中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その6

<第7日目、6月26日> 一気呵成に高崎へ

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 上州へ到達したことで気分が乗ってきたポン太たちは、日を経ずして新町から先へと歩みを進めることにしました。
 新町の市街地を出て高速道路の下をくぐりぬけると烏川の堤防に出ます。堤防上の道はサイクリングロード化されていて歩きやすく、日差しは強いものの、時折吹いてくる風がさわやかです。スタートが遅かったので、歩き始めて間もなく、木陰をみつけて、昼食をとりました。弁当は、新町駅近くの「フレッセイ」というスーパーで調達しましたが、これがなかなかの美味。このスーパーは垢抜けた雰囲気で品揃えもよく、すっかり気に入りました。この先の街道沿いにも、こんなスーパーがあって欲しいなどと思ったのですが、旧中山道沿いには、スーパーはおろかコンビニすら存在しないエリアがあるということに、ポン太はまだ気づいていませんでした。
 烏川の渡河地点へいたる旧道は消滅していたため、少し上流の柳瀬橋を渡りました。烏川の河原は広く、水量も豊富。かつて倉賀野が、利根川水系最上流の河港としてにぎわったというのもうなずけます。橋を渡りきった岩鼻交差点から旧道に入り、倉賀野宿をめざしました。途中からは工業団地の中の産業道路と化していましたが、道路際には「旧中山道」の標識が立っており、とりあえずその道が中山道であることは認識できます。

烏川の土手を行く。利根川合流点まで7kmという標識がありました。
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岩鼻観測所付近の烏川。滔滔たる流れに、水運が盛んだった時代が偲ばれます。
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 倉賀野宿の入口は日光例幣使街道との分岐点にもなっており、常夜燈と道標、そして焔魔堂が残されていました。沿道には格子のついた古い家が残っており、宿場町らしい雰囲気が感じられます。脇本陣は昔のままの建物が残っていました。高崎線に倉賀野という駅があることは知っていたポン太ですが、実際に街道を歩いてみてはじめて、陸路と水路の結節点として栄えた、この地の歴史の重みのようなものを感じることができました。
 倉賀野宿から先は、道路の幅が広がり、ファミリーレストランなどのロードサイド店だらけ。どこにでもありそうな風景ですが、道路際を流れる水路に沿って松並木風の修景がなされていて、中山道であることをアピールしてはいるようです。その先、高崎宿までの間には、ほんの少しだけ路地のような旧道が残っていましたが、それ以外は、これといった特徴のない道でした。

倉賀野宿入口の日光例幣使街道(手前)と中山道の分岐点。
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旧街道の面影が残る倉賀野宿を行く。
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水路と松並木により修景された一角。
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 高崎市街地に入ると宿場の面影はおろか、その道が中山道であることを意識させるものはほとんどありません。日差しが一層強まり、大汗をかいて体力は急速に消耗。時間的余裕はあるものの、先へ進む気力がなくなり、本日は高崎宿でフィニッシュとしました。

上信電鉄の踏切を渡れば高崎宿の中心部です画像
                

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