テーマ:鉄道

鉄道ゆかりの桜めぐり

 それこそいたるところに桜が咲いているという状態になりました。木々の芽吹きも始まり、朝夕はまだ寒さが残るものの、快適な季節になったことは間違いありません。  さて、盛りをむかえている浅間山麓の桜の中には、鉄道と関わりの深い桜もあります。そのいくつかを巡ってみましたのでご紹介しましょう。  まず最初は小海線三岡駅の桜です。小海線で桜と…
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お花見と鉄分補給

 鉄道好きにとって、本物の鉄道やその施設に触れる機会のない日々が続いていることは、すこぶる残念な状況です。コロナ禍さえなければと、恨み節のひとつも出るわけですが、重症化リスクの高い高齢者の一員としては、感染リスクを冒して遠方まで出かけるわけにはいきません。どこか近場で、鉄分を補給できるところはないかと考えていたところ、お隣の群馬県では桜…
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幌内線幌内駅~忘れ難き終着駅(16)

第16回 幌内線幌内駅(北海道)  何であれ、「○○で最初」というものには価値があり、興味をそそられます。周知のとおり、日本で最初の鉄道は、1872年に開業した新橋~横浜間の鉄道ですが、本州以外で最初に鉄道が開業したのはどこかといえば、九州でも四国でもなく、実は北海道なのです。  新橋~横浜間に遅れること僅か8年後の1880(明…
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守られた布引電気鉄道の橋台

 久しぶりに小諸市の布引観音まで行ってみました。小諸市の市街地から布引観音へ通じる道路(県道40号線)は、一昨年秋の台風19号により千曲川の護岸が崩れ、不通となりました。昨年5月29日に通行止めは解除されたそうですが、コロナ禍の中、なかなか様子を見に行く気になれませんでした。しかし、このところ、長野県内では新規感染者数がゼロか一桁の下…
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魚沼線西小千谷駅~忘れ難き終着駅(15)

第15回 魚沼線西小千谷駅(新潟県)  雪の季節になると思い出すのは越後の鉄路です。雪と鉄道は相性がよい、などといえば、除雪に苦労されている方々に叱られてしまうでしょうが、情緒という観点からは、やはり雪の中を走る鉄道ほど魅力的なものはありません。  今回とりあげた魚沼線とは、どんな鉄道なのか。一言でいえば、日陰者です。地元に縁のあ…
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初詣と鉄道

 テレビで東京の正月風景を見ていて驚いたのは、結構な数の人が著名な社寺に初詣に出かけていたことです。数字の上では例年と比べてかなり少なかったということですが、あの人の群れを見てしまうと、これでは感染拡大は止まるまいと恐怖を覚えました。それにしても、どうして感染リスクを冒してまで、そうした「密」になるようなところへ出かけるのでしょうか。伝…
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五島慶太と青木村

 信州にたくさんある「村」の中で、青木村ほど興味をそそられる村はありません。この村には独特の空気が流れているからです。一言でいえば「反骨精神」でしょうか。村の入口には誇らしげに「義民の村」という標柱が立っていますし、青木村歴史文化資料館の目玉は義民関係の展示室と反戦反権力の俳人栗林一石路の展示室です。人口4300人余の小さな村ですが、国…
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消える「きっぷ」

 今月(7月)に入ってからは、梅雨前線の影響で連日の雨。必然的に家の中で過ごす時間が長くなりました。  この機会にと取り組んだのが、古い「紙資料」(他人から見ればただのゴミ)の整理です。こんなものまで、と思えるようなものが、段ボール箱の中から続々と姿を現しました。学生時代に通っていた自動車教習所の教習者証まであり、そこには、路上試験に…
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士幌線十勝三股駅~忘れ難き終着駅(14)

第14回士幌線十勝三股駅(北海道)  北海道十勝地方の中心都市といえば帯広です。現在の帯広駅に発着するのは、根室本線の列車のみですが、かつては、南へ広尾線、北へ士幌線が分岐する、鉄道交通の要衝でした。北へむかう士幌線の終点は東大雪の山懐に位置していた十勝三股。途中の糠平にはダム湖(糠平湖)があり、糠平温泉という観光地もありましたの…
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浅間山麓にブルーの新風 -しなの鉄道に新型車両登場-

 東京都で新型コロナ感染者の増加が顕著になったり、九州では甚大な水害が発生したりと、暗いニュースが多い中で、浅間山麓ではちょっぴり明るいニュースがありました。それは、しなの鉄道発足以来はじめての新型車両となるSR1系の営業運転が始まったことです。  今回投入された3編成6両は、有料ライナー仕様で、平日は、「サンライズしなの」号及び「サ…
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鍛冶屋線鍛冶屋駅~忘れ難き終着駅(13)

第13回 鍛冶屋線鍛冶屋駅(兵庫県)  鍛冶屋線と聞いて、イメージが湧く人は少ないのではないでしょうか。沿線に、全国的に有名な観光地があるわけではなく、車窓風景もとりたてて優れていたとは言い難い、有り体に言えば平凡な生活路線だったからです。  私が鍛冶屋線に乗車したのは、今から47年前の1973(昭和48)年、学生生活最後の年…
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ノスタルジーという名の妙薬

 単純に「昔は良かった」とか、「古き良き時代」などとはいえません。例えば、ポン太やその少し上の世代では、高度成長時代を懐かしむ人が多いと思います。右肩上がりで希望に満ちた良き時代であったと。しかし、その陰には悲惨な公害や出稼ぎ労働者・日雇い労働者の過酷な労働があったのであり、そのことを忘れてはならないでしょう。どんな時代にも光と陰がある…
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東京都電福神橋停留場~忘れ難き終着駅(12)

第12回 都電24系統福神橋停留場(東京)  廃線跡と聞けば、過疎地を思い浮かべる人が多いと思いますが、実は東京ほど廃線跡だらけの場所はありません。かつては、山手線の内側から東側にかけてのエリアを中心に、稠密な都電の路線網が形成されていました。高度成長下でモータリゼーションが進行し、道路渋滞が常態化すると、都電は邪魔者扱いされるように…
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渚滑線北見滝ノ上駅~忘れ難き終着駅(11)

第11回 渚滑(しょこつ)線北見滝ノ上駅(北海道)  最近気に入っているテレビ番組の一つがNHKの「日本人のおなまえっ!」。人名だけでなく、地名など様々な名前の由来を掘り下げていく内容が面白く、なるほどと納得することが多いからです。  鉄道路線の「おなまえ」も興味深いものがあります。国鉄時代には、地域ごとに「○○線の部」と称する…
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鉄道納め 山納め

 ポン太が関心を寄せている「鉄道」と「山歩き」。今年の成果はどうであったのか、総括してみました。  まずは鉄道です。今年は講演会等で大勢の方にお話する機会が比較的多く、それなりの準備が必要でした。今まで調べたことを再確認したり、筋立てに知恵を絞ったりする中で、認識を新たにしたことが多々あり、有意義な一年だったように思います。また、今年…
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延伸された「ゆいレール」に乗って

 沖縄を初めて訪れたのは、今から38年前の1981年です。47都道府県の中で、最後の訪問県となってしまったのですが、その理由は、戦後長い間沖縄には鉄道が存在せず、鉄道全線乗車を目指していたポン太にとって、旅先を選ぶ際の優先度が低かったからです。 1980年に全線乗車を達成したことで、沖縄に行ってみたいと思うようになり、その翌年に、新婚旅…
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住めばふるさと

 故郷(ふるさと)とは、一般的には生まれ育った場所を指す言葉ですが、必ずしもそれだけではないと思います。現在住んでいるところやかつて住んだことがあるところも、その土地に関心を持ち愛着を感じていれば、故郷といえるのではないでしょうか。  ポン太には故郷とよべる場所が4つあるように思います。1つは生誕地である栃木県宇都宮市。小学校4年まで…
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台風の爪痕その後―布引電気鉄道の橋脚は健在

 大きな爪痕を残した台風19号が去ってからおよそひと月が経過し、鉄道関係の復旧はかなり進捗しました。飯山線と小海線はすでに全線での運転を再開しており、長野県内の鉄道路線で不通区間が残っているのは、しなの鉄道しなの鉄道線と上田電鉄別所線の2線のみとなりました。  しなの鉄道線は、その上を跨いでいた(市道の)海野宿橋の一部が崩落したことに…
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別所線を復興のシンボルに

上田電鉄別所線(上田~別所温泉)は、国鉄信越本線由来のしなの鉄道を別にすれば、東信(東信州)地方に現存する唯一の私鉄路線です。1921(大正10)年の開業時は、別所温泉電軌という名前で、千曲川対岸の三好町(現・城下)が起点でした。1924(大正13)年に千曲川橋梁が完成したことにより上田までの全線が開通したのです。  モータリゼーシ…
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中央線130周年の意味

 少年時代から社会人となるまで、東京の杉並区で過ごしたポン太にとって、鉄道といえば中央線でした。中学生になった1962年に、中野~三鷹間の高架複々線化工事が開始されたので、それ以前の地上線時代も、工事の途中経過も、完成後の様子も、そのすべてを眺めることができました。自分自身の成長とともに大変貌を遂げた中央線が、本年、開業130周年をむか…
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宮原線肥後小国駅~忘れ難き終着駅(10)

第10回 宮原線肥後小国駅(熊本県)  その昔、「日本の鉄道」というテレビ番組があったのをご存知でしょうか。テレビ草創期の話です。日本でテレビ放送が始まったのは1953年で、最初はNHKと日本テレビの2局しかありませんでした。その後、現在のキー局にあたる放送局が次々と開局。1959年に、テレビ朝日のルーツとなる日本教育テレビ(196…
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津軽鉄道には「ふるさと」がある

 久しぶりに訪ねた津軽鉄道。この鉄道に乗車すると、自分の故郷でもないのに、懐かしさを感じてしまいます。その理由の1つは、津軽という土地のイメージでしょうか。津軽と聞いただけで、岩木山、津軽平野、リンゴ畑、雪国、地吹雪、津軽三味線、津軽弁、ねぷた等を連想してしまいます。そこから受けるイメージは、「究極の故郷」。津軽をテーマにした歌もたくさ…
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三陸鉄道は希望の鉄路

 梅雨の合間に東北へ出かけてきました。主な目的は、この3月に開業した三陸鉄道釜石~宮古間に乗車することです。JR山田線の一部であったこの区間は、2011年の東日本大震災で大きな津波被害を受けましたが、復旧工事の完成と同時に三陸鉄道に移管され、三陸鉄道リアス線として開業しました。  震災の4ヶ月後にこの地を訪れ、想像を絶する被災状況を目…
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車窓を返せ

 なんてついてないんだ。そう思わざるを得ないことが新幹線と高速バスで立て続けに起こりました。窓側の席を確保することができず、通路側に座ることになってしまったのです。それだけならまだ我慢できるのですが、発車するなり、窓側の人が、ブラインド(バスではカーテン)を閉めてしまったのです。それも一人だけではなく、連続して数席、しかも左右ともです。…
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羽後交通雄勝線西馬音内駅~忘れ難き終着駅(9)

第9回 羽後交通雄勝線西馬音内駅(秋田県)  西馬音内(にしもない)は、秋田県南部に位置する雄勝(おがち)郡羽後町の中心集落で、かつては奥羽本線の湯沢駅から西馬音内駅まで羽後交通雄勝線という鉄道が存在していました。  1972(昭和47)年の夏休みに東北旅行へ出かけ、このローカル私鉄に乗車したのですが、西馬音内駅に降り立った時に…
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倉吉線山守駅~忘れ難き終着駅(8)

第8回 倉吉線山守駅(鳥取県)  旅の途中で体調が悪くなると、楽しいはずの旅が苦行へと一転します。そんな目には遭いたくないものですが、残念ながら、そうなってしまったことがあります。  1974年の早春、山陰地方の鉄道を乗り歩こうと出かけた時のことです。京都で3日間を過ごし、中国地方に入って2日ほど経ったころ、ノドが痛くなりました…
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「信州環状鉄道」を楽しむ

 信州にも環状鉄道があります。といっても、山手線や大阪環状線のように電車がグルグル回っている路線があるわけではありません。列車を乗り継げば信州(の中央部)を一周できる形に線路がつながっているという話です。浅間山麓の小諸駅からでしたら、小諸→(小海線)→小淵沢→(中央東線)→塩尻→(篠ノ井線)→篠ノ井→(しなの鉄道)→小諸(またはその逆コ…
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同和鉱業花岡線花岡駅~忘れ難き終着駅(7)

第7回 同和鉱業花岡線花岡駅(秋田県)  ポン太が十代のころの話です。家の近くに劇団幹部の女優さんが住んでおり、その方からチケットを入手した父が、これはなかなか良さそうだからと、私に観劇をすすめてくれたのです。それまで「新劇」というものを見たことが無かったので、良い機会と思い出かけてみました。会場は六本木の俳優座劇場、タイトルは「…
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鹿島臨海鉄道臨港線鹿島港南駅~忘れ難き終着駅(6)

第6回 鹿島臨海鉄道臨港線鹿島港南駅(茨城県)  何のための終着駅だったのか、事情に通じた人以外理解に苦しむような終着駅でした。鹿島港南駅が開業したのは1978(昭和53)年7月25日、廃止されたのが1983(昭和58)年12月1日ですから、存続期間は僅か5年余。しかも列車本数は1日3往復でしたから、いったい誰が利用していたのか、…
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興浜北線北見枝幸駅~忘れ難き終着駅(5)

第5回 興浜北線北見枝幸駅(北海道)  新旧の地図を見比べて、鉄道路線網のあまりの縮小ぶりに、驚かされるのが北海道です。特に、オホーツク海の沿岸エリアは、鉄道空白地帯といってもよい状態になってしまいました。かつて、北海道ワイド周遊券を手に、各線を乗り歩いていた時代、稚内から網走まで、一部の区間を除いてオホーツク沿岸を鉄道で移動する…
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