古刹も冬がよし~布引観音

 ふいに、参道の急坂を登りたくなり、布引観音(布引山釈尊寺)へでかけてきました。このお寺は、千曲川の左岸、御牧ヶ原台地の縁に立つ天台宗の古刹で、桜と紅葉の名所としても知られているところです。昨年はそのどちらの季節にもでかけていませんし、それ以外にもでかけた記憶がありませんので、久しぶりの訪問ということになります。
 千曲河畔の参道入口から、最大の見どころである観音堂まで、高低差が100m以上あり、階段もしくはそれに準ずる急坂が続きますから、大人の足でたっぷり20分はかかります。冬場は凍結している箇所もあるので、それなりの注意が必要です。山登りとまでは言えませんが、山登りのような気分は味わえますし、ちょっとした運動にはなるので、ポン太にとって、魅力的な場所の1つであることは間違いありません。
 葉が落ちているこの時季は、殺風景ではあるものの、周囲の山や岩壁がよく見えるので、どのような地形の場所なのかわかるというメリットがあります。懸崖づくりの朱色の観音堂がより一層高く見えますし、展望を妨げる樹木の葉がないので、観音堂の舞台に立った際の高度感は半端ではありません。ちなみに観音堂は江戸期のものですが、その岩屋内にある宮殿(くでん)は 鎌倉時代の正嘉2年(1258年)に造られたものということで、重要文化財に指定されています。
 布引観音は昔から有名な場所、というよりも昔のほうが有名な場所であったと言う方が正しいかもしれません。無信心の老婆が千曲川で布をさらしていると、一頭の牛があらわれ、角にひっかけて走り出したので、その後を追いかけていくうちに善光寺に至り、信仰に目覚めるという説話「牛にひかれて善光寺参り」の場所としてよく知られていたからです。戦前の一時期、小諸駅から参道の入口付近を通り、島川原に至る布引電気鉄道という電車も走っていました。
 今は訪れる人もそれほど多くはなく、とりわけこの時季は静けさが際立つ感じですが、そこがまたよいのだと勝手に満足し、冷えた身体を温めようと近くの温泉へ急いだポン太でした。


 ここが参道の入口。布引観音はこの山の上です。
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 参道入口の前には、かつてここを走っていた布引電気鉄道布引駅のホーム跡が残っています。貴重な遺構なので、ぜひこのまま保存して欲しいものです。
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 ここは霊場ですから、参道には多数の石仏や地蔵が並んでいます。こんな素朴で可愛らしい地蔵もあります。
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 冬季ならではの楽しみは、このような氷瀑がみられること。
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 岩の後ろには氷の芸術も
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 参道はこのような急坂の連続です。
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 「牛にひかれて善光寺参り」にまつわる場所ももちろんあります。これは善光寺に通じているといわれる「善光寺穴」。善光寺が火災にあった際には、ここから煙がでたそうな。
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 こちらは、牛が岩の中にあらわれているという「牛岩」。見えるような見えないような・・・。
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 沿道の石仏を寄進したのは、東京の商家のようです。かつては広域に参拝者を集めていたことがうかがえます。
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 今は通れない昔の山門から見上げた観音堂です。
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 その山門前の石柱等を寄進したのも東京の商人たち。八丁堀、北品川宿といった地名が読み取れます。布引観音の名は全国に鳴り響き、東京からも大勢の参詣者が訪れる、現代風にいえば人気のパワースポットだったのでしょう。
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 参道を登り切ると、眼前にあらわれるのが、懸崖づくりの観音堂です。こんなとんでもないところに、よくつくったものです。宗教心のなせるワザなのか。それとも現代人と同じような「目立ちたい」精神の発露なのか。
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 観音堂へいたる途中にも、たくさんの岩屋があり、その中にお堂がつくられています。前方の岩をくりぬいたトンネルを抜けた先が観音堂です。
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 六道地蔵の脇をぬけていきますが、やましい気持ちがあると、この前は通りにくいでしょうね。
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 観音堂の舞台から下を見るとこんな感じです。高所恐怖症の人は遠慮した方がよいかも。
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 観音堂からみた釈尊寺の本堂です。このまわりには桜の木が多く、春はすばらしい景色となります。
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 これは4年前の桜の季節に撮影したものですが、桜が咲くと雰囲気が変わります。
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 同じく桜と観音堂です。冬もよいですが、やっぱり桜も見たいですね。
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