中山道でブラタヌキ~ポン太とポン子のずくなし道中記 その15

<16日目、9月9日> ついに越えたぞ和田峠
 
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  前回の到達点である唐沢下を朝早く出発するためには、その前夜はどうしても長久保に宿泊する必要があります。以前キャンセルした民宿のお世話になり、そこの車で出発地点まで送ってもらうことにしました。
 峠の直下に位置する唐沢は、峠越えを前に人々が一息いれたところ。茶屋本陣の跡(表札に本陣と記された家)があります。新和田トンネルへむかう有料道路と分かれ、旧国道を少し進んだところが、和田峠へ至る旧中山道の入口です。
 その道に一歩踏み入ると、そこはまさに別世界。古道というよりも緑の絨毯の上を行く快適なハイキングロードといった感じです。木漏れ日が美しい道を40分ほど歩くと接待茶屋につきました。そこは、冬場の厳しい寒さの中で峠越えをする旅人の安全を確保するため、粥の接待をしたところだそうです。小屋の前には清水が湧き、のどを潤すことができます。この先東餅屋までずっと谷合を登って行くのですが、美しい渓流とからみあいながらの道は、ミニ奥入瀬のようでもあります。苔むした石畳の上を行く箇所もあり、このあたりは和田峠越えのまさにハイライト。原型をとどめている広原の一里塚を過ぎると高原状の明るい雰囲気となりました。一旦旧国道に出たところが東餅屋。かつては茶店が何軒も並んでいたそうですが、現代の茶店(食堂)もすでに廃墟となっており、営業している店はひとつもありません。しばらく旧国道を歩き、再び旧中山道に入りました。旧中山道は、旧国道やビーナスラインを串刺しにしながらどんどん登っていきます。総じてよく整備された道です。スタートから3時間余りで和田峠(古峠)に到着。そこは広々として見晴らしもよく、昼食をとるには最適の場所でした。

和田峠直下の唐沢集落。ここからスタートしました。
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和田峠へむかう旧中山道の入口。ここからいよいよ本格的な山道です。
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しばらくは緑の絨毯のような快適な道を登ります。
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旅人に粥の接待をしたという接待茶屋
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石畳が残っているところもあり、中山道を歩いているという実感がわきます。

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一里塚もしっかり残っていました。
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広々とした和田峠(古峠)の頂上に着きました。標高1600m、中山道の最高地点です。
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 峠から下諏訪宿へ下る道は細く、和田宿側と比べると急峻です。その入口に、「地図です、どうぞ」と書かれた箱があり、その中に和田峠~下諏訪宿間の道筋を詳細に紹介した「下諏訪中山道を守る会」作成のパンフレットが入っていました。足下に気をつけながら、ジグザグの細道を下っていくと、まもなく柳原清水の水飲み場があらわれました。さらに進むと、苔むした石垣がありました。人馬の待避所として設けられた石小屋の跡ということで、冬場は除雪隊にあたる「雪割り人足」も出動したということです。その先の旧道は、細いだけでなく沢と一体化したような頼りない部分もありましたが、「下諏訪中山道を守る会」が立てたと思われる「中山道」の道標が随所にあるため、安心して進むことができました。それにしても、こんな道を皇女和宮一行が通ったというのは驚きです。
 二度旧国道を横切り、どんどん下っていくと西餅屋茶屋跡に着きました。いまは何も残っておらず単なる広場にすぎません。そこで国道142号を横断し、崖沿いのガレた悪路を下りました。薄暗い樹間に一里塚碑がひっそりと立っています。陰気な雰囲気の道であるだけでなく、国道から投げ捨てられたらしいペットボトルなどが林間の斜面に散乱しており、ちょっと興ざめです。
 峠から1時間半ほど歩いたところで国道142号に合流。ここから2キロ弱の間は、びゅんびゅん飛ばしてくるクルマに注意しながら歩道もない国道脇を歩かねばなりません。身の危険を感じるという意味では、和田峠最大の難所といえるかもしれません。
 「浪人塚」付近から、142号とからみあうようにして残されている旧道をたどり、峠からおよそ2時間で樋橋茶屋本陣跡に着きました。その先にも旧道が残されているところがありますが、草ぼうぼうで使われなくなった農道のような雰囲気。道標がなければルートを間違えそうです。しばらく歩いた先で再び142号にもどりましたが、ここから先は国道にも歩道が設置されているので安心です。
 雰囲気の良くない廃棄物処理場の横を抜けてひたすら下り、町屋敷バス停のところで旧道に入りました。住宅地の中を進み坂を上ると、御柱(おんばしら)祭で有名な「木落坂」の上に出ました。階段状の坂を下り注連掛(しめかけ)というところで142号に合流。そこからしばらくは、また国道142号を歩くことになります。だいぶ疲れが出てきて、足が悲鳴をあげはじめました。
 左手に導水管をみたところで右側の旧道へ。しばらくして142号にもどり、春宮の標識をみたところから、いよいよ下諏訪宿へ下る最後の旧道歩きです。やがて前方が開けて、眼下に諏訪湖と下諏訪の町を望むことができました。下諏訪にやってきた実感がわく瞬間です。昔の旅人もこの眺めをみてほっとしたことでしょう。古刹慈雲寺の脇の坂を下ると旧宿場町らしい雰囲気の町並みとなり、御休処の看板を掲げた旧家「伏見屋邸」があらわれました。疲れが頂点に達しつつあったので、そこで休ませてもらうことに。なんと、お茶と漬け物、お菓子の無料接待があり、有り難いかぎりです。少し元気をとりもどし、下諏訪宿の中心部へと進みました。唐沢を出てから8時間10分で、なんとか下諏訪宿本陣前に到着。この周辺には今も営業している古い旅籠が何軒かあり、実によい雰囲気です。西にL字に曲がる角は甲州街道との合流点で「甲州道中・中山道合流之地」碑が立っていました。
 下諏訪は中山道で唯一、温泉のある宿場です。ここに宿泊して温泉に浸かりたいと思ったのですが、当てにしていた宿はなんと満室。やむなくお隣の上諏訪に泊まることにしました。上諏訪の宿も幸いにして温泉付。たっぷり湯に浸かって疲れをとり、翌日の塩尻峠越えに備えたことはいうまでもありません。

和田峠から下諏訪宿へ下る道に入りました。
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沢と一体化したようなところもあり、「中山道」の標識がなければ、不安になります。
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西餅屋跡。昔はここに茶店があったので、峠越えの旅人も一息いれることができたはず。今は営業している茶店や食堂は皆無ですから、飲食物を持参していないと大変なことになります。
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国道を横断した先には、こんな歩きにくいところもありました。
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旧中山道が国道142号に吸収されてしまっている部分を歩くのは命がけです。歴史的価値のある道なのに、人が安全に歩ける歩道なしとは、ひどすぎないか国土交通省!大臣も一度ここを歩いてみて欲しいですね。
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中山道は右へという標識はあるものの、その先は草ボウボウ。本当に中山道なの?といった感じです。もちろんここを進みましたが・・・。
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踏み分け道のような中山道。歩く分には面白い道ですが、大名行列も通った昔の方がはるかに立派な道だったに違いありません。
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御柱祭のハイライトである木落しが行われる坂。思っていた以上の急斜面でした。
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ついに諏訪湖と下諏訪の町が見えてきました。ここまで来ればあと一息です。

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下諏訪宿の入口付近にあった御休処「伏見屋邸」。茶菓子の接待をしていただき感激しました。

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なんとかたどり着くことができた下諏訪宿。しっとりとした趣のある街並みです。甲州街道との合流地点であることを示す碑が立っていました。
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<17日目、9月10日> 塩尻峠を越えて塩尻宿へ

 前日の到達点である下諏訪宿にもどり、街道歩きをスタート。少し歩いたところで左手の旧道に入りました。旧道は砥川で分断されており、北側の富士見橋を迂回することになります。その先の旧道は、まるで民家裏の路地のような細い道です。地元の有志が案内板を掲げてくれているので、間違えることなくその道へ入ることができましたが、そういうものがなければたぶん通り抜けることはできないでしょう。
 県道と交差するところに、「右中山道、左いなみち」と記された大きな石の道標が立っていました。その先の道沿いにはきれいに刈り込まれた生け垣が続き、その後ろには旧家の建物が並んでいます。実によい雰囲気です。出早口交差点で国道20号を斜めに横切り、しばらく進んだあたりで、前方にこれから越えていく塩尻峠とその周辺の山々が見えてきました。横河川を渡るとまもなく今井という集落に入りました。塩尻峠の麓にあたるその場所には立派な茶屋本陣の建物が残っており、その向かい側の旧家の前には穀留番所の碑が立ち、旧街道らしい雰囲気が漂っていました。
 岡谷インターチェンジの北側から、塩尻峠への坂道が始まります。石船観音の階段下に、旅人ののどを潤したであろう水場がありました。金明水とよばれ、和宮もその水を飲んだということです。。旧道はクルマ一台がやっと通れるほどの道幅ですが、峠の上まで舗装されていました。追いはぎが隠れていたと伝わる大岩もあり、昔は人里離れた寂しい場所だったのでしょう。先ほどの今井から約1時間で塩尻峠に着きました。明治天皇が休んだ場所という碑はありますが、塩尻峠と表記されたものはありません。中山道の峠から北側に少し登ったところに展望台があります。せっかくなので、立ち寄ってみましたが、諏訪湖を見下ろす大展望はすばらしく、晴れていればその後ろに富士山も望めるとか。
 塩尻宿へ下る道は、諏訪側よりゆるやかです。下りはじめてすぐに茶屋本陣の建物があらわれました。今は誰も住んでいる人はいないようです。森の中に「伝説夜通道」という立て札があり、その隣にはペア?の地蔵が鎮座していました。南側のみ現存している東山一里塚を過ぎると開けた景色となり、見晴らしのよい山里の一角に、街道歩きの人のための私設?休憩所が設けられていました。ベンチもあったので、そこで昼食休憩としました。 その先も美しい山里の風景が続き、旧道沿いに広がる蕎麦畑には白い蕎麦の花が満開でした。国道20号の下を地下道で抜け、中央道を跨ぐと塩尻宿が近づいてきます。出発から5時間ほどで、塩尻宿入口の仲町交差点に着きました。今日はここまで。中山道を離れて中央線のみどり湖駅へとむかい、帰途につきました。

下諏訪の街中の中山道には、路地裏を行くような箇所もあり、間違えないように進むのが大変です。
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塩尻峠の麓に位置する今井という集落の茶屋本陣
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和宮も喉を潤したという金明水。
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塩尻峠への道。和田峠と比べればはるかに楽ちんな坂道です。
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塩尻峠からの大展望。
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峠から少し下ったところに「夜通道」なる表示がありました。村の美しい娘が親しくなった岡谷の男のもとへ、この峠道を毎夜通ったという伝説があるそうです。
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塩尻峠の塩尻宿側には蕎麦畑が広がっていました。心和む風景です。
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なにやら色っぽい感じの双体道祖神。様々な表情の双体道祖神を見ることができるのも、中山道歩きの楽しみの1つといえそうです。
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塩尻宿入口の仲町。のべ17日で、日本橋から30番目の宿場に到達しました。
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