません。
 霧氷は空気中の水蒸気が木々の枝に凍りつく現象です。気温が低くなければ出現しませんが、それだけではなく、空気中に十分な水分があり、風が弱いという条件が必要なので、厳寒の季節といえども、いつでも見られるわけではありません。
 今月は5回、平尾山に足を運んでいますが、霧氷を見ることができたのは1回だけです。家のまわりで出現する確率は、平尾山よりもずっと低く、それが現れると、いつも「霧氷だ霧氷だ」と大騒ぎしてしまいます。
 先日の朝、窓から外を見ると、少し離れた森の上部が白くなっていました。おっ、霧氷に違いないと、朝食もそこそこに、ウォーキングに出かけたところ、いつもの水辺や中山道沿いのエリアが霧氷になっており、しばしメルヘンの世界に浸ることができました。しかし、日差しが強まるにつれ、あっと言う間に「ガラスの宮殿」は消え失せ、元の景色もどってしまいました。まるで、シンデレラの魔法のようですが、そんなところもまた、霧氷の魅力といえましょう。

 まずは平尾山の様子から。山麓のスキーゲレンデから見上げると、山の上部が白くなっています。今日は霧氷が見られるのではないかと、期待が高まりました。
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 いつもの登山道です。ガチガチに凍って、氷の道と化していましたので、最初からアイゼンを装着しました、
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 尾根に出ましたが、まだ霧氷は現れません。最近の平尾山は人気が急上昇しているようで、厳寒の季節でも登山者が絶えません。
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 頂上直下に到達しました。おっ、桜の木に霧氷がついています。
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 見慣れた頂上が様変わりしていました。なんという美しさ。
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 頂上から東側の尾根を眺めたところです。美しい霧氷の世界が広がっていました。
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 上の写真とは反対側の尾根を進みました。この先がポン太一押しの霧氷エリアです。
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 登った時間が少し遅かったので、霧氷はどんどん落ち始めていましたが、それでもこの美しさ。
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 まさに、ガラス細工の宮殿のようです。
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 登山道を霧氷が覆い、いつもの平尾山とは思えない雰囲気です。
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 霧氷以外にも見どころはあります。春になれば岸辺にクリンソウの花が咲く沢が、氷の川になっていました。
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 雪の上には無数の動物の足跡がありました。これはノウサギでしょうか。足跡からどんな動物が通ったのか推測するのも、この時季の山歩きの楽しみです。
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 これはタヌキでしょうか。それとも・・・。夜になれば、たくさんの野性動物が行き交っていることがわかります。
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 竜神池も完全結氷していました。これだけの景色が楽しめれば言うこと無しです。
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 さてここからは、いつもの散歩道とその周辺に出現した霧氷です。
 これは国道18号ですが、前方(追分方面)の森が霧氷になっていました。
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 中山道沿いの木々にも霧氷がついていました。
中山道の霧氷.JPG
 水辺(御影用水温水路)の木々もこのとおりです。
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 別荘地の松林も霧氷がついて真っ白です。
別荘地の霧氷.JPG
 水辺のお宅の垣根もご覧のとおりです。
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 近寄って見ると、枝についた霧氷の様子がよくわかります。
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 水辺の景観も霧氷がつくと別物に変化します。
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 しばらくすると、魔法が解けたように、元の水辺にもどりました。開演から終演まであっという間の「霧氷劇場」でした。
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寒気の中の歓喜

 このところ、冷凍庫に入ったかのような寒い日が続いています。先日の朝は、国道の温度計がマイナス12度を表示していました。日中でも氷点下という日が多く、マイナスのついていない数字をみると、それが0や1であっても、「今日は暖かい」と感じてしまう、まさに厳寒の浅間山麓です。
 そんな中、気持ちを熱くしてくれたのが、御嶽海の活躍です。信州出身の久しぶりの関取ということで、以前から関心を寄せ、佐久来訪の際は、ポン子が握手会に参加して激励したこともあります。昇進がかかる今場所の取り組みを、ポン太もポン子も固唾を飲んで見守っておりましたが、結果はなんと優勝。大関昇進を確実にしたのですから、寒気を吹き飛ばす歓喜がやってきたというほかありません。
 信州出身の大関は、江戸時代の雷電以来というわけで、これは歴史的出来事といえましょう。相撲史上最強といわれる伝説の大関雷電は、現在の東御市出身。生家に近い浅間サンライン沿いの道の駅は「雷電くるみの里」という名称です。今のような横綱制度が確立していなかった当時の大関は、事実上の最高位ですから、単純に比較することはできませんが、御嶽海にも大関の名に恥じぬ活躍を期待したいと思います。
 さて、厳寒の時季とはいえ、いや厳寒期だからこその楽しみもあります。わが家のすぐそばの沢に氷壁が出現し、砂防堰が氷瀑と化しました。自然がつくった氷の芸術に、目を奪われる日々です。凛とした空気に触れ、いつもの散歩が特別なもののように思えるのもこの時季ならではです。水辺では、水面から湯気が立ちのぼる幻想的な光景を見ることもありますが、これは、冷えた空気が水面近くに流れ込むことで、水蒸気が冷やされて霧が発生する「けあらし」という現象だそうです。防寒対策は必要ですが、楽しみも多い厳寒の浅間山麓なのです。

 まずは御嶽海の話題から。当地の新聞は、当然ですが、御嶽海優勝の記事が一面トップを飾っています。
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 社会面も御嶽海一色です。
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 5年前に佐久の握手会で、御嶽海と握手したポン子です。
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 御嶽海は、赤ちゃんを抱っこするなど大サービスでした。
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 こちらは、御嶽海の大先輩である江戸時代の大関、雷電為右衛門の生家(東御市)です。
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 東御市の道の駅「雷電くるみの里」です。看板が相撲やぐらの形をしています。
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 「雷電くるみの里」に置かれている雷電の像です。生涯勝率がなんと9割6分2厘。あまりに強いので雷電だけに適用される「禁じ手」があったとされる伝説の力士です。
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 さて、ここからは厳寒の浅間山麓の様子です。
 国道18号脇の温度計はマイナス12度を表示していました。今季初めてみた、マイナス10度以下の数字です。
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 凍てついた旧中山道です。
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 国道18号と浅間サンラインの分岐点です。厳寒の朝もかなりの車が行き交っており、背後に聳える浅間山が「寒いのにごくろうさんだね」と言っているかのようです。
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 追分付近を流れる御影用水も寒々としています。右側が旧中山道です。
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 散歩道も凍てついていますが、足を踏み出せば、サクサク、キュッキュッという感じで、気持ちよく歩くことができます。
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 御影用水の温水路では、「けあらし」が発生していました。
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 いつもとは違う幻想的な光景です。
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 これはわが家の目の前の沢ですが、秘境に住んでいるような気分にさせられます。
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 ありきたりな砂防堰ですが、氷がつくと、立派な氷瀑に変身です。
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 近寄ればこの迫力。厳寒もまた良きかなという気分です。
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何でも見てやろう散歩 立札ウォッチング

 新型コロナウイルスが猛威を振るうようになってからの2年間というもの、遠出はできず、外食やイベントに出かけることもままなりません。日々の生活の中で大きな息抜きとなっているものの1つが散歩です。ポン太は、ひたすら健康維持を目的に歩くスポーツ的ウォーキングには関心がありません。興味をひくようなものがあれば立ち止まって眺め、場合によっては何だろうかと調べたくなります。されど歩く速度はそれなりに速い(たぶん)ので、散歩的ウォーキングというのが正確かもしれません。
 同じようなコースを歩いているのに、案外気づかずに見過ごしているものが多いものです。最近ふと目にとまったのは、「NO POOP」という立札。POOPって何だろう?聞いたことのない単語です。家にもどって辞書でしらべてみると、なんと「ウ○コ」のことでした。発音は[púːp]で、米語の俗語とあります。犬に用をさせてそのまま立ち去る人への警告というわけです。気をつけて眺めて見ると、同趣旨の立札が,、散歩コースのいたるところに存在していました。タイプの違うもの、設置者の異なるものなどいろいろあります。面白くなってというのも変ですが、ついついそのような立札に目が行くようになってしまいました。
 「ウ○コ」を放置するマナーの悪い飼い主がそんなにいるのかと思いつつ歩いていると、おっとありました。この時季ですから凍って石のようにこちこちになっていたので、踏んでも大丈夫?かもしれませんが、不快ではあります。しょっちゅうそんなことがあれば、立札のひとつも立てたくなりますね。重要なことは、その効果です。「ウ○コ」だけに、飼い主が「ウンウン」と納得して持ち帰ってくれるような立札でなければ意味がありません。はたしてそのようなものはあるのでしょうか。

明日は大寒なれど

 明日(1月20日)は、一年中で一番寒いとされる大寒です。 御代田町草越地区では、この日に「寒の水」という、見ているだけで震え上がってしまうような伝統行事が行われるのですが、昨年はコロナ禍で中止。今年もオミクロン株のまん延で、長野県は過去最多の感染者数を記録しており、佐久地域の警戒レベルは上から2番目の「5」となっていますから、どうなるかわかりません。
 このところ、日中でも氷点下の真冬日が続いており、まるで冷凍庫に入ったかのようです。浅間山麓は雪の多い地域ではなく、積雪もたいしたことはないのですが、寒さがきびしいため、日陰の雪はなかなか解けません。始末がわるいのは、車のタイヤで踏み固められた雪が凍りつき、ツルツル状態になっているところがあることです。道端の比較的柔らかい雪のところや、轍から取り残された道の真ん中を通るなど、細心の注意を払っていても、滑るときは滑ります。先日も僅かな下り坂で、氷を踏んで大転倒してしまいましたが、肉厚の尻から着地し事なきを得ました。こういう時にはポン太のようなメタボ体型の方が有利かも・・。
 先日届いた「寒中見舞い」で、学生時代からの友人F君が他界していたことを知りました。悲しいです。鉄道を通じた友で、イベントや印刷物の作成に一緒に取り組んだこともありました。退職後、写真講座に通って腕を磨き、作品展では「車両が一切写っていない鉄道写真」というのもあるのですよ、と話していたことを思い出します。一番お世話になったのは、ポン太が本づくりに関わっていた際に、すばらしい写真を何枚も提供してくれたことです。ここでF君の作品をいくつかご紹介し、追悼の言葉に代えたいと思います。
 厳寒の夜、空を見上げれば星々がプラネタリウムのようにひしめいています。今ごろF君は、カンパネルラとともに、あの星々をめぐる「銀河軽便鉄道」の旅をしているのかもしれません。

 御代田町で大寒の夜におこなわれる伝統行事「寒の水」です。これは2015年に撮影したものです。
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 雪が残る道です。これだけ雪があるとかえって安心です。
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 怖いのはこの状態。足も滑りますが、滑るのは車も同様。この時季にノーマルタイヤで浅間山麓に来てしまうと、大変なことになりかねないので、絶対におやめください。
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 強風が吹くと畑に積もっている雪が舞い上がり、こんなことになることもあります。いろいろな困難を乗り越えて楽しむのが、冬の浅間山麓のウォーキングなのです。
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 さてここからはF君の写真の紹介です。これは昨年メール添付で送ってもらった桜と山手線の写真です。ポン太が撮影した「しなの鉄道と桜」の写真と交換したのですが、まさかこれが桜の見納め、撮り納めになるとは、ご本人も思っていなかったでしょう。良い写真です。
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 「車両が写っていない鉄道写真」の1枚です。江ノ電ですね。電車がいないのに電車の気配を感じます。
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 ドイツでのスナップということで頂戴した写真です。
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 以下はポン太が本作りをしていた際に提供してもらった写真(実際には使用しなかったものも含む)です。場所は北海道遠軽町丸瀬布にある「丸瀬布森林公園いこいの森」。かつてこの地に存在していた森林鉄道を再現したような施設ですが、まるでメルヘンの世界です。
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 甲高い汽笛の音が聞こえてくるようです。彼の地のF君も耳を澄ませているかもしれません。
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越後交通栃尾線上見附駅~忘れ難き終着駅(18)

第18回越後交通栃尾線上見附駅(新潟県)
 今回とりあげた越後交通栃尾線は、軌間(ゲージ)が762mm(2フィート6インチ)と狭い、いわゆる軽便サイズの鉄道でした。かつては全国各地にそのような鉄道が存在していましたが、輸送力が小さく速度も遅いことから、バスに取って代わられるなどして、次々と姿を消していきました。そうした中で、1970年代まで残っていた数少ない路線の1つが越後交通栃尾線(長岡-栃尾間23.7kmおよび長岡-悠久山間2.8km)なのです。
 この種の鉄道としては比較的近代化(CTC化など)が進んでいたことや、長岡という県内第二の都市を拠点としていたことから、まだしばらくは安泰であろうと楽観視し、訪問を後回しにしていました。ところが、1973年4月16日、長岡-悠久山間と上見附-栃尾間が廃止され、残るは中間部の長岡-上見附間13.2kmのみに。このまま乗らずに廃止されては困ると、その年の11月に訪問し、残存区間に乗車しました。「軽便鉄道」らしい小さな車両や、ローカル色溢れる車内の雰囲気の良さに感動し、どうしてもっと早く、全線が維持されている間に来なかったのかと無念さが募りました。新たな終着駅となった上見附は、もともと行き止まりの駅でそれなりの良さは感じましたが、同駅でスイッチバックして栃尾へとむかう電車に乗る機会を逸してしまったのが、返す返すも残念で、そういう意味でも忘れ難き終着駅なのです。それでも、往時の半分の区間とはいえ、乗車できたのは幸運でした。それから僅か1年半後の1975(昭和50)年4月1日に、全線が廃止となってしまったのですから。
 栃尾線の名の由来である栃尾は、刈谷田川沿いの小盆地に位置する上杉謙信公ゆかりの地で、紬の産地として知られていました。今は、栃尾の名物といえば油揚げです。一般的な油揚げとは比較にならないボリュームと味の良さから、わが家の食卓にもしばしば登場しています。町制施行は1889(明治22)年と古く(当初の町名表記は橡尾、1911年から栃尾に)、1954年に栃尾市となりました。2006年に長岡市と合併し、現在は同市の一部となっています。
 機業地として栄えていた栃尾町を、この地域の中心都市である長岡に結びつける目的で設立されたのが栃尾鉄道でした。1915(大正4)年2月14日に浦瀬-栃尾間を開業し、同年6月5日に下長岡まで延伸。翌1916年9月9日に当初の目的であった長岡-栃尾間が全通しました。その後、1924(大正13)年5月1日に悠久山-長岡間が開業しています。1948年に全線を電化し、1956年には栃尾電鉄と改称しましたが、1960年に同社と長岡鉄道、中越自動車の3社合併により越後交通が誕生し、越後交通栃尾線になったというわけです。
 ちなみに、越後交通といえば田中家。初代の会長は田中角栄氏でした、バス事業を中核とする現在の同社の代表取締役は田中直紀氏です。

 栃尾線の簡略路線図です。赤い実線の部分が乗車できた残存区間です。
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 栃尾線の長岡駅は、国鉄長岡駅の東側(裏側といってもよいかもしれません)に隣接しており、そこから上見附行の電車に乗車しました。右側が国鉄長岡駅です。(1973年11月26日撮影、以下同じ)
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 構内を眺めていると、こんな雰囲気のよい車両が目につきました。ニフ20という木造荷物緩急車で、1944年に新潟鐵工所で製造されたものである由。
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 上見附側から電車が入ってきました。先頭のクハ104は、1966年の東洋工機製です。
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 乗車したのはこちらの電車で、クハ112とモハ217の2両編成です。先頭のクハ112は、1954年に自社工場で製造した電車(モハ210形)をクハ(制御車)化したもので、1964年に製造されたモハ217と比べて、屋根が低く、いかにも「軽便鉄道」という感じがします。
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 これがクハ112の車内風景です。この狭さと乗客の醸し出す雰囲気。「軽便鉄道」気分に酔いしれました。
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 こちらはもう1両のモハ217の車内。東洋工機製で、製造年が1964年と新しく、上掲のクハ112と比べると少し近代的な感じがしました。
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 これは途中の浦瀬駅で交換列車を撮影したものですが、栃尾からこの駅までが栃尾鉄道の最初の開業区間でした。写真に写っているクハ111は、元は江ノ電の100形で、さらにその前は武蔵中央電気鉄道(八王子の市電)の1形6号だったということですが、大改造を受けているということで、その面影はありません。
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 上見附駅に到着しました。
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 さてこれが、両端部分廃止後の終着駅となった上見附駅駅舎です。
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 上見附駅はホームも良い雰囲気です。
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 折り返しとなる電車を長岡側から見たところです。
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 構内にこんな無蓋貨車ト9が留置されていました。模型のような可愛らしさです。1927(昭和2)年に自社工場で製造したものということで、この日目にした車両の中では最も古いものでした。もっと早く訪れていれば、様々な興味深い車両(気動車改造や草軽電気鉄道由来のものなど)を目にすることもできたはずで、悔しい思いが捨てきれません。
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 車内乗車券です。廃止された区間も記載された、従来の乗車券がそのまま使用されていて、嬉しくなりました。
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 長岡にもどり、駅前広場から国鉄長岡駅を眺めてみました。そこにあったのは、このような威風堂々たる駅舎。新幹線網が広がるにつれ、こうした特色ある駅舎が失われ、地方都市の駅舎がどこも似たようなスタイルになってしまったのは残念です。
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「山始め」と「どんど焼き」

 松の内を過ぎれば正月も一段落。多くの方がふだんの生活にもどられたと思いますが、浅間山麓にねぐらのあるポン太にとって、ふだんの生活の一部となっているのが山歩きです。ここ数日晴天が続いていることもあり、でかけないわけには行くまいと、まずは身近な里山である平尾山に登り、本年の「山始め」としました。
 登山道には雪が残っているところもありましたが、いつもと変わらぬペースで登ることができました。この時季の山頂からの眺めは一年中で一番といってもよいものです。とりわけ白い屏風を立てたような北アルプスの眺望は圧巻で、家のまわりのウォーキングとは比べものにならない満足感があります。
 好天に誘われたのか、次から次へと登山者がやってきました。顔なじみの方も多く、新年の挨拶を交わしながらの山歩きとなりました。高齢者も多く、中には80歳を優に超えている方もいます。晴天とはいえ気温は0度を少し上回る程度。滑りやすい雪道をものともせずに登ってくるその姿をみると、こちらも元気がでます。
 登る際には支障がなかった雪道も、下りは別物。日陰の凍結箇所で万一足を滑らせれば、里山といえども大変なことになりかねません。今季初めて、アイゼンを装着して下山しました。装着すべきか否か、微妙なレベルでしたので、皆さん判断に迷ったようで、途中で出会った顔なじみの方々と、しばしアイゼン談義の花が咲きました。それにしても、装着の有無にかかわらず、皆さんしっかり持参していることには驚きました。ふだんから山歩きをしている人は、どんな山でもなめたりはしていないのです。「遭難すれば、年寄りがそんなところへ行くからだといわれかねないので、遭難だけはしたくない」という人もいました。山は安全第一。無理はしない、装備はしっかり。ポン太もそう思います。
 さて、里の集落ではこの三連休の間に、松飾りなどを燃やす「どんど焼き」が行われました。久しぶりに、その様子を見に、近くの公民館にでかけてみました。コロナの感染が再拡大している影響か、以前と比べると少し寂しい感じではありましたが、激しく燃え上がる炎を見ていると、気分が高揚し、宗教心のないポン太も、希望を託したい気持ちになりました。世界の各地に、新春を祝う同種の火祭りがあるそうです。火には人を奮い立たせる不思議な力があるのでしょう。

 平尾山の登山道には、まだかなり雪が残っているところがありました。
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 日当たりのよい尾根道はこんな感じでした。
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 平尾山の山頂です。
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 これが本年の「山始め」です。
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 山頂からの眺めはいつも以上のすばらしさでした。
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 雪が増した北アルプスは、本当に白い屏風を立てたようです。
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 蓼科山にもだいぶ雪がついています。
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 帰路は念のためにアイゼンを装着しました。これも今季初です。
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 日陰には、踏み固められた雪が氷のようになっているところもあり、アイゼンを装着して正解でした。足を滑らせて、谷側に転落したら大変です。
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 年末にはまったく雪がなかったパラダスキー場の南ゲレンデも、滑走可能な状態になっていました。それに伴い、ゲレンデ内を縦断する登山道は通れなくなり、今回は「忍耐の小径」コースをピストンしました。
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 さてこちらは公民館前の広場で行われた「どんど焼き」です。木の上には、絶好の見物場所を確保した親子がいました。
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 積み上げられた松飾りやダルマの山に火がつけられました。
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 あっという間に勢いよく炎があがります。時折、ダルマや竹が破裂し、「どん、どん」という音が響きます。それが「どんど焼き」という名の由来という説もあるようです。
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 ある程度火が落ち着くと子供たちの出番です。「どんど焼き」の火で焼いた餅を食べると、風邪をひかないといわれています。子供たちが健康で無事に育つようにという願いを込めた火祭りだったわけです。
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 抜けるような青空、気温は久しぶりにプラスという穏やかな一日で、気分的には春の訪れを感じましたが、近くの池(七口池)は全面結氷したまま。浅間山麓の本当の春はまだまだ先です。
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見事な御来光と有り難い雪

 明けましておめでとうございます。
 本年も「浅間山麓のブラタヌキ」をよろしくお願いいたします。

 と、まあ、月並みなご挨拶をさせていただきましたが、心底おめでたい気分にはなれない年明けでした。世の中がどうなるのか、見通しがたたない不安。平和で平穏な一年となるのか、それとも・・・。
 もやもや感を少しでも払拭しようと、元日の朝は、初日の出を見に、近くの高台にでかけました。気温は氷点下8度。浅間山は雲の中でまったくその姿をみることができず、蓼科・八ヶ岳連峰周辺も雲の多い、すっきりしない空模様でした。これは空振りかもしれないと思いながら待つことしばし。日の出の方向(南東方向)の雲がいつの間にかとれて、平尾山東方(森泉山あたり)の稜線からの見事な御来光を仰ぐことができました。その後、天気はみるみる良くなり、寒さは厳しいものの、雲ひとつない晴天に。この山を見ないことには、当地の一年は始まらない浅間山も、雪化粧した美しい姿を存分に見せてくれました。単純に、幸先がよいと思うわけにはいきませんが、気持ちのよい元日であったことは間違いありません。
 さて、この正月に、もう1つよかったと思えることがありました。それは、年末に降った雪が家のまわりにかなり残っていたことです。年明け早々にやってきた孫は、雪をみて大興奮。ソリ遊び、雪だるまづくり、雪合戦等、雪三昧の日々を送りました。雪がなければ、どうやって遊ばせるか、遊び場探しに苦労するところですが、雪さえあれば子供にとっては「どこでも遊び場」。雪のおかげで孫を楽しませることができ、無事に正月を乗り切ったポン太とポン子でした。

 初日の出を待っていると、上手い具合に雲が稜線から離れ、このようなシルエットになりました。これなら御来光を見ることができそうです。
日の出直前.JPG
 おっと、出て来ました。2022年の初日の出です。
姿を現した太陽.JPG
 輝きを増す太陽。神々しい初日の出となりました。
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 こちらはいつもお世話になっている平尾山です。御来光の位置とは少しずれてしまったものの、改めて眺めてみると、実に堂々としたすばらしい山であることがわかります。なお、麓の白い筋は、パラダスキー場のゲレンデです。
黎明の平尾山.JPG
 日が昇った直後の蓼科・八ヶ岳連峰です。
元日の蓼科八ヶ岳 .JPG
 日中はこのような晴天となり、わが家の近くからも白銀に輝く浅間山がよく見えました。
わが家の近くからみた浅間.JPG
 この凛としたすばらしい姿。2022年元旦の浅間山です。
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 年末に降った雪の量はそれほど多いものではありませんでしたが、その後の気温が低かったため、そのままの状態での年越しとなりました。こちらは雪化粧した水辺(御影用水)の様子です。
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 雪があった方が、散歩の気分も盛り上がります。
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 やってきた孫は、雪遊びに熱中。まずはわが家の庭で雪だるまづくりです。
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 公園にも雪がいっぱいあり、駆け回る場所には不自由しませんでした。雪様々です。
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「山じまい」と黒倉山の話

 コロナに翻弄された一年が終わろうとしています。遠出が難しかった分、今年もまた近場の山歩きに精を出しましたが、腰痛で停滞した時期もあり、年間山行回数は、昨年より少ない87回(ポン子は83回)でした。
 今年最後の山に選んだのは、佐久の虚空蔵山。厳しい寒波が訪れましたので、無理はせず、この低山の1等三角点に到達(ポン太の感覚では参拝)することで、本年の「山じまい」としました。
 実は、この1年の間に登った山の中で、このブログでまったくとりあげなかった山があります。それは黒倉山です。その理由は、「タイミングを間違えたダメな山行」という思いが強かったためです。しかし、改めて写真を眺めてみて、失敗どころか、充実した山行だったのではないかと思えるようになりましたので、ここで取りあげることにしました。
 黒倉山といってもご存知でない方が多いと思いますが、飯山市の鍋倉高原の一角にある山です。鍋倉高原は紅葉の名所なので、それを見るために出かけたのですが、「見頃」というテレビの情報が不正確で、実際にはほぼ枯れ木の山となっていました。鍋倉高原への主たるアクセス道路は、関田峠を越えて新潟県へと通じる県道96号です。その沿道は豪雪地帯のため、田茂木池より上部の区間は11月10日から冬季閉鎖となります。訪れたのはその僅か4日前でしたから、紅葉シーズンがまだ続いていると期待した方が浅はかだったのです。
 このまま引き下がるわけにはいかないので、比較的短時間で登れる黒倉山まで歩くことにしました。ルートの大半は、信越国境の尾根歩き(「信越トレイル」として全長110キロにもおよぶルートが整備されています)です。それに、茶屋池の一周とブナの森の散策をプラスしました。
 紅葉は空振りでしたが、雪と風でねじ曲げられた木々の間を行く信越トレイルは味わい深く、癒されました。尾根の一部や黒倉山山頂からは頸城(高田)平野と日本海、さらには佐渡島まで望むことができました。途中には神秘的な池塘やオオイワカガミの群生地もあり、山歩きとしての魅力度は相当高いと言ってよいでしょう。ブナの葉が黄緑色に明るく輝く初夏や、様々な色が混ざり合う紅葉の最盛期に訪れれば、もっとすばらしい景観を楽しむことができそうですから、次なる楽しみも見つけた、有意義な山歩きだったわけです。
 さて、このブログも年内は今回が最後です。稚拙な文章と写真にいつもお付き合いいただき本当に有り難うございます。それでは皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

 出かける前に、庭に吊しておいた温度計をみるとこの気温。どうしようかと躊躇する気持ちが起きましたが、このぐらいで諦めているようでは、浅間山麓での冬場のウォーキングや山歩きは不可能です。意を決して「山じまい」に出発しました。
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 目指すは虚空蔵山の1等三角点(正式な点名は「根岸」)です。佐久南IC脇にある道の駅「ヘルシーテラス」から歩き始めましたが、後ろを振り返るとこの景観。冬も美しい里山の道です。
浅間を背に.JPG
 尾根道の雰囲気は、紅葉の時季とはがらりと変わっていましたが、これはこれで風情があります。
三角点への道.JPG
 三角点の手前の森が広い範囲で伐採され、鬱蒼たる森の中にある三角点というイメージではなくなりました。
三角点付近の伐採地.JPG
 三角点はこの奥です。1時間強で到達できました。
三角点の森.JPG
 これが1等三角点「根岸」です。標高875.90m、北緯36度17分00秒5550、東経138度25分37秒0619に位置しています。山歩きの際に最も頼りになり、それなしには安心して山に入れないのが地形図です。その地形図作成の基になるのが三角点で、その最上位レベル(屋台骨のようなもの)が1等三角点ですから、敬意を表しないわけにはいきません。
1等三角点.JPG
 この一年、安全に山歩きができたことを感謝し、来年もまた元気に山歩きを楽しむことができますようにと祈念しました。
山じまい.JPG
 虚空蔵山の山頂は、1等三角点より100mほど低い地点にありますが、展望は抜群です。特に、その全体を一望できる浅間連峰の景観は、ここが一番といってよいでしょう。この1年間に登った峰々を仰いで、「山じまい」としました。
山頂の櫓.JPG

 さて、ここからは、遅ればせながら、鍋倉高原、黒倉山のリポートです。
県道96号の沿道はこのような状態でした。どうみても「紅葉見頃」とはいえません。
県道95号.JPG
 山はこんな感じで、「燃える秋」ではなく「燃え尽きた秋」でした。
美しかったであろう紅葉の片鱗が伺える.JPG
 大明神展望台からの眺めです。紅葉の片鱗はうかがえますが、「遅かりし」なんとやら。
太神楽展望台より.JPG
 野沢温泉のスキー場方面の眺めです。
野沢温泉方面.JPG
 紅葉はがっかりでしたが、山々の眺めはすばらしいものがあります。
墨絵のような大景観.JPG
 このあたりの山歩きの起点となるのが、茶屋池です。溶岩の間に水が溜まってできた池ということで、その畔に昔は茶店があったので、その名がついた由。
静寂な茶屋池.JPG
 今は茶店はありませんが、茶屋池ハウスという建物があり、その前が駐車場になっています。
茶屋池ハウス.JPG
 尾根(信越トレイル)に入ると、このようにねじ曲がった木が随所にみられ、冬場の雪と風の威力を感じます。
信越トレイルの木々.JPG
 そうした木々の間を通り、黒倉山を目指しました。
樹木のアーチ.JPG
 山中にひっそりと佇む池塘です。モリアオガエルが棲息しているそうです。
モリアオガエルの池塘.JPG
 途中に筒方峠という標識がありました。地形図にその名はありませんが、この信越国境の山脈を越えるいくつもの峠のひとつで、昔は生活物資を担いだ人々が往来していたのではないでしょうか。
筒方峠.JPG
 尾根の一部に見晴らしのよい場所があり、眼下に新潟の光が丘牧場と頸城平野、その先には日本海を望むことができます。
光が丘牧場と日本海.JPG
 こちらは上越市中心部方面の眺めです。かの上杉謙信の春日山城は、正面の山並みの右端あたりでしょうか。
上越市街地をのぞむ.JPG
 尾根の道端には、オオイワカガミの群生地がありました。いつも高山でみるコイワカガミとくらべると葉が倍以上の大きさです。花はどれほど大きく華やかなのか、その時季に来て確かめてみたい思いにかられます。
オオイワカガミ.JPG
 黒倉山への尾根(信越トレイル)には急峻なところが少なく、ファミリー登山者も多く見かけました。
黒倉山へ.JPG
 前方のこんもりしたところが黒倉山の山頂です。
黒倉山山頂部.JPG
 標高1247mの黒倉山山頂に着きました。茶屋池との標高差は200m弱ですから、楽ちんな山歩きです。
黒倉山山頂にて2.JPG
 山頂からは、越後の名峰、米山(右)を望むことができます。日本海のかなたにうっすらと見えているのは佐渡島です。
米山と日本海と佐渡島.JPG
 山頂でのランチは、道の駅で調達した飯山(富倉地区)名物の「笹ずし」。川中島へむかう上杉謙信に、地域の人々が献上した野戦食がその由来とのことなので、謙信の本拠地を拝し、昔を偲びつつ美味しくいただきました。
紫米の笹寿司.JPG
 鍋倉高原には美しいブナ林がたくさんあり、その中を散策すれば、まさに森林セラピーです。
ブナの森.JPG
 帰路につくころには、日が傾き、静寂な茶屋池がいっそう寂しげな風景に変わりました。「山の淋しい湖に、ひとり来たのも悲しい心~♪」、いくらなんでもこれはちょっと古すぎる感傷かなぁ。
茶屋池の黄昏.JPG
 ちなみに、鍋倉高原の黒倉山周辺はこのようになっています。
黒倉山のコピー.jpg

 蛇足ですが、今年は鉄道関係の活動(特に「乗る」「撮る」)はまったく振いませんでした。撮影した数少ない写真の中から、年の瀬にふさわしいものとして選んだのがこの1枚。夕日を浴びて、平原から御代田へと急勾配を登ってくるしなの鉄道の電車です。明日の希望へむかって走れ!走れ! 来年こそ良き年となりますように。
夕日を浴びて.JPG

冬の里山総選挙

 先週水曜日の信濃毎日新聞に、「冬の里山総選挙」という記事がでていました。数年前から、高い山を目指すことよりも、身近な里山の魅力を探ることに重点をおく「里山歩き派」に転じているポン太ですから、こうした記事には反応せざるを得ません。
 この「総選挙」は大町市にある県山岳総合センターが、里山の魅力を広く知ってもらおうと実施したものだそうで、一番人気となったのは霧訪山でした。ポン太も今春に登り、その眺望のすばらしさや、地域の人々に愛され、守られていることに感動した山ですから、当然の結果だと納得しました。ちなみに、ベスト10は以下のとおりでした。
 ①霧訪山 ②飯縄山 ③鷹狩山、守谷山 ⑤太郎山 ⑥光城山 ⑦美ヶ原高原、長峰山 ⑨飯盛(めしもり)山 ⑩入笠山
 3位にランクされている鷹狩山(大町市)以外は全部登ったことがあり、いずれも魅力的な山であることは確認済みです。したがって、この結果に異議があるわけではありません。ただ、投票者の地域分布がどうだったのかが、少々気になります。東信地方の人がどれだけ投票したのかわかりませんが、その数が増えれば、太郎山はより上位に、そしてポン太が四季を通じて登っている平尾山もベスト10入りを果たしたのではないでしょうか。
 この「総選挙」、次回は、もっと投票総数を増やし、地域バランスがとれる形で実施していただけたら、より説得力のある結果になると思うのです。

 里山の魅力のひとつは山頂からの眺めです。信州は周囲を高山に囲まれていますから、まるでパノラマのような大展望に恵まれた里山がたくさんあります。
 これは上記「総選挙」で一番人気となった霧訪山(1305m、辰野街・塩尻市)の山頂です。
霧訪山.JPG
 山頂の方位盤の前に立つと、北アルプスをはじめ、名だたる高峰が一望でき、見事な眺めと言うほかありません。
霧訪山山頂方位盤と北アルプス.JPG
 反対側をみれば、八ヶ岳の核心部分(主峰赤岳、横岳、硫黄岳)が迫ってきます。このほか、南アルプスや中央アルプスの雄峰を望むこともでき、一番人気となったのは頷けます。
霧訪山からの八ヶ岳連峰赤岳ほか.JPG
 こちらは第6位の光城山(912m、安曇野市)。登山道がこのような桜のトンネルになることで有名です。これが頂上まで続きます。
光城山登山道.JPG
 振り返ると、花の間から常念岳を望むことができます。
光城山からみた常念岳.jpg
 光城山山頂で憩う遠足の小学生たち。遠足でこんな絶景を眺めることができる安曇野の子供たちは幸せです。
素晴らしい景観/光城山.JPG
 その光城山とは尾根続きにあるのが、第7位にランクインしている長峰山(933m)です。頂上からの大展望は光城山以上のものがあります。恐るべし、安曇野の里山。
長峰山からの絶景.JPG
 さてこちらは、第9位の飯盛山(1643m、南牧村)です。野辺山高原の一角に位置している里山ですが、この山の魅力の1つは、富士山がこの大きさで望めること。
飯盛山と富士.JPG 
 もちろん、それ以外の山々の眺めもよく、ランチを楽しんでいる親子連れの眼前に見えるのは南アルプスです。
飯盛山からの南アルプス.JPG
 こちらは第10位の入笠山(1955m、富士見町・伊那市)。見るからに展望のよさそうな山頂です。
入笠山頂.JPG
 入笠山からは、山々だけではなく、諏訪湖の眺めも楽しむことができるのです。タモリ氏が大好きな糸静構造線も見わたせます。
諏訪湖.JPG
 「里山総選挙」でベスト10に入った山の中から、5つの山をピックアップしてみましたが、いずれ劣らぬ大景観を有しており、選ばれるだけの要素は十分にあると思われます。
 それでは、わが平尾山(1155m、佐久市)はどうでしょうか。晴れた日の山頂に立てば、このように北アルプスの大半を望むことができます。
北アルプス大展望.JPG
 とくに、鹿島槍ヶ岳を中心とした後立山連峰の眺めは見事です。
佐久平と後立山連峰.JPG
 槍ヶ岳もよく見えます。雲が切れて、姿を現した槍ヶ岳と常念岳(左)を、望遠レンズで覗いてみるとこの迫力。
槍と常念 (2).JPG
 もちろん至近距離にある浅間山は、このように細部までよく見えます。
浅間山山頂部.JPG
 佐久平の南側に位置する蓼科・八ヶ岳連峰は、平尾山からは逆光となるため、シルエットのように見えることが多いのですが、それはそれで風情があります。
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 これは、黄昏の八ヶ岳とその裾野です。このほか、佐久高原や奥秩父の山々、霧ヶ峰から美ヶ原にかけての高原状の山並みなど、様々な山岳景観を楽しむことができるのが平尾山です。ベスト10にランクインしている山々と比べて、勝るとも劣らないとポン太は思うのですが、いかがでしょうか。
八ヶ岳の裾野.JPG
 さて、今日はクリスマスイブ。それにふさわしい写真を1枚添付いたします。これは、佐久平で恒例となっている樫山のイルミネーションです。今年のテーマは白雪姫でした。
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手造り三点セット

 寒さが増してくる季節(11月~12月)に手造りしたいのが、干し柿、野沢菜漬け、乾燥いもの3つです。
 まずは干し柿づくりですが、今年は素材となる渋柿の入手がうまくいき、11月の上旬に、柿すだれをつくることができました。それから1ヶ月余、みごとに縮んで、焦茶色の良い色になりました。食べてみると今までで一番といってもよい美味しさ。柿そのものが上質であったこと、干すタイミングがよかったこと、好天が続いたことなど、条件が揃ったことが幸いしたのでしょう。
 次は野沢菜漬けです。11月中旬になると、どこの直売所に行っても、収穫したばかりの野沢菜が、一束400円前後という安い値段で大量に売られています。それを見てしまうと、買わないわけにはいかない気持ちになります。一束といってもかなりの量があり、全部を漬け物にしてしまうと、とても食べ切れません。そこで、半分は生のまま炒め物等に利用し、残りを半々に分け、醤油漬けと塩漬けをつくることにしました。 
 醤油、砂糖、みりん、酢で漬け込む醤油漬けは、それぞれの分量がちょうどよかったようで、大成功でした。1週間ほどで食べ頃になり、それ以降毎日美味しく食べています。次に塩漬け。一番簡単そうに思えたのですが、大きな落とし穴がありました。それは、市販のものが余りにも塩辛いので、血圧に良くないと考え、塩を控えめにしたことです。2週間待っても水が上がらず、干からびたような状態になってしまいました。やはり、漬け物である以上、適正な塩加減というものがあるようで、素人考えではだめだということがよくわかりました。
 最後は乾燥いもです。サツマイモを蒸かしてスライスし、干し篭に並べるだけですから、つくり方は簡単ですが、問題はタイミングです。気温が低めで、晴天が少なくとも4日は続くような時に干さなければなりません。これも非常にうまくいって、今年は干して5日目には、甘味が凝縮した食感のよい乾燥いもができました。
 時に失敗はあるものの、うまくいった時の達成感は捨てがたく、今年はやめておこうか、などといいながらも、ついつい手をだしてしまうのが、この手造り三点セットなのです。

 柿を干し始めたころは、こんな感じでした。
柿すだれ.JPG
 20日ほど経つと、これだけ縮んできます。
二十日後の干し柿.JPG
 吊してから45日後、ひもからはずしてワラを敷いた箱に入れました。もう出来上がった状態ですが、しばらくこのまま置いておけば、粉が吹いてきて見た目も良くなるはずです。
干し柿完成.JPG

 つぎは野沢菜。これが買ってきた一束です。
野沢菜一束.JPG
 まずは醤油漬けの下準備。5cmほどに切り、よく洗います。
よく洗う.JPG
 それを漬け物容器にいれ、醤油・みりん・砂糖・酢をまぶします。
醤油・みりん・砂糖・酢をまぶす.JPG
 蓋をして、圧力をかけます。
ふたをして圧をかける.JPG
 二日後にはこの状態になりますので、取り出してポリ袋に入れ密封し、冷蔵庫で1週間ほど保管すればできあがりです。
二日後の醤油漬け.JPG
 食べ頃になった状態です。見た目もよく、上手にできたと思います。
野沢菜娼婦漬け完成す.JPG
 さてこちらが問題の塩漬けです。野沢菜を20cmほどの長さに切り、塩、昆布、鷹の爪をふりかけながら、容器の中に積み上げていきました。ここまでは上手くいったと思ったのですが・・・。
塩漬け開始.JPG
その上にこんな重しを載せました。
重しをのせた.JPG
2週間経っても水があがらず、こんな状態になってしまいました。失敗です。
水が上がらない野沢菜漬け.JPG
残った生の野沢菜はそのまま炒めて食べることにしましたが、漬け物以外のレシピはなかなかみつかりません。自己流でつくってみたのがこれです。まず細かく刻んだニンニクを油で炒め、そこへ野沢菜を投入。火が通ったら塩とオイスターソースで味を調えるという単純なものですが、これが意外に美味しく、大量に消費できました。ラーメンにトッピングにして食べても美味でした。
野沢菜炒め.JPG
 最後は乾燥いもです。こんな乾燥用の篭に並べるだけで、あとは天まかせです。気温が高く湿気がありすぎるとカビてしまいますが、12月前半の浅間山麓であれば、そういう心配はありません。
干し篭.JPG
 干して5日目にはこのとおり、甘さたっぷりで柔らかさも残る乾燥いもが出来上がりました。しばらくの間、おやつはこれで十分です。ちなみに、北関東生まれのポン太は、子供の頃からこの食べ物には馴染みがあり、乾燥いも(発音は「かんそいも」)と呼んでいました。世間では「干しいも」という人が多いようですが、「干しいも」では硬く干からびたような感じがして、しっくりきません。
乾燥いも完成.JPG
 さて、こんな手造り三点セットの出来具合に一喜一憂しているうちに、はや年末。浅間山の雪の量が増え、麓でも二回ほど積雪がありました。
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カレンダーの季節

 来年のカレンダーを準備する季節となりました。最近は、顧客へのカレンダー配布を取り止める企業が増えていますので、入手できずに困っているという声も聞こえてきます。わが家の場合、幸いなことに、書き込み可能な実用性の高いカレンダーについては、毎年届けてくれるお店がありますので助かっています。しかし、鑑賞の対象となるようなハイレベルなものはなかなか手に入りません。
 そんな中、高校時代の友人から、昨年に引き続き、所属する写真愛好家グループ「写楽人」の作品を集めた素敵なカレンダーが届きました。この友人は私にとってブログの先達でもあり、マイリンク集に登録している「ギャラリー静河」の製作者が同君なのです。
 さて、このカレンダーの特色といえば、なんといっても、全てモノクロで印刷されていること。一見地味に見えますが、色がないだけに、想像力を働かせる余地が大きく、深い味わいがあります。カラーでは色に惑わされて伝わらない情感が、モノクロだと伝わってくる、そんなふうに感じます。やはり写真の原点はモノクロだとつくづく思います。
 ポン太もモノクロへのこだわりは強く、自分で現像・焼付けが可能だったこともあり、1980年代までは、モノクロ撮影が主、カラーはサブというスタンスでした。カレンダーに掲載されていた静河兄の作品「クメールの祈り」に刺激されて、自分が海外で撮影したモノクロ写真の中から、自分なりにこれは良さそうだと思えるものを拾ってみました。それは、1977年に、初めての海外旅行で訪れた中国で撮影したものです。頂戴したカレンダーに掲載されている写真のすばらしさには遠く及びませんが、このブログの後段でご紹介しますので、ご笑覧ください。
 ところで、使用済みの旧いカレンダーの扱いですが、皆さんはどうされているでしょうか。単なる廃棄物にしてしまうのはもったいない話です。今年取り組んでみたのは、手造り封筒としての再利用。裏面にカレンダーの写真を活かせるように工夫してみましたところ、実用に供せるレベルのものができました。小さな環境対策にもなりそうなので、これは来年以降も続けて行きたいと思っています。

 まずは頂戴したカレンダーの作品から。これはまた渋いですね。こだわりの本が置いてあり、ちょっと癖のある主人が帳場に座っていそうな書店を想像してしまいます。
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 鉄道好きのポン太は、こんなシーンをみるともうたまりません。
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 こちらが友人の作品「クメールの祈り」です。カンボジアの寺院でしょうか。お香と生活の匂いが漂ってくるようです。
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 さてここからは私のモノクロ写真、44年前の中国です。まずは広州の中心部中山路の風景から。人々の服装から街の様子まで、今は一変しているのではないでしょうか。
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 こちらも同じ広州市内の解放路を行くトロリーバスです。車はほとんど走っておらず、人々の交通手段はトロリーバス(またはバス)か自転車という時代でした。今はなんと513kmもの地下鉄網が張りめぐらされ、中国初のリニアメトロや無人運転の新交通システムまで導入されているそうですから、今昔の感ありです。
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 生活の匂いが感じられた広州の路地裏です。
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 雨や夏の強い日差しを防ぐための亭仔脚(軒下に設けられアーケード)のある広州市の北京路です。広東省では一般的なものだと聞いてはいましたが、想像以上の広さに驚きました。
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 こちらは杭州にある天下の名勝、西湖です。白楽天の時代から変わらぬ風景?をどう切り取るか、撮影時にたぶん悩んだと思います。
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 これは中国らしさを強調したくて撮った写真だと思います。
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 杭州市の中心部、延安路でのスナップです。今はビル街になっているのかもしれません。
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 杭州市を流れる銭塘江の大景観です。
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 こちらは上海。メインストリートの南京東路ですが、やはり車はほとんど走っていません。
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 租界の時代から有名なガーデン・ブリッジ(外白渡橋)の上でのスナップです。左手後方に見えるのは、かつては上海で一番高い建物だったブロードウェイマンション(上海大廈)です。
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 南京東路の東端部分と黄浦江です。対岸の浦東地区は、その後大発展し、今はマンハッタンのような景観になっていますが、当時は目立つ建物はほとんどなく、寂しい雰囲気でした。
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 懐かしのモノクロ写真はこのぐらいにしておきましょう。
 下の写真は、旧いカレンダーを利用してつくった封筒です。これで手紙を出しても失礼にはならないと思うのですが、いかがでしょうか。
カレンダーでつくった封筒.JPG

奇妙ではない奇妙山に登る

 今年も残り僅かとなりました。振り返ってみると、やはりコロナ禍の影響は大きく、行動範囲を広げることができませんでした。初めての山(自分にとっての未踏峰)に登れたのはたった1回、春先の霧訪山だけでした。
 これでは寂しすぎます。年内にせめてあとひとつは未踏峰に登りたいものだと考え、選んだのは長野市松代の東条地区にある奇妙山(標高1099.6m)です。奇妙な名前をもつ山は少なくありませんが、この山はそのものずばり奇妙山ですから、どんな山なのか以前から気になっていました。
 訪れたのは土曜日でしたが、登山口(岩沢)の駐車場にクルマは1台もありませんでした。獣除けフェンスの扉を自分で開けて入り、登山開始です。まずは尼厳山(あまかざりやま)からの縦走路と交わる鞍部を目指し、薄暗い杉林の中を登っていきます。大きな落石や「熊注意」の看板に不安を覚えましたが、ところどころの木の枝に、登山路を示す赤や青の札が下がっていたり、樹木の説明板がとりつけられていたりと、この山を愛し、守ろうとしている人々が間違いなく存在していることを知り、気分が楽になりました。
 鞍部からは、尾根伝いに山頂をめざします。少々勾配のきついところはありますが、危険な箇所はありません。途中の高見岩とよばれる小ピークからの眺めはすばらしいものでした。山麓一帯はアンズの里として知られるところですから、その開花期に登れば、ピンクの絨毯を敷き詰めたような見事な景観を楽しむことができそうです。
 2時間余りでたどり着いた山頂には祠や石碑が置かれていて、古くからの信仰の山であることがわかります。また、堀切の跡があることから、山城として利用されたこともあったようです。展望が開けているのは、飯縄山と長野市街地方面のみですが、山頂は想像していたよりもずっと広々しており雰囲気は悪くありません。ただし、この日は時折雪がちらつき、じっとしていると身体の芯まで冷えてしまいそうな状況でしたので、早々にランチを済ませて下山しました。奇妙なものなど何もなく、何も起こらず、登り甲斐のある実に素晴らしい里山でした。
 山中で出会ったのは、途中で追い抜いていった若者と、下山時に出会ったペアの3人のみ。立派な山容で、展望もよく、道もしっかりついているのに、登山者がほとんどいない。それが奇妙に思えた奇妙山でした。

 松代市街地のはずれから見た奇妙山(右)と尼厳(あまかざり)山です。尼厳山の方はすでに何度か登ったことがあるので、今回は奇妙山のみを目指しました。
尼厳山と奇妙山.JPG
 麓のアンズ畑から見上げた奇妙山です。実に堂々とした山容で、登りたいという気持ちが高まります。
アンズ畑からみた奇妙山.JPG
 ここが岩沢登山口です。この場所の標高がおよそ520mなので、頂上とは580mほどの高低差があります。
岩沢登山口.JPG
 少し歩くとこのような獣除けのフェンスが現れます。扉を自分で開けて入山します。
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 動物が文字を読めるはずもなく、これは、何のための標識なのか、戸惑ってしまいました。
イノシシ君注意せよ.JPG
 こんな赤い札が、沿道の木の枝に取り付けられていて、道に迷う心配はありません。
登山道を示す赤札.JPG
 おっと、大きな落石です。こんなのが転がってきたら、ひとたまりもありません。
大きな落石.JPG
 今は、枯れ木ばかりで見通しがよいのですが、夏場なら鬱蒼たる森の中の道です。
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 尼厳山からの縦走路に出ました。分岐の標識もしっかり設置されていて安心です。
鞍部の分岐.JPG
 奇妙山への尾根道には、少しきつい登りもありますが、ここはがんばりどころです。
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 このあたりは熊の多いところです。まだ冬眠しているかどうかわかりませんから、大きな音のする鐘をならしながら進みました。
クマに注意.JPG
 少し疲れが出てきたころに現れた「山頂迄45分」の標識。本当に45分で着けるかどうかはわかりませんが、元気はでます。
山頂まで45分.JPG
 そのすこし先にあったのが、見晴らしのよい小ピーク、高見岩です。
高見岩.JPG
 これが高見岩からの眺めです。手前が尼厳山、その後ろに見えるのが千曲川、遠方に立ち並んでいるのは北アルプスの山々です。ぶ厚い雲が上空を覆ってさえいなければ、もっとすばらしい眺めを楽しむことができたはずです。
高見岩からの大景観.JPG
 眼下には松代の町と皆神山が見渡せます。皆神山はかつて群発地震の震源地として有名になった山です。その整った形状から、これは人工の山で、世界最大のピラミッドではないかといわれたこともあったそうです。
高見岩よりみた皆神山 (2).JPG
 高見岩を後に、長い尾根を進みます。
尾根を登る.JPG
 手づくりのようですが、見れば元気のでる有り難い標識です。よし、あと500m、がんばるぞ。
あと500m.JPG
 こちらはもっと有り難いですね。実はここからが案外遠かったような気がしますが・・・。
もう目前.JPG
 手前の少しへこんでいるところが掘切の跡で、その上が奇妙山の頂上です。
山頂下の堀切後.JPG
 着きました。二等三角点が迎えてくれた、標高1099.6mの奇妙山山頂です。
奇妙山の二等三角点.JPG
 山頂は、こんなに広々しており、城を築く余地は十分にあります。
広々とした山頂.JPG
 かつては養蚕が盛んだった土地柄ですから、これはその関係者が祀ったものではないでしょうか。
蚕の神様か.JPG
 北側が少し開けていて、長野市街地や飯縄山方面を眺めることができます。残念ながら飯縄山の上半分は雲の中でした。
山頂から見た飯縄と長野市内.JPG
 皮肉なことに、下山して帰途につくころになって空は晴れ渡り、北アルプスがはっきりと見えてきました。松代の民家の背後に聳える鹿島槍ヶ岳(左)と五竜岳(右)のこの神々しい姿。まるで映画のシーンのようで、車を停めて見入ってしまいました。
松代から見た鹿島槍ほか (2).JPG
 これが奇妙山と尼厳山の位置関係。赤線は、今回の登山ルートです。
奇妙山の位置.jpg 
 

久々の「フルコース」 山・蕎麦・温泉

 信州暮らしの大きな楽しみといえば、近場にいくらでもある山を歩くこと、美味しい蕎麦を食べること、そしてこれまたいたるところにある温泉に入ることです。これを同じ日に味わえれば、「フルコース」達成!となり、申し分の無い一日だったとなるわけですが、コロナ禍となって以来、困難な状況が続いておりました。山は人に会うことが少ないので何の問題もないのですが、後の2つは、そうはいきませんから、外食はせず、風呂は家に帰ってからとならざるを得ませんでした。
 しかし、県内の新規感染者数ゼロが続いている今なら、なんとかなりそうです。そこで、コロナ禍以前は、年に何度も楽しんでいた定番の「フルコース」にチャレンジすることにしました。それは、上田の太郎山に登り、市内の老舗「刀屋」で 蕎麦を味わい、室賀温泉「ささらの湯」で山の汗を流す、というもの。
 久しぶりの太郎山では、これ以上はないというほど見事な北アルプスの眺めが待っていました。おまけに、はるか東方には富士の姿まで見ることができたのです。刀屋では、極太で強烈にコシのつよい田舎蕎麦(ポン太の好みです)に、やっぱり蕎麦はこうでなくちゃと舌鼓を打ちました。最後は、湯に入るなり、肌がヌルっとし、湯上がりにはツルツル、さらさらになる「ささらの湯」にドボン。やっぱり極楽だはこれは、という気分に浸った「フルコース」でした。
 このままコロナが収まってくれれば、あちらこちらで「フルコース」を楽しめるのですが、怪しげなオミクロン株がやって来そうな気配なので、「極楽」が再び遠くなってしまわないか心配です。

 表登山道入口のある山口地区からみた太郎山です。ここは、上田ではリンゴの産地として有名なところですが、すでに収穫は終わっていて、赤い実はひとつも見えません。
山口からみた太郎山.JPG
こんな看板を見つけました。悪いことをする人はどこにでもいるのですね。
リンゴ盗難防止.JPG
冬枯れの登山道を進みます。この中腹あたりまで、かつては果樹園が広がっていたそうです。
旧果樹園後.JPG
葉を落とした樹木ばかりの殺風景な風景ではありますが、沿道に設置されている丁石の数字が増えていくのを見ると励みになります。
丁石.JPG
中間点の少し下にある石の鳥居です。ここが14丁、頂上近くの太郎山神社の階段下が23丁です。
途中の鳥居.JPG
枯れ木のおかげで、登るにつれて下界の景色が見えてきます。
中腹.JPG
平尾山神社の階段下まで来ました。ここが23丁で、丁石があるのはここまで。
太郎山神社階段した.JPG
階段を登った先にある太郎山神社本殿です。ここが頂上ではなく、右手に回り込み、さらに進みます。
太郎山神社本殿.JPG
この坂を下り、もう一度登った先が、標高1164mの頂上です。
太郎山山頂へ.JPG
おおっ、なんというすばらしい北アルプスの眺め。頂上では大勢の登山者がその眺めを堪能していました。
太郎山頂からの北アルプス.JPG
穂高岳(左)と槍ヶ岳(右端)です。ここからこれほど明瞭に眺めることができたのは初めてです。
穂高から槍.JPG
こちらは後立山連峰方面です。右端の鹿島槍ヶ岳の美しい姿にはいつも魅了されます。
鹿島槍.JPG
千曲川と塩田平、背後の美ヶ原の眺めも味わいがあります。
塩田平と美ヶ原.JPG
こちらは蓼科から八ヶ岳連峰です。
蓼科八ヶ岳.JPG
八ヶ岳の裾に富士山が顔を出していました。上田から富士山が見えるというのはちょっと意外です。
太郎山からの富士.JPG
さて、下山後の楽しみは蕎麦です。こちらが上田の老舗「刀屋」ですが、昼食時をかなり過ぎていたにもかかわらず、店先に行列ができていました。コロナ禍を経ても人気は衰えずです。
DSCF4952.JPG
見た目はごく普通の街中の蕎麦店で、店内の雰囲気もレトロです。
DSCF4958.JPG
これが刀屋のざるそば。サイズは4段階あるうちの下から2番目の「中」です。よほどの大食漢でないと「大」は無理です。とにかくコシが強く、噛めよ噛め噛めという感じですから、食べ始めたら話をする人はいません。
中ざる.JPG
こちらは「冷やしたぬき」。共食いにもめげず、注文しました。天かすどころか、天ぷらがいっぱいで蕎麦が見えません。これでも「小」サイズです。
冷やしタヌキ.JPG
お腹がいっぱいになった後は、温泉へ。「美人の湯」が目印の室賀温泉ささらの湯です。温泉に入ったからといって、美人になることはないと思いますが、美肌になることは間違いなし。
美人の湯.JPG
この奇抜な建物が「ささらの湯」です。久しぶりに実現した「フルコース」に、大満足の一日でした。
ささらの湯.JPG

黄金色の終幕-虚空蔵山と長野牧場

 毎年のこととはいえ、落葉松の紅葉(黄葉)が終わってしまえば、あとは冬将軍の到来を待つばかり。落葉松の葉がみごとな黄金色になればなるほど、寂しい気持ちになるのはいたしかたのないことです。それなら見なければ良いのでは、と思われるかもしれませんが、それでは、舞台の幕が降りる前に席を立つようもので、すっきりしません。
 先日、そんな落葉松の様子を見に出かけたのは、佐久市の虚空蔵山。佐久平の南側に位置する虚空蔵山は、標高僅かに773.7mの低山ですが、頂上に設置されている櫓からの展望は雄大で見応えがあります。しかし、そこだけでは、「山歩き」としては物足りないので、後方(南側)に続く尾根をたどり、馬頭観音の先にある1等三角点付近まで足をのばしました。これぞ里山という緩やかな道をたどると、樹間から見える景色は黄金色一色。少し開けた場所で、適当な切り株に腰を下ろし、ランチタイムをとりました。その間もひっきりなしに降ってくる黄金色の針。秋の終りをしみじみと味わった里山歩きでした。
 虚空蔵山からの帰りに、だめ押しといった感じで訪れたのが長野牧場(家畜改良センター長野支場)です。牧場内にある落葉松並木のすばらしさについては、すでに何度か言及していますが、やはりこれを見ないと佐久平の秋は終われません。並木道が十字に交差するところがあり、そこに立つと、どちらを見ても、黄金色の道がどこまでも続いているように見えます。そこはまさに秋が去って行く花道なのです。
 落葉松の葉が落ちるのを待っていたかのように、浅間山は美しく雪化粧し、それから間もなく、わが家にも初雪が訪れました。

 人家のすぐ裏にある典型的な里山が虚空蔵山です。
虚空蔵山と展望櫓.JPG
 今回は「石仏コース」をたどりましたが、道端に立っていたのはこの「クマ注意看板」。佐久のクマはこんなに怖いの?これをみたら、山歩きを躊躇してしまう人がいるかもしれません。
怖すぎるクマ.JPG
里山らしいのどかな道を登っていきます。
里山らしい道.JPG
山頂からは大展望を楽しむことができます。
山頂にて.JPG
山頂の櫓にあった温度計によれば、この日の気温は10度。山歩きには最適な気温でした。
気温10度.JPG
これは、千曲川を挟んで対峙している平尾山を見たところです。いつもは向こう側から眺めている佐久平ですが、視点が変わると風景も一変します。
対峙する平尾山.JPG
正面に位置する浅間山はより大きく見えます。
浅間山 (2).JPG
浅間連峰の烏帽子岳と湯ノ丸山です。
虚空蔵山からみた烏帽子・湯ノ丸.JPG
こちらは上州方面。荒船山を真横から望むことができます。
荒船山を望む.JPG
南側に続く尾根に入りました。気持ちのよい道です。 
馬頭観音への尾根道.JPG
黄金色に紅葉した落葉松の森がよく見えます。
尾根からみた落葉松の森.JPG
ここが一番のビューポイントではないかと考え、ランチタイムをとりました。落葉松の山の上に見えているのは、佐久の名山、茂来山です。
落葉松の森と茂来山.JPG
こんな里山らしい風景を眺めながらの下山もまた良きかなです。
のどかな里山風景.JPG
浅間山を前方に見ながら里に下っていく、このあたりの雰囲気も魅力的です。
のどかな下り道.JPG
さてお次は長野牧場です。広々とした圃場と紅葉した落葉松。牧場らしい秋の風景です。
圃場と佐久の山.JPG
長野牧場からみた平尾山も絵になります。
長野牧場と平尾山.JPG
圧倒的存在感の落葉松並木です。
黄金色の落葉松並木.JPG
落葉松並木の中からみた牧場風景です。
落葉松の囲む牧場.JPG
落葉松並木の交差部です。どこまでも歩いて行きたい気分になります。
黄金色の交差点.JPG
それからしばらくして雪化粧した浅間山です。
雪化粧した浅間山.JPG
初雪が降り、わが家の庭も白くなりました。
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よい感じにしぼんできた干し柿ですが、背景も変わりました。
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