冬こそ碓氷峠へ~姿を現した第13橋梁ほか

 冬こそ訪ねたい鉄道遺産。今回は碓氷峠です。
 アプト式鉄道時代の構造物の多くが、「旧碓氷峠鉄道施設」として国の重要文化財に指定され、廃線跡は「アプトの道」という名の遊歩道になっていることをご存知の方は多いと思います。しかし、遊歩道化されているのは、旧熊ノ平より東側(横川側)だけです。それより西側(軽井沢側)はどうなっているのかとえいえば、アプト式廃止後の複線化工事の際に、大半が下り線用に改築され、アプト式時代の構造物はほとんど残っていません。それでも、すべてが改築の対象となったわけではなく、第16隧道から碓氷第13橋梁までの区間は、下り線ルートから少し位置がずれていたことで、取り壊しを免れました。それらの鉄道遺産は、注目されることがないまま、放置に近い状態に置かれていましたが、なんと今年(2018年)、碓氷第13橋梁と第17隧道が、熊ノ平変電所および碓氷第7橋梁とともに、重要文化財に追加指定されたのです。
 葉が落ちて、全体が見やすくなった碓氷第13橋梁とその周辺を眺めに出かけてみました。碓氷第13橋梁は、見応えのある面白い橋梁です。レンガ造りの5連アーチ橋でその長さは51.7m。高さは10.1mと低いのですが、第3橋梁と第6橋梁に次ぐスケールです。中尾川を跨いでいるだけでなく、かつてはその下(第1径間と第5径間)を国道(旧18号線)がひも状にくぐり抜けていて、ポン太の記憶の中にも、そのころの様子が僅かながら残っています。
 碓氷第13橋梁の横川側にあるのが第17隧道で、今はその中を通り抜けることはできませんが、内部は荒れてはいないようです。煉瓦造の坑門は両側ともしっかりしています。重要文化財に追加指定されなかった第16隧道は、下部が土砂で埋まった状態ですが、それを取り除けば往時の姿を取り戻すことができそうです。両隧道間には可愛らしい煉瓦アーチ橋(溝渠)も残されており、遊歩道化も可能ではないかと期待してしまいます。
 ポン太の更なるのぞみは、レールが残っているかつての下り線を利用し、横川~軽井沢間に観光列車を運行することです。鉄道遺産見学に便利な駅(停留所)を何カ所か設ければ、観光資源としての価値も高まるでしょうし、軽井沢に抜けられとなれば、より一層多くの人が訪れるのではないでしょうか。観光列車それ自体も人気のある乗り物になると思いますが・・・。

 自動車道路側から見た碓氷第13橋梁です。葉が生い茂っていると真横からはほとんど見えません。
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 近づいて見るとこんな感じです。一番手前と一番奥のアーチの下を、かつては国道が通っていましたが、今は半分ほど土砂で埋まっています。
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 この下を国道がくぐり抜けていました。その名残の警戒塗色のペンキが、アーチの上部に少し残っているのがわかります。
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 碓氷第13橋梁の軽井沢側には第18隧道がありましたが、今は坑口がコンクリートでふさがれています。右側は下り線用につくられた第10隧道です。
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 碓氷第13橋梁に隣接している下り線(軽井沢側を見たところ)です。架線は盗難にあったということで残っていませんが、レールはしっかりした状態で残っています。この線路に観光列車を走らせ、この場所に駅(停留所)を設ければ、鉄道遺産探訪のバリエーションが豊かになることは間違いありません。横川からここまでウォーキングを楽しみ、帰りは列車でもどるもよし、軽井沢へむかうもよし。
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 碓氷第13橋梁の横川側にある第17隧道の坑門です。この隧道も重要文化財に追加指定されました。
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 第17隧道(左)と第16隧道の坑門(右)です。
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 両隧道の間にある可愛らしい煉瓦アーチ橋(溝渠)です。
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 第16隧道の軽井沢側坑門です。下の方が土砂で埋まっています。
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 熊ノ平以東の鉄道遺産も、葉の落ちた状態で眺めると、そのスケール感が際立ちます。これは前後の巨大な擁壁が印象的な碓氷第6橋梁です。
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 碓氷峠の鉄道遺産のシンボル、碓氷第3橋梁も、4連のアーチ全てが一望できます。
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 まさに天空の架け橋といった感じのこの迫力。
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 陽を浴びた煉瓦アーチ橋は見事としか言いようがありません。重機もない明治20年代に、これほどのものを建設した先人のパワーに脱帽です。
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